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オーダーメイド活火山

作者: 片隅千尋

「へえ、こんなものもオーダーメイドできるんだ」

 彼女への誕生日プレゼントを探して高級百貨店にやって来た俺は、その看板を目にして思わず立ち止まった。

 その看板にはこうあった。


『オーダーメイド活火山』


 正直、俺はプレゼントを何にするか、考えあぐねていた。定番のアクセサリー類や鞄、財布などはすでにプレゼント済みだったし、それとなく彼女に聞いてみたが特に欲しいものはないようなのだ。

 そこで、とにかく現物を見れば何か思いつくかもしれない、と具体案もなく百貨店を訪れたのだった。

 ……活火山か、アリかもしれない。

 もちろん、活火山をプレゼント、なんて聞いたことがない。

 だが、最近、彼女がデート中に退屈そうなそぶりを見せる。俺に飽きたわけではないと思いたいところだが、ありきたりのプレゼントは避けたい。できればサプライズなプレゼントをして、俺のオリジナリティや遊び心をアピールしたいところだった。

「いらっしゃいませ」

 その店に足を踏み入れると、綺麗な女性スタッフが丁寧に出迎えた。

「あー、ちょっとそこの看板に目がついて。彼女へのプレゼントに活火山はどうかなと思って」

「承知いたしました。素敵ですね。もちろん、活火山はプレゼントとしてもぴったりでございますよ。こちらへどうぞ」

 俺は磨き上げられた木目テーブルのある応接間のような個室に通された。女性スタッフが向かい合わせに座る。

「改めまして、ご来店ありがとうございます。本日は彼女様へのプレゼントにオーダーメイド活火山をご検討中とのことですが、どのような活火山が良い、というご希望やイメージはございますか?」

「いやー、実は活火山をオーダーメイドできるなんて全然知らなくって。彼女へのプレゼントで、ちょっと変わったモノはないかな、と探していて目についただけなんですよ。そもそも、活火山って作れるものなんですか? ってレベルなんで、イメージも何もないですね」

 俺が答えると、女性スタッフは微笑んだ。

「そうですよね。最近始まったばかりのサービスでございますので、ご存じなくても無理はないかと。ではまず、本サービスの説明をさせていただきます」

 俺はうなずいた。

「本サービスは、文字通り、活火山をオーダーメイドで製作させていただくものとなります。既製品の活火山だと、どうにもしっくりこないなー、なんてこと、よくありますよね?」

 ……あるかな?

 小首をかしげる俺にかまわず、女性スタッフは続けた。

「代表的な例として、実際にオーダーメイドされた活火山を紹介させていただきますね」

 彼女が手元のパネルを操作すると、部屋の壁面に動画が映しだされた。噴煙を上げる山の空撮映像だ。山の全容はわからないが、雲より高い位置に山頂があるので、相当に高い山であることはわかる。

「こちらはキリマンジャロ山。標高5895メートルで、アフリカ大陸の最高峰でございます」

「えっ、キリマンジャロって聞いたことありますよ、この山がオーダーメイドで作られたんですか?」

「さようでございます。この山頂の火口の形状をご覧ください。何重もの同心円となっていますが、この箇所などはお客様がかなりこだわりをもっておられたポイントでございまして、お客様がデザイナーとともに何度も打合せをされまして、カルデラによって現実的に成形可能な形状としては理想に近いものができた、とご満足いただいたところでございます」

 すごい。本当に活火山をオーダーメイドできるんだ。

「でも、こんなに大きなもの、かなり高額になりますよね?」

「それはやはり、安くはございません。しかし、我が社の開発した新技術によって、従来と比較すれば非常に低いコストで製作可能でございます。そのイノベーションがあったからこそ、このように活火山をオーダーメイドするサービスを開始できたのでございます」

 そう言って女性スタッフは例としてキリマンジャロ山のオーダーメイド費用を教えてくれた。確かにかなりの高額だが――俺らのような富裕層にとっては全く手の届かない金額ではない。自慢じゃないが、俺はこの年齢にしてはかなり稼いでいるほうなのだ。

「でも――やっぱりちょっと高いですね。今回は誕生日プレゼントですし、そこまで費用はかけられないかな。これって山の標高を低くすれば値段も抑えられるものなんですか?」

「はい。3000メートル級ともなれば、比較的お手頃になるかと思います。また、山の立地についても、値段を左右します」

「というと?」

「活火山は、火口から噴き出るマグマによって形成されます。なので、活火山を作るには地表までマグマを引いてくる必要があるんです」

「なるほど、つまりマグマを引いてきやすい地域に作るほうが安くあがる、と」

「さようでございます。具体的な狙い目といたしましては、いわゆる環太平洋造山帯ですね。太平洋をぐるりと取り囲む地域には、元々火山が集中しています。それだけ火山を製作しやすくなっているのです」

