校長先生は笑う
翌日僕はいつもの通り通勤する。朝礼が終わると校長に昼休みに話を聞いて欲しいとお願いした。校長先生は嫌な顔をする事なく応じてくれた。
昼休みになり、僕は校長室を訪ねる。
コンコン・・・
「瓜生です」
「どうぞ、入ってください」
「失礼します。校長先生、お時間をいただきありがとうございます」
「いえいえ構いませんよ。それで瓜生先生、お話と言うのは?」
若干、校長先生の顔が強張っている様に感じるのは僕の気のせいだろうか?
「実は、知人の子供をこの学園に転校させていただけないかをご相談に来ました」
「なんだ、そんな事でしたか・・・」
校長先生が僕には聞こえない小さな声で何かを呟きながら、安堵の表情を浮かべている。
「校長先生、今なんと仰られたのでしょうか?すいません、しっかり聞き取る事が出来ませんでした」
「いえいえ、気にしなくて大丈夫ですよ。それで何か事情があるのですよね?差し支えなければ伺っても?」
僕は校長先生に事情を話す。とは言っても、雪さんの身の上の話をする事は出来ないので、昔からの知人とその娘と昨日から訳あって一緒に暮らす様になった事と、娘の前の学校が遠いのでこの学園に編入させたい旨を簡単に伝えた。
「事情は分かりました。混乱を防ぐ為にも、その子と一緒に暮らしている事はあまり大っぴらにしない方がいいかもしれませんね。では早速確認を取るので少しお待ち下さい」
そう言って校長先生は、すぐに何処かに電話をかける。
「時田です。理事長、今少しお時間よろしいでしょうか?実は瓜生先生から相談を持ちかけられまして。実は・・・ええ、はい・・・そうですね。私もそう考えております。はい・・・はい・・・」
校長先生はすぐに理事長に連絡を取ってくれた。この人のこういう所が、皆から慕われる所以なのだろう。僕もいつかはこんな教師になれるのだろうか・・・おそらく無理だろう。
心の中で自虐している間に、どうやら話も終わったらしい。
「瓜生先生、理事長の許可も取れました。編入試験は明日にでも行ってもらって構わないとの事でした。どうされますか?」
「ありがとうございます、早速本人に伝えますので明日でお願いします。校長先生、お手数おかけして申し訳ございませんでした」
「いえいえ、瓜生先生の学園に対する献身に比べたらこれぐらい大した事はありませんよ」
今日の校長先生は、何やらおかしな事を言う。僕の学園に対する献身だって?そんなものある訳ないだろうに。
僕は校長先生にもう一度お礼を言って、校長室を後にした。
教師の更衣室にそのまま向かうと、幸い誰もいなかった。雪さんに連絡すると数コールで繋がった。
「優君?どうかしたの?」
「ああ、今大丈夫ですか?早めに報告したい事がありまして」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
僕は雪さんに編入試験が明日行われる事を説明した。小春ちゃんがすぐ側に居ないので戻ってきたらすぐに伝えておくとの事。
「優君、本当にありがとう。迷惑かけてごめんなさい」
そう言って涙ぐむ雪さん。周りの雑音からしてもきっと今は買い物の途中だったのだろう。
朝見た時はメイクもしていたから、泣いてしまったらこの後が大変だろうな・・・とそんな余計なお世話が頭を過ぎった。
要件は終わりと電話を切り、職員室に戻ろうとすると、ポケットが突然震える。取り出してみると画面に知らない番号が表示されていた。
「はい、瓜生です」
「小春です、突然すいません。今よろしいでしょうか?」
電話をかけてきたのは小春ちゃんだった。
「雪さんから話を聞いたのですね。それでどうしましたか?」
「あの・・・私その、勉強苦手で。せっかく編入試験の段取りをしてもらったのですが無駄になってしまうかもしれません・・・」
申し訳なさそうに言う彼女。そう言えば彼女にはちゃんと説明していなかった事を思い出した。
僕は今更ながら彼女に僕の通う学園について説明する。
「小春ちゃん、僕のお世話になっている学園はね?特別クラスからスポーツクラスまで幅広くあって、その人の学力にあったクラス分けがされるから。心配しなくて大丈夫だよ」
学園は標準的な偏差値以下のクラスから、有名大学合格を目指す特別クラスまで幅広く分かれている。
来る者は拒まず、これが学園の流儀である。施設もかなり充実してる事もあり、授業料は周りの私立と比べても少々高いのが唯一の短所である。
僕の説明を一通り聞いた彼女はどうやら安心してくれた様だ。
不安にさせてしまった事を申し訳なく思いながら、帰宅したら謝ろうと心に誓い電話を切る。
時間を見れば、もう昼休みも終わる頃になっていた。今日は僕の昼休みのルーティンが全くこなせていない。
こういう事は滅多にないから、今日ぐらいは許してくれるだろう。
僕は足早に職員室に戻り、午後からの授業の準備を始める。僕の平凡な一日が終わるまであと少し・・・。
〜〜The principal's office after he was gone〜〜
「理事長、先程はありがとうございました。ええ・・・私も相談があると言われ、朝から気が気ではなかったので。はい・・・はい・・・そうですね。分かっております。彼はこの学園になくてはならない存在です。彼が居なくなると周りの先生の士気にも関わりますからね」
理事長との電話を終え、体内の空気を全て吐き出すと錯覚するほどの深い溜息を吐く。
「彼も本当に人が悪い。この程度の話なら朝のうちに言ってくれれば良いものを。全く心臓に悪い、私の寿命が10年は縮まりましたよ」
そう言って、彼が出て行った扉を恨めしそうに見やる。
どこかの学校から引き抜きの話が来たのかと身構えていたが、それは徒労に終わった。
彼の知り合いの子供がこの学園に編入してくるならこれから3年は安泰だろうし、今回の件で彼に対して恩を売る事が出来たのも幸いだった。
あまりの嬉しさに込み上げてきた笑いを私は抑える事が出来なかった。
この設定で日間ランキングに入れるとは思ってなかったのでびっくりしました。ブクマ・評価を下さった方ありがとうございました。細々とやっていきますので、お時間が許す様でしたら、これからも宜しくお願い致します。主人公の名字がやっと決まりましたので一安心しております。