鈴木、初スーパーマーケット。
鈴木がまず向かったのは食糧品コーナーではなく、日用品コーナーだった。
種類毎に陳列されている商品をざっと見渡し、お目当ての品を見付けると一つ手に取り、すぐにその封を切った。
「あったあった。ゴミ袋っと」
鈴木が手に取っていたのは危険物入れ用に少々丈夫に作られたゴミ袋、持ち手付き。
それを数枚取ると、残りは破いたゴミと一緒にその辺に捨て置き、直ぐ様次の場所を目指した。
次に向かったのは生活雑貨コーナー、簡単な炊事用品やお風呂雑貨が並ぶ中から、鈴木は何の変哲もない少々丈夫そうなS字フックを数個手に取った。
「んー……これでいいか?」
S字フックをポケットに入れ、それから漸く食糧品コーナーへと向かう。
まだ誰もこのスーパーマーケットには来ていなかったみたいで、食糧品コーナーは手付かずののまま荒らされていなかった。
その事に鈴木はほくそ笑みながらも手早くリュックを降ろしそのファスナーを開ける。
最初は水、"五年保存可能"と書かれているミネラルウォーター二リットルサイズを四本、空で持ってきていたリュックへと詰め込む。
空いたスペースには適当な冷凍食品、炒飯やパスタ等の出来合いの奴を此れでもかと詰めて何とかファスナーを閉じる。
リュックを背中に背負うと確かな重量が肩へとのし掛かるが、鈴木は少々顔をしかめつつも即座に次の行動に移った。
先程手に入れたゴミ袋にも片っ端から冷凍食品を入れていく、二袋満杯になるとそれの取っ手にS字フックを取り付け、無理矢理リュックの左右へと引っ掻ける。
肩にのし掛かる更なる重み、鈴木は顔を歪ませ鼻の穴をヒクヒクさせつつも更に気合いを入れ、移動する。
今の段階で鈴木の肩には三十キロ程の重みがのし掛かっていた。
だが鈴木はそれでも更にカップ麺を山盛り入れた袋を二つリュックに引っ掻け、色んな缶詰を入れた袋を二つ手に持った。
総重量は五十キロ程、鈴木も軋んでいるが、無理矢理荷物を引っ掛けられているリュックも悲鳴を上げている。
気張りすぎて変な表情になってる鈴木だが、本人は至って真面目だ。
誰よりも早く大切で貴重な食糧品を独占しようとしての行動なのだ。
まだまだ食糧品は沢山置いてあるが悠長にしてられる時間はない。
駐車場の男のように他にも生存者が居て、このスーパーマーケットに食糧品を漁りに来るかもしれないのだ。
明らかな重量オーバーにプルプル震える手足に鞭を打ち、ふんふん言いながら出入り口近くにあるレジをスルーして、そのまま外へと向かう。
外では案の定あの男がまだ大暴れしていた。
だが先程より群がっているゾンビの大群に物干し竿で突くだけじゃ処理しきれないみたいで、既に車の上の男の足元にまでゾンビの手が伸ばされている。
あのままでは足を捕まれ引き摺り降ろされるのも時間の問題であろう事は明白だった。
鈴木は男に向けていた視線を反らしそのまま無視して帰ろうとするも、やはり何か思うところがあったのか深く溜め息を吐くと、両手の袋を地面に降ろした。
「はぁ……やっぱりこのままじゃ後味悪いわ。あいつのお陰で安全に食糧調達出来たんだ、これはそれのお礼…………他意はない」
そうぶっきらぼうに呟いた鈴木は、近くにある扉が開きっぱなしだった自動車へと近付いていく。
車内を確認し、案の定キーが刺しっぱなしだったのに安堵しつつ、そのまま一気にキーを回して車のエンジンを始動させた。
辺りに響くエンジン音、その音に気付いたのか大暴れしていた男が張り上げていた声を止めて鈴木の方を向いた。
すかさず鈴木が声を張り上げる。
「お、おおおい、そそこの眼鏡デブ!ここいつらはおお音に反応してる!だからそ、そのまま黙って、ゾンビが離れたら静かに移動しりゅ、しろ!」
駐車場内にエンジン音と共に鈴木の声が響き渡る。
すると大暴れしていた男の周りにいたゾンビもその声に反応し、惹かれるように体を鈴木の方へと向けて移動を開始した。
鈴木は判っていてやったことだが、それでもやはり大量のゾンビが一斉に自身に向かってくる事には少々恐怖を感じ、冷や汗を垂らした。
この自分らしからぬ行動に多少後悔しつつもエンジンを掛けた車の車内にあったカーオーディオの音量を最大限に引き上げた。
思った以上の大音量で辺りに響き渡る有名な演歌。
誰でも知ってる某大御所の曲だ。
軽快なリズムと印象に残る単語の連続、力強いコブシが効いたその歌に周辺にゾンビがわらわらと集まってくる。
予想外の選曲、この場に似合わないラインナップに鈴木は思わず噴き出した。この状況に演歌はシュール過ぎる。
「ぶふぉっ」
そして口に手を当てて言われた通りに素直に静かにしていた男も噴き出しているようだ。
鈴木の方を向いていたゾンビが一斉に吹き出した男の方を向いたが、大音量で流れる演歌に惹かれてまた鈴木の方への移動を再開する。
それを目にした鈴木は「あいつ、早く逃げろよバカか」と思わず洩らしたが、自身の方に集まってくるゾンビにどうみても自分の方がピンチなのを思い出して、慌てて車から離れるのだった。
勿論地面に置いておいた袋は回収して。