 女性スタッフが世界地図を壁面スクリーンに映し出すと、環太平洋造山帯が赤く光って表示された。

「ふーん。あ、ジャパンも赤いエリア内に入っていますね」

「はい。ジャパンは有数の火山大国ですので」

「実は、彼女がジャパン出身なんです。だからジャパンに活火山を作ってプレゼントしたら喜ぶかなと思って」

「とてもいいお考えだと思います!」

 さらにやり取りを続け、オーダーメイドする活火山の仕様を決めていった。

 標高は3000メートル級、場所はジャパンのチュウブ地方、形状は整った円錐形の成層火山。

 本当はちょっと奮発して4000メートル級の火山にしようとしたのだが、ジャパンでは地盤の関係で難しいと言われ、3000メートル級で妥協した。

 形状としてはゴツゴツした複雑なものにも惹かれたのだが、彼女様の趣味に合わせてはいかがかとアドバイスを受けた。たしかに彼女は普段からあまり華美なものは好まず、シンプルなファッションが多かったので、活火山の形状もシンプルなものにした。

「こちらが完成予想図となります」

 女性スタッフが壁面スクリーンに映し出した火山は、実物と見紛うほどのリアリティがあった。その美しい稜線に俺は満足した。

「あ、そうだ。納期っていつになります?」

 重要なことを忘れていた。彼女の誕生日は2週間後だ。こんな大規模なもの、2週間で間に合うだろうか。

「ご心配には及びません。仕様データを装置に入力すれば、瞬時に施工は完了いたします」

「本当ですか、すごい! ……でも、どうやって?」

 いくら科学技術が進歩したとはいえ、巨大な山を一瞬で生み出せるとは信じがたい。

「我が社の『オーダーメイド活火山』サービスは、『過去改変技術』を応用したものなんです。時間旅行技術が民間事業者に開放された、というニュースはご存じですよね?」

「ああ、タイムトラベルの民営化、ですよね」

 宇宙旅行のように格安で、とはいかないようだが、一般人でも金を積めば時間旅行できるようになった。俺もいつかは行ってみたいと思っている。

 女性スタッフは説明を続けた。

「活火山を低コストで製作するために、できるだけ遠い過去、それこそジャパンの島々が火山活動によって形成された年代にまで遡り、過去の地盤に修正を加えます。この年代での修正であれば、たとえば地盤に切れ込みを入れるなどの小さな干渉で済むのです。後は溶岩の力で自然と活火山が生成されます。どのような干渉をすれば、どのような火山ができるのか、を詳細にシミュレートできるのが、我が社の強みとするところでございます」

「なるほど過去改変か、だから現代の我々からすれば、一瞬で火山が製作されたように見える、ということなんですね」

 さらに細かい仕様を詰めた後、俺は契約書にサインして料金を支払った。

 彼女の誕生日が楽しみだ。


 2週間後。

 宇宙ステーションの高級レストランでディナーを食べた俺と彼女は、自家用宇宙船で地表に向かった。

 やはり彼女はデート中、つまらなそうな表情を見せていた。

 ……例のプレゼントで挽回してみせる。

「見せたいものって、何なの?」

「まあまあ、見てのお楽しみさ」

 問題なく活火山が製作された、との連絡は受けていたものの、俺もまだ実物は見ていなかった。

 目的地であるジャパンのチュウブ地方上空へ到着したので、船体壁面を透過スクリーンに切り替えた。これで船内にいながらにして、四方八方を見渡せる。

 俺は例の活火山を探そうとして、探すまでもなかったのだ、と気が付いた。足元から前方へとそびえる質量の全てが、山なのだ。

 巨大な山塊の威容に――圧倒される。

 美しく地平線まで続く稜線にも心奪われる。

 その青みがかった円錐の頂点付近は冠のような雪に彩られており、さらに上空には軍旗のように噴煙がたなびいていた。

 これが、活火山。

 俺が作った活火山なのだ。

「きれい……」

 彼女も感動している。プレゼント効果は抜群のようだ。

 俺は意気揚々と声をかける。

「これが君へのプレゼントだよ」

「この景色が?」

「いや、景色だけじゃないさ、この活火山自体を、君のために作ったんだ」

「……どういうこと?」

 俺は彼女に説明した。オーダーメイドで活火山を製作したこと。誰にでも注文できるような値段ではない点をさりげなく匂わせることも忘れない。

 俺の説明が進み、冗談ではないということを理解するにつれて、雄大な景色に見とれるようだった彼女の目が徐々に険しくなってきた。

「ど、どうかした?」

「あのねえ!」

 彼女は叫んだ。

「この山は『富士山』! ずーっと昔っからジャパンにある山なの!」


 こんな成金バカ男はもううんざり、とフラられた俺は、すぐに高級百貨店に飛んで行った。

 だが、あの『オーダーメイド活火山』の看板も、店自体も、煙のように――あるいは噴煙のように――消え失せていた。もらっていた業者の連絡先も、全てつながらなかった。

 詐欺だった、ということなのか――。


 しかし、俺は信じている。

 あのオーダーメイドで過去改変が行われたことによって『富士山』が生まれたのだ、と。

 歴史ごと変わってしまったので、『富士山』が古来より存在していたと人々は思い込んでいるだけなのだ、と――。

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