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佐藤の親父は可哀想。

 


 両手に残る僅かな痺れと、ドライバー越しに感じた不快な感触、そして倒れ伏しピクリとも動かなくなったサラリーマンゾンビの姿に、佐藤はえも言われぬ感覚が込み上げて思わず胃の中のものを吐き出した。




「ぅぅ……うぐぅ…………気持ちのいいものでは……ないでありますな。……あいつらは、よくこんな事を笑いながら…………」



 と、佐藤は過去の出来事を思い返し、酷く表情を歪めながらも口元を拭い力なく呟いた。


 そして覚束無い視線で、もう一度自身が叩き倒した相手を見た。


 元は普通のサラリーマンだっただろう男、倒れ伏したその姿は何処からどうみても普通の人と変わらぬ姿をしている。

 血は流れていない、外傷も頭部の一部が少し陥没している程度。

 だがしかし今は動かない、佐藤自身がその手でやったのだから。


 話が通じなかった。


 明らかにゾンビ化していた。


 やらなければ自分がやられていた。


 ……といくら自分を正当化しようと言葉にしても、彼の心がそれを是としなかった。


 それが生きていたにしろ、死んでいたにしろ、人の形をして動いていた者の頭を力の限り殴打したのだ。


 腕に残った痺れと不快な感触、自身がそれをやったという罪悪感と嫌悪感で、ただただ気持ち悪さを覚えて嘔吐を繰り返した。


 そして胃液すらもでなくなり、いつのまにか流していた涙も渇いた頃、佐藤は漸く落ち着きを取り戻していた。


 既に渇いてる涙をもう一度拭い、自身の顔を気合いを込めるように両手で叩く。そしてサラリーマンゾンビに向けて手を合わせ、深く頭を下げた。




「……じょ、成仏してくだしあ……」




 自身の感情を意図的に切り替えるように、佐藤は天を仰ぎ、一度深呼吸をすると、頭を振り、無駄にテンションを上げて喋りだす。



「……さ、て、とっ!やはり、敵を倒した後はRPG(アールピージー)お約束のドロップアイテムでありますな!」



 と、倒れ伏したサラリーマンゾンビの側にしゃがみこみ、それが手に握っていたビジネスバッグを漁り出す。


 先程まで吐いていた人と同一人物とは思えない行動である。




「それはそれ、これはこれ……であります」



 と、佐藤は誰かしらに言い訳するように呟きつつ、バッグの中を物色していく。


 ライターに煙草、爪切りに耳掻き、名刺入れにピルケース、ノドヌールスプレーに正露丸…………次々に取り出しては、いらん!いらん!と道路に放り捨てていく。


 そして最後、一番奥に大事そうに仕舞われていたヨレヨレの長財布を見つけ、取り出した。



「これぞ!ゾンビには無用の長物!小生が有り難く使わせて頂くであります!」



 と、嬉々として中身を確認し、あれ?っと首を傾げ、再度じっくり隅々まで確認し、そして見るからに肩を落とした。






 842円。



 財布の中身、842円。



 今時、幼稚園児すらこれ以上持っとるわ!と内心突っ込みをいれつつ、憐れみを込めた視線を倒れ伏すサラリーマンゾンビへと送る。



「これが月末、給料日前を迎えたお父さん方の現状ですよ、奥さん……」



 誰に伝えるでもなく小さく呟き、842円はちゃっかりと自身のポケットに突っ込んだ。

 

 そして今一度倒れ伏すサラリーマンゾンビを見つめ、小さく溢した。



「……絶対に……無駄にはしないであります」








 佐藤はもう用はないとばかりに立ち上がり、場を散らかしたまま移動を開始する。

 最早サラリーマンゾンビのドロップ品を回収した佐藤に、これ以上この場に留まる理由はなかった。



 だが目的地への移動を再開した佐藤は、ふと自身の右手に視線を落とした。


 佐藤の右手には先程の一撃により、くの字に折れ曲がったドライバー。

 誰がどうみてももう武器としての役割を果たさないだろうと言える程半壊していた。



 佐藤はそのドライバーの惨状を見て、まるで走馬灯のように色々な親父の姿を思い出す。



 毎月少しずつおこずかいを貯めて漸く買った念願のドライバー、鬱陶しいくらい母に説明していた親父の顔は、キモいくらいの笑顔だった。


 毎週日曜日仕事が休みの日、ニコニコと嬉しそうに朝早くから素振りをする親父、下手くそなスイングのくせにやたらいつもドヤ顔だった。


 その晩はいつもこれでもかとドライバーを磨いていた親父、ドライバーも親父の頭も、光を反射して眩しいほどピカピカだった。



 今思い返せば親父はこのドライバーの事を相当大事にしていたなぁと、佐藤は丁度あったごみ置き場にそのドライバーをポイしながら、別段何とも感じていなかった。




「所詮セールで29800(ニーキュッパ)円……それだけの性能しかなかったのであります」




 働いたことがない佐藤には29800(ニーキュッパ)の重みは判らない。

 そして、その額が限られたおこずかいから捻出されるまでに、どれだけの労力と時間が掛かったかも判るわけもない。


 親父のドライバーにどれだけの価値があり、どれだけの想いが籠ってようが、最早武器としての価値が残ってないそれは佐藤にとっては無価値なのだ。



 だから佐藤は振り返らない、だって佐藤自身にドライバーへの思い出も未練もないのだから。




「うーむ、手持ちの武器がないであります。もっと丈夫で強力な武器を探す必要がありますなぁ……」




 そして佐藤の思考は既に次の武器の事へと移っていた。

 目的地はあくまでもスーパーマーケット。

 だがその目的地に着くまでにまだゾンビと出会う確率がある今、早急に次なる武器を探す必要があった。



 道路の真ん中で立ち止まり、うーむ、どうしよう。と首を傾げる。

 腕を組み、手持ち無沙汰な指は顎を挟み、じょりじょりと髭を撫でる。


 そして、閃いた!みたいな表情を浮かべた佐藤は




「お邪魔しますであります」




 と、躊躇なく横の民家の門へと入っていく。


 この男、他人の家を物色する気満々であった。






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