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心の扉  作者: NONON
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~彼方~プロローグ


ふと空を見上げる。

遮蔽物のない吹き抜けた空はまさに自由そのもので、長年私が望んだ景色がそこにはあった。

別に住んでいた場所自体が都会だったわけではない。

ただ都会の定義を利便性で図るなら確実に都会だ。

日本の首都、東京の南に位置する神奈川県。ここが私の故郷だ。

居住区。商業区。工業区。農業区。その他もろもろが詰まっている。

私の町は閑静な住宅街として有名で、電車の路線が三線もあり、都会に行くのも田園風景を見るのもものの三十分あればこと足りる。要するに生活をする上では何一つ不便の無いところで育ったのだ。

その反面自然なんて周りにはなかった。顔を上げると人や車、建物が視界を遮り、いつの間にか人を避けて歩くことが当たり前になっていく。

人波に揉まれながら空を見上げることはとても困難で、例え見上げたとしても電線やその恩恵を得ている建物という遮蔽物が必ずと言っていいほど景色に溶け込む。

窮屈な所なんだ。吐き気がするほどに。

私はいつしか便利な場所を心では不便と捉えるようになっていった。

歳を重ねるにつれて故郷を離れたいと思うようになった。

そして二十五歳になった私は今群馬県の某所にある旅館に務めている。

兼ねてから夢だった旅館で働くということを実現させた。

旅館に勤めたいと思うようになったのも、私の日常にはない何かがあると、そう思っていたからだ。

旅館は大きな山の中腹にあり、社員寮はそこから徒歩十分圏内、坂を少し下った所にある。

その社員寮の二階が我が家だ。



私は今坂を上りながらある場所へと足を向けている。

それは社員寮と旅館の丁度中間地点にある脇道の山道だ。

とてもわかりづらい入口で、車を運転して通りすぎても見つけ出すのは困難だろう。

勤め始めて景色を楽しみながら歩いて出勤していたらたまたま木々が開けた空間を見つけて、目を凝らしてみるとその先に山道があった。それぐらい認識しづらい入口なのだ。

私は休日を利用してその山道に入ろうと決めていた。

そこへ行けば、何かがある。何かが変わる。

そんな根拠のない確信が私の足を前へと進めた。


人一人通るのがやっとな道の細さ。舗装されてない自然がむき出しの道は所々木の根がうねっている。

ただこの獣道も歩く範囲は確保はされており、幸いその両脇も木々が生い茂ってるというわけでもない。何か不思議な力で自然がこの道を避けているように感じる。

運動という運動はしてこなかったため文科系の私にはなかなか険しい道だ。

こんなことならランニングくらい日課にしておくべきだった。

そんな思考とは別に好奇心に勝てず歩みをやめない私の足たちがいた。

(明日筋肉痛になっても知らんぞ。)

なんてニヤケてみる。

そしてしばらく歩いたあと私は、山道の脇道に現れた階段に生唾を飲んだ。

なんでこんなところに階段が...

一番下の段に足をかけてその階段を見上げた。

その階段は空へ続いている。

またここでも自然が階段を避けて生えていて空へ一直線に階段が伸びている。

私の心の高鳴りは最高潮に達する。心臓の鼓動が早くなり手は汗でじっとり湿っている。

なぜか足が震えて前に出ない。

恐れているわけではなく神妙な何かに圧倒されているようだった。

何とも言えない衝動に立ちくらみがし、とっさに脇にある手すりに手を伸ばして身体を固定する。

深く息を吸い、ゆっくり吐いた。

そしていざ歩みを進めようと決心し足を前に運んだ瞬間、私は自分の目を疑った。

階段の上から白い人のようなものが降りてくる。

私は初めて幽霊に遭遇したと焦った。こんなにハッキリと見えていいのだろうか。白いワンピースのようにも見えるそれは歩く度にゆらゆら揺れている。

天から階段で降りてくる天使のようにも見える。

私はそれに悟られまいととっさに階段の脇に身を潜めてしまった。

(やばい。なんか隠れちゃったぞ。)

