ニート鈴木は独り言が多い。
十二月二十八日午前十時頃……。
カタカタカタカタカタカタ……。
鈴木はパソコンに向き合い、Wordを立ち上げ手慣れた手付きで書類製作を行っていた。
「崩壊後の世界において…………優先すべき事項…………そして、注意点と警戒点…………と」
キーボードから手を離した鈴木は、ふむ、と口を尖らせ腕を組み、そして画面に表示された文章について思案した。
「まずは生活に必要な基本的な要件……衣食住。
衣と住は一先ず問題ないとして問題は食だな。
世界に異変が起きたとして、既に二、三日は経っているはず、なら保存が効かない生物はもう殆ど腐りかけてきているはずだ」
カタカタカタカタ……と、自身が溢した呟きをキーボードで軽快に打ち込み文章にしていく。
「それなら長期保存が可能な物……乾物……缶詰……いや、まだ電気が生きているとして、優先すべきは出来合いの冷凍食品……そしてカップ麺類。
少々嵩張るが味は優先しときたい。
そしていつ水道が止まるか判らないから保存水が必要だ、これは少しずつでも備蓄しといたほうがいいだろう」
思案した考えを次々に文章にしていき、次に近くのスーパーマーケットやコンビニ、大型ショッピングモール等の位置を地図に出し、カーソルを印刷に合わせてエンターキーをタタンッと叩く。
そしてパソコンデスクの横に備え付けられているプリンターから出てきた用紙を手に取り、ざっと確認する。
「ふむ、いずれは自家製栽培とかも必要になるだろうが、ひとまず飲食関係はこれでいいだろう。
俺以外にも生存者はいるはず。
そいつらが本格的に動き出す前に出来るだけ効率的に動いて今ある資源を確保しておかなければ……」
と、手に持っていた用紙を横に置き、再度パソコンと向き合う。
右手に持ったマウスはするすると動き、新たな画面を立ち上げる。
「次に注意点、これは勿論ゾンビについてだな……。
出会ったゾンビは人の形を保ったオーソドックスなタイプの外見だった。腐敗のせいか動きが怠慢で遅く、だが確実にこちらを認識して動いていた。これは何らかの器官が働いていた証だ、それが視覚か、聴覚か、嗅覚か……はたまた他の要因によるものかは判らないが、より安全に対処するためにも検証が必要だ。
……検証と言えば、噛まれたら感染するのかとか、そもそもの原因は何かとか、そういうのも知っておきたいよなぁ……」
と文章を打ち込み、そして別窓で昨晩語り明かしたゾンビスレッドで他者から貼られた画像を表示する。
出てきた画像は老若男女はあれど何れも人型のゾンビだった。
「今のところ目撃されているゾンビは人型のみ。
だが今までの映像作品で出てきたような他の種類のゾンビもいると仮定していたほうがいいだろうな……可能性が高いのは犬型や鳥型などの哺乳類鳥類……次に可能性もあり面倒なのが蛇や蛙や魚等の爬虫類両生類魚類……そして居ると厄介な蜘蛛や蜂、花や草などの昆虫類植物類……最後に居たらアウトな異形な突然変異類……」
自分で口にした言葉に、思わず顔をしかめてしまう。
「どうせなら人型だけにしてくれよ」と溢しながら、画像を保存していき、そして新たに別窓を立ち上げる。
そこには検索用の空欄が表示され、対ゾンビ 武器 の文字が打ち出させれる。
検索を掛け、次々に表示されるホームページとその説明文、その中をざっと見ながら鈴木は溜め息を吐いた。
「まず一番有用そうなのは鈍器類、出来るだけ静かに手早く頭部を粉砕するには持ってこいだけども、如何せん装備するのに力が足りない……これは俺には無理。そもそもあんな奴等と近接格闘戦を挑もうと思う時点で間違いだな、引きニート舐めんなよって感じ……だから刀剣類も却下っと……」
と呟き、先程の自身の発言に思うところがあったのか、今一度深く溜め息を吐き、次のホームページを表示する。
「やっぱ銃だよな……如何に音が大きいと言ってもあの威力と射程距離は魅力的だ。それにまだゾンビが音に反応すると決まってるわけじゃないしな。
