佐藤、対ゾンビ準備。
十二月二十八日正午頃……。
吐く息も白く染まる寒空の下、佐藤は薄ら汗を掻きながら足早に目的地に向かっていた。
その目的地とは近所にあるスーパーマーケット、目的は食材の買い出しである。
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佐藤がコンビニに行った日の翌朝、お腹を空かせた佐藤が一階に降りてきても、そこには前日と同じく家族の姿は何処にもなく、勿論食材も補充されてはいなかった。
前日の食事がコンビニ弁当一個で足りるわけがなく、すでに腹ペコな佐藤は買い出しに出掛ける事にした。
そこから佐藤はまず両親の寝室に行きタンスやら押し入れやらをひっくり返した。
数十分に及ぶ奮闘の末、タンスの引き出しの中で綺麗に丸めて並べられていた親父のブリーフ群、そのブリーフの中に一緒に隠されていたしわくちゃの夏目さんを十人発見した。
少しずつ貯めていたんだろう苦労の後が見え隠れしている千円札が十枚だ。
親父の悲痛な顔が脳裏に思い浮かんだものの、少しも罪悪感が沸かなかった佐藤は迷わず押収した。
そして部屋に戻った佐藤はパソコンで自宅周辺の地図を調べ、スーパーマーケットの位置を特定、カメラ機能も付いていないガラケーしか持たない彼はその場で一生懸命その位置を覚えた。
場所は徒歩で30分は掛かる距離、自動車免許を持っていない彼は勿論徒歩である。
それから一階に向かった彼は台所へと向かい、昨日開けた戸棚の内の一つを開けた。
扉の内側にずらりと並ぶ包丁、その中の一つを手に取りその鋭利な刃に目を向ける。
鈍く輝く刀身に、よく研がれ磨かれた刃先がキラリと輝く。
その余りにも刃物刃物した包丁の存在感に、佐藤はその眉間に皺を寄せた。
「むぅ……いきなり刃物は難易度高いでありますな……」
そう呟き、包丁をそっと元の位置に戻す。
そして、次に取り出したのは金属製の棒状の持ち手に半円状の金属がついたやつと、平べったい板状の金属がついたやつ。
「だからといって、オタマ?とフライ返し?じゃ心許ないでありますなぁ…………」
と、ため息を吐きながらその二つも元の位置に戻した。
そして首をかしげ、思案顔ながらその場所を離れる佐藤。
次に向かったのは両親の寝室である。
先程散らかした両親の衣服類を無遠慮に踏み潰しながら向かったのは押し入れ。
スパンッ!と勢い良く襖を開けたそこには親父がいつも大事に手入れしているゴルフクラブセット。
勿論佐藤の目的はそのゴルフクラブセットであり、躊躇なく押し入れから引きずり出した。
「ふむ、これで叩かれたら流石に痛そうでありますな……。でもすぐに曲がりそうであります……」
バッグを開け、そこから覗くドライバーやアイアン、パター等を軽く取り出し確かめる。
脳裏に思い浮かぶ親父が又もや悲痛な表情を浮かべ必死に「それは使えない、辞めた方がいい」と訴えかけてくるが、佐藤は気にすることもなく一番高そうなドライバーを選んだ。
「まぁ、使い捨てでいいでありますな」
そう呟き、ドライバーを手に寝室を出る佐藤。
その後ろでは親父の幻想が両膝両手を床に着いて涙を流しているが、あくまでも佐藤の幻想である。
そうして全ての準備を整えた佐藤はそのまま玄関で靴を履き、ドライバーを片手に玄関扉を開け放った。
昨日とかわりない寒さに一瞬身震いするが、すぐに暑くなるだろうとそのまま一歩を踏み出す。
家の門扉のところで、そーっと顔だけを出し左右確認、危険がないことを確認した後、慎重に門から出る。
「まずはここから左でありますな……」
こうして佐藤は家を出た。
今度はゾンビがいる日常を想定して。
注意深く周りを警戒しながら歩く、そして程なくしてふらふらと佇む人影を発見した。
恐る恐る近付く佐藤、しかしその人影に近付くほど肉が腐敗したような異臭が辺りに立ち込めていた。
「うーむ……どう考えても、こいつはゾンビであります……。近付きたくないでありますが、回り道がわからないから、この道を行くしかないのでありますな……」
ふらふらと佇むサラリーマンっぽいスーツ姿の後ろを向いたおっさん。
一見普通のおっさんに思えるが、この辺りに立ち込める匂いは前日嗅いだ匂いと同じ腐敗臭、明らかにゾンビによるもの。
後ろから見える頭髪も所々抜け落ち、禿げ散らかしている。
元からなのか、ゾンビになったせいなのか定かではないが、皮膚ごと頭髪が抜け落ちているみたいなので後者だと思ってあげようと、佐藤は優しげな視線をその後頭部へ送る。
佐藤はその後頭部に視線を向けつつ出来るだけ距離をとり、バレないように慎重に通り過ぎようとする。
だがお互いの距離が五メートルを切る程に近付くと、今まで反応がなかったサラリーマンゾンビが唐突に振り返り佐藤をその視界に捉えた。
サラリーマンゾンビの眼球は白く濁っており本当に見えているかは定かではないが、その顔は確かに佐藤をロックオンしている。
ぅあ゛あ゛あ゛ぁー……
だらしなく開かれた口から呻き声が洩れ、そしてゆったりと怠慢な動作で動き出す、勿論佐藤に向かってだ。
「ヒィ……!き、きき気付かれた!む向かってくるでありますか?!」
どの映画だろうと、どのアニメだろうと、ゾンビは人を襲うもの。
佐藤だって判ってはいたが、怖いものは怖いのである。
思わず二歩三歩と後退り、右手に持っていたドライバーを両手で構え直す。
住宅街に通る道路、道幅はそんなに広くはない。
ふらふらと道路の真ん中を此方に向かって歩いてくる。
動きは決して速くなく、覚束ないその足取りは酔っ払いの千鳥足のよう。
しかしその顔は佐藤を捉えて放さず、その両手は佐藤に向かって伸ばされている。
「い、一応聞くでありますが、ぞ、ゾンビさんでありますか?」
ぅぼあ゛あ゛あ゛ぁー……
「そ、それ以上の接近は、て、敵対行動と取らせてもらうでありますよ!?」
あ゛あ゛あ゛う゛あ゛あ゛ぁー……
明らかに自分を襲おうとするそのサラリーマンゾンビに対し、佐藤は数度の確認をとった。
もしかしたら自分の勘違いかもしれない、もしかしたら相手の冗談かもしれない。
だが相手が確実に話を理解していないと判ると、頭を左右に振り迷いを払い、決意を込めた目をサラリーマンゾンビに向けドライバーを強く握り締めた。
「しょ、小生は……今からあなたを叩くであります……」
そうはっきりと宣言しドライバーの握りを再確認する。
それでも変わらず一歩二歩と近付いてくるサラリーマンゾンビに対し、佐藤を渾身の力を込めてドライバー振った。
先端の重さに遠心力が乗り思った以上に勢いがついたドライバーは、狙い通りサラリーマンゾンビの側頭部にぶち当たり、辺りに鈍い低音を響かせた。