普通に向こうから丸見えだけど、体が...動かない。

こんなことをしても隠れられていないのにこの状態から動けない。

そんな私に反してそれは徐々に近づいてくる。

どうやら階段の中央にもある手すりづたいにゆっくりと降りてきている。近くまで来て確信した。

普通に女の子だった。

足もある。息もしてる。他に変わったことと言えば、両目を閉じていて歩行補助用のステッキを持っていることぐらいだ。

そして私の座り込んでるすぐ隣まで来て歩みを止めた。


「気のせい...かな」


そんなことをボソッと呟きまた歩き始めた。

とにかくわかったことは、立ち止まった子は完全に私のタイプで可愛かったってことだ。

それでも私は口を開けず、その場から微動だにもできず一連の出来事が終わるまでそのままだった。

情けない。

なぜか息をすることも忘れてた私は忘れたかのように新鮮な空気を求めた。

あの人はもう見えない。

あれは、あの人は誰だったのか。

天使...でも、目をつむってたな。

なんてことを思いつつも当初の目的を思い出し我に返る。

私は気を取り直して階段を上る。

そしてこの空に続く階段の先には広場が広がっていた。

キレイに舗装された道が一本、先にある白いベンチまで続いている。

その両脇にはそれは色とりどりの花が綺麗にかしこまって整列している。

なんだここ...天国..?

そんなことを連想してしまうほど綺麗な神聖な場所に思えた。

辺りの景色や花の香りを堪能しつつ私は自然とベンチに向かった。

少し丁寧にゆっくりベンチに腰を掛ける。

とても落ち着く。

下界にある人の煙たさや、人工物の気配。妬み、苦しみ、喧騒。

それを全て感じさせないように自然が守ってくれている感覚になる。

心がとても落ち着いている。

ふと腕時計で時間を見ると家を出てから一時間も経過している。

いったいどこでそんなに時間がかかったのかと驚いた。

山道はかかっても三十分くらいしか歩いていない。

おそらくこの広場に入ってから私は経験したことのないほどゆっくり歩き、確実に癒されていたんだと思う。

そして信じられないくらい大きく深呼吸してこの場所の心地よさを堪能する。空気に味があると錯覚を受けるほど自然の匂いが濃い。

ただしばらくいると少し疑問が浮かんできた。


一体ここはなんだろう。


これだけ整備されてる広場がある。ここへ来るまでの山道も人が絶対通れないという訳でもなく、むしろハイキングコースとなっていても不思議ではない。

しかし入口に看板などはなく歩いてきた道にガイドのような看板も見当たらなかった。

個人的に作られた空間?でも誰の為に...

私の頭に真っ先に先ほどすれ違った少女がよぎった。


少し物思いにふけって目線を下に下ろしたとき、丸い何かが地面に落ちているのを発見した。

こんな場所で落とし物?

それを拾い上げ手に取ってみる。

真っ白なさらさらとした質感で、銀のいりくんだ線で装飾されている丸いロケットだ。

そして中央には小さな鍵穴がついている。

高価なものというよりはとても大切な物という印象だ。

またあの少女が頭をよぎる。

あの子がここで落としたもの。

少し安直ではあるが可能性としては一番高い。

私はここをとても気に入ったのでまた来ようと思う。

そしたらまたあの子とも会うことがあるかもしれない。その時に落としたかどうか聞こう。このままにしたらきっとあの子はこれを見つけ出すことができなくて悲しんでしまうに違いない。

私は一旦預かるためこのロケットを大切に胸ポケットにしまった。

そしてしばらく休んだ後、名残惜しいがこの場を後にする。

明日は普通に仕事だ。



家に帰って来た。

少し長居をしたせいであたりが暗くなってしまい携帯の明かりなしでは帰ってくるのは難しかっただろう。

都会で育った者として危機管理能力の低さを感じた。

日は登り日は沈む。街灯に常に照らされている町で育つとこんな簡単なことも忘れてしまう。

自然とは素晴らしく尊いものであると同時にとても怖いものだと実感した。

久々のハイキングで体は思っていたより疲労していた。

このまますぐシャワー浴びて寝よう。

そう思ったがあのロケットと少女のことを思い出す。

明日の仕事終わりにまたあの山道に行く機会ができるかもしれない、と思いとっさに自分の胸ポケットからスーツの上着のポケットにロケットを移す。

そこから眠りにつくまであの少女のことが頭から離れなかった。

気のせい...かな。

あのときの柔らかな声が私の頭の中にこだまする。



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