ただ入手場所が……………………んん、猟銃の販売店、自衛隊の基地……遠いな、流石にすぐは無理だ。
警察の装備品か押収品狙いってのも博打が過ぎるか……。
んー……銃は後回しかな、今はスリングショットに頼るしかないか」
と、「なんか防具類も必要だよなー」と呟きながら、一応近くの猟銃販売店や自衛隊の基地、警察署までの地図をリストアップし、印刷していく。
出てきた用紙を纏め、確認して横に置く。
「最後に警戒点……これは今あるものがいつまでもあるとは限らない、それを忘れないようにリストアップする。
先ずは電気だ、今は機械が正常に動いているとしても、どんな原因で止まるとも限らない。
管理者ももういないはずだ。機械が故障するかもしれないし、途中の電線などが切れる可能性だってある。
自家発電出来る手段を用意しておく必要がありそうだ。
パソコンや冷蔵庫などの電化製品、それにエレベーターとか止まったら困るし……
同じような理由で電話回線やインターネット回線だって危うい。
引きこもりのニートがこれから生活していけるだけの知識資料を出来るだけオフライン、または紙媒体に保存しておく必要がありそうだ。」
「まぁ、それは食料調達の後にするとして……」と呟きながらも文章を打ち込んでいき独り言を続けていく。
「そして水道だ。
これは止まると困る。
飲み水は勿論のこと、トイレを流せないのは痛いだろう。
これは出来るだけの保存水の備蓄と、安全な水源の確保が必要だ。
現代の引きニートに生水なんて無理……ろ過装置や除菌についての知識も得ておく必要がありそうだな……」
書き連ねた文章を手際よくコピーしていき、横においてあった用紙と合わせて一つに纏め、深く息を吐いた。
そして「取り敢えずこんなものかなぁ。」と背筋を伸ばしながら椅子から立ち上がり、用紙の束をざっと確認して、一番上に近くのスーパーマーケットの地図を取り出した。
「さてと、先ずは食料調達。これ以上の空腹は流石に動けなくなりそうだ」
と、お腹を撫でながら呟き、地図を折り畳んでポケットに入れ、それ以外の用紙を手に、そのままウォークインクローゼットに入っていく。
真っ先に向かったのは、未開封の段ボール箱。
その封を乱雑に開け、中からある袋を取り出した。
掌サイズの袋の中には鈍い光沢を放つ一センチ程の丸い金属の玉がジャラジャラと入っている。
これはスリングショットのステンレス製金属弾。
この弾を大人が本気で撃てばゾンビの頭部を部分的に粉砕し脳を損傷させる事も可能な代物である。
即ち、これを使えば今まで玩具として使ってきたスリングショットが、殺傷能力を備えた狩猟武器に成り代わるのである。
生物の命を奪えてしまう。
流石に常識に疎い引きニート鈴木であってもその意味はしっかりと認識しており、以前興味本意で買いはしてたもののこれまで使うこともなく放置していた物なのだ。
「いざと云うときがくれば、やむを得なし……」
と、鈴木は手に持った金属製の弾の重みを掌で感じつつ、腰のウエストポーチにその袋を入れた。
そして、壁に掛けられていた未使用の黒のリュックを取り、中を確認する。
中に何も入っていないが、何か必要なものがあったら出来るだけ持ち帰れるように収納は必要だ。
取り敢えず手に持ってた用紙を半分に折ってリュックに入れ、そのまま背中に背負う。
リュックの感触を確かめつつクローゼット内を見渡し、他に必要なものがないか確認し、よし、と頷く。
そして、鈴木は玄関へと向かう。
途中にある冷蔵庫から流れるような動作でマヨネーズを手に取ると、スタイリッシュに口に運び、手慣れた様子で残り全部をマヨチュッチュ。
空になった容器を投げ棄てるその顔は先日までの浮わついた感じは微塵もなく、中々精悍な表情を見せている。
玄関に手を掛け、「よし」と再度自身に言い聞かせるように呟き、鈴木は扉を開け外へと一歩を踏み出した。