佐藤もお買い物。
辺りに響く、聞き覚えのある演歌を背に佐藤は静かに移動を開始した。
その手には名槍物干し竿は既になく、両手で口を抑えている。
先程助けてくれた小さなおっさんが、ゾンビが音に反応してると教えてくれた為の判断だ。
ついさっき予想外の選曲に盛大に噴き出して一瞬ゾンビ達の視線を集めてしまったが、今は再び演歌に注目が集まっており安全に移動出来ている状況、取り敢えず武器は必要ない。
「ふぅ~、ここまでくれば安全そうであります。
さっき助けてくれた小さなおっさんには後でお礼しなきゃでありますなー」
と、両手で抑えてた口を開放し安堵の声を漏らす。
そして辺りを見渡せばそこは目指していたスーパーマーケットの中、辺りにはゾンビもいない。
「よーし、買い物するでありますよー!」
約二十年振りのスーパーでのお買い物、それに気分を良くした佐藤は思わず元気よく宣言し、ハッと気付いたように慌てて自身の口を抑えた。
「静かに~、静かに~」
辺りを見渡しながら自身に言い聞かせるように小さく呟くと、入り口付近に置いてあった買い物カートを手に取り、近くにある買い物カゴを二つ上下段に乗せた。
ガラガラガラガラガラ……
と、静かな店内におんぼろカートの車輪の音が盛大に鳴り響くが佐藤はそこまで気がまわっていないようだ。
先程自身に静かに~と注意確認してたはずなのに、呑気に鼻歌を奏でながら鮮度品食糧コーナーを目指す。
お肉コーナーに到達し、綺麗にラッピングされ陳列されたお肉達に視線を向ける。
未だ冷房が効いているようで生のお肉でもギリギリ鮮度を保っていたようだが、賞味期限等の知識をニート生活の間で忘却している佐藤は気にもしていないようだ。
適当な一つを手に取り、ラベルを見、その値段表示に首を傾げる。
「どれが良いか分からないでありますな……。
もう適当に安そうなのを選ぶであります」
と、手当たり次第に色んなお肉をカゴへと入れていく。
牛肉を入れ、豚肉を入れ、鶏肉を入れ、更にはウインナー等の加工品も入れていく。
カゴに無理矢理山積みにし更に歩を進め物色していく。
魚コーナーを無視し、練り物コーナーを無視し、野菜コーナーを無視し、卵は一応入れて、お菓子や菓子パンも入れて、カートの下段には炭酸ジュース類を入れていく。
「もう入らないでありますな……」
店内を軽く一周した辺りでカートは山盛りに、そこで佐藤は買い物を終了させた。
そして佐藤は当たり前のようにレジへと向かった。
勿論レジは無人であったが佐藤が偶々向かったレジはセルフのものであった。
自分でバーコードをスキャンしていき、お金の計算も釣り銭の支払いも全てセルフオートでする最新のレジだ。
コンビニで学習していた佐藤は「また、ここもセルフでありますかー」と、小慣れた反応を見せて、説明が書いてある通りに無人のレジで商品をスキャンして袋に摘めていく。
袋をセット、お菓子を入れ、卵を入れ、肉類を入れていく。
勿論順番なんか気にもしていない佐藤が入れた袋の中はグチャグチャだ。
お菓子は潰れてるし、卵なんて割れてしまっているが佐藤は気付かない。
鼻歌交じりにスキャンを終わらせた佐藤は会計の計算ボタンを押し、表示された金額に吹けもしない口笛を吹いた。
"10230円"
一万飛んで二百三十円。
佐藤は自身のポケットに手を突っ込み、その中に入れていたお金を取り出した。
千円札が十枚と、小銭が八百四十二円。
足りている。
佐藤はレジにお金を入れながら道中に出会ったサラリーマンゾンビに想いを馳せた。
「確かに、無駄にはしなかったであります……。
計算通り!」
間違いなく計算などしていないが、やたら自信満々にそう言い切る佐藤は安定のドヤ顔だ。
支払いも終わり、釣り銭をポケットに突っ込み、詰め込んだ袋をカートに戻す。
そしてカートを押して佐藤はスーパーマーケットの出入り口を潜った。
視界には車に群がるゾンビの群れ、今のところ問題がなさそうなので、佐藤はカートを押しながら横を通り抜け駐車場を突っ切った。
駐車場を抜け、住宅街のそんな大きくもない道路まで出て、そして あれ?と首を傾げた。
「来た道が分からないであります……」
元々スーパーマーケットまでの地図も即興でうろ覚えだった佐藤、ここに来るまでの道中は難とかなったものの、最後の方はゾンビの群れに追われながらこの駐車場まで逃げ込んで来たのだ。
無我夢中で逃げ、道を覚えながら来る余裕などなかったのである。
「うーむ、困ったであります。
…………むぅ…………仕方ない、適当に帰るであります」
少々悩むも、それも無駄と判断し、適当に左へと進路を向ける。
ガラガラとカートを押して、佐藤は住宅街を適当に歩き出すのだった。
この男、カートを返す気皆無である。