鈴木、未知との遭遇。
鈴木の発言、もといフラグとほぼ同時に警備員ゾンビがもぞもぞと動き出す。
うぼあぁぁー……と唸り声をあげうつ伏せになると、匍匐前進のように身体全体を使い這いずるように鈴木の元へと動き出す。
思わず狼狽えて後退る鈴木、しかし数歩も歩けばガシャンという音と共にシャッターに背がぶつかり、それ以上の後退も出来なくなる。
瞬間、鈴木の頭の中は途端に真っ白になり、どう行動するべきかを脳が判断しようとしなくなった。
今目の前を醜悪な造形をした生物が自分へと向かってきている。
映画やアニメ等の創作物でしか見たことがないゾンビ、架空の生物。
いや、生物と呼んでいいのかすら謎の生物。
それが今、唸り声をあげ、自分を襲おうと向かってくる。
妄想の中の自分はもっと格好良く対処していたはず。
こんな時の為に常日頃妄想して対処法を考えていたはず。
それなのに現在、自分の身体は自分のものじゃないかのように動いてくれない。
手足は震え、心臓は張り裂けそうな程脈打ち、脳は考えることを放棄した。
あー、自分はもうすぐ終わってしまうのか。
捕まれば生きたままかじられ食べられてしまうのか、はたまた自分もすぐにあのゾンビのようになってしまうのか。
そういう事ばかりが無駄に脳裏に過ぎ去り、ぼーっと目の前に迫るゾンビを眺める。
少しずつ、少しずつ、少しずつだが近寄ってくる………………少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ…………って、余りにも遅かった。
良く見てみたら匍匐前進が下手過ぎて本当に進みが遅い、まるで亀のよう。
いや、寧ろカメレオンか?たまに後ろに下がってるんじゃね?って動きである。
その余りの遅さに鈴木は少し落ち着きを取り戻し、冷静に状況を分析できる余裕が産まれた。
シャッターを背に震える手足に鞭を打ち、ぎこちなくだが右方向へ蟹歩き、そのまま遠巻くように歩けば余裕で警備員ゾンビとの距離をとることに成功。
そして今だに唸り声をあげながら一生懸命鈴木の方へと這いずってきている警備員ゾンビを観察する。
「…ふぅむ……ゾンビだ。………焦点の合ってない目、寧ろ片方飛び出てるしキモい……これじゃ殆ど見えてないだろうから音に反応しているのか?要検証だな……。皮膚は爛れていて、ちょっと肌色が悪い。先程弾が当たった場所がズル剥けてる……装甲は弱いみたいだな………んー……見た目は完全にゾンビだ。……微かにする腐敗スメル……こいつ、完全に腐ってやがる。言葉は通じていないみたいだし、会話は不可能。動きは……かなり遅い。数あるゾンビ映画の中でも最弱に位置する程だ、初代ゾンビ映画を彷彿とさせる……。しかしまぁ、マジもんのゾンビだ…………すげぇ!」
そして徐にポシェットからスマホを取り出す鈴木。
カメラ機能を起動させ、這いずってくる警備員ゾンビにスマホを向ける。
「いいよー、その表情!その手を伸ばしてくる感じもいいねぇ!その涎もいい!いいよぉ…………よし、今っ!」
パシャリ
地下駐車場に響くシャッター音と一瞬辺りを照らすフラッシュの光。
人生で一番の恐怖体験、その後の余りにも拍子抜けな展開により鈴木は感情が一周どころか数周回って超変テンションになり、なぜか警備員ゾンビを写真撮影しだした。
こんな非常事態なのにこの行動、この男非常識を通り越し大馬鹿すらも通り越して、最早大物である。
暫く色んな角度から写真撮影をした鈴木は大満足、「帰って掲示板に張る、これは盛り上がるぞ」と息巻き、一生懸命追ってくる警備員ゾンビを放置してエレベーターへと向かった。
外へ出た目的も忘れ、空腹すらも忘れ、変なテンションのまま部屋へと戻った鈴木は、パソコンへとかぶりつき写真を取り込む作業へ没頭する。
そして掲示板を立ち上げ、写真を張り、自分の武勇伝を語る。
乗ってくる奴、噛みついてくる奴、色んな奴らと大いに盛り上がり、超変テンションな鈴木は掲示板だけでは飽きたらず、自身のホームページすら作り始める。
ぐぎゅるぐぅおごごごごごぉ…………
時は既に次の日の朝、部屋中に響く重低音に鈴木はハッと我に返った。
重低音の正体は鈴木の腹の虫。
超変テンションのままに結局何も食べずに完徹していたのだ。
「お腹が……ピンチだ……」
このままでは餓死すらありえる……と、鈴木は冷静になる。
そしてこんな事をしている段ではなかったと、現状の整理、そして行動の優先順位と今後の方針を決める為にパソコンへとまた向かい合うのだった。