臆病な僕2
二人が落ち着いたので、僕は席に戻る。
これからの話をきちんとしなくてはならないからだ。
「それでさっきも話したけど、二人はここに住んだらいいよ。空き部屋が今は一つしかないけど荷物置きにしている部屋を今日中に片付ける。今日だけは二人で一部屋を使ってもらっていいかい?」
「優君、私達居候なのだから一部屋だけで十分です」
雪さんの言葉に隣にいる小春ちゃんも頷いている。
「すぐに片付くぐらいの荷物しか置いてないから心配しなくていいよ。あと荷物はそれだけかい?どこか他の場所に置いてるの?」
「衣服を少しだけ持ってきただけだから、これで全部です。家具家電は全部売ってしまったから・・・」
申し訳なさそうに話す雪さん。この家には最低限の物はあるのだから別に気にしなくていいのに。
「なら、荷物を取りに行く必要はないわけだね。パッと見る限り身の回りの物も足りないだろうから、二人で明日買い物に行ってくるといい」
そう言って僕は現金の入った封筒を二人の前に差し出す。
「で、でも・・・「雪さん、もう世話になるって決めたんだろ?だったら余計な遠慮はしなくていい」」
そう言って雪さんを諭す。彼女には暫くゆっくりと過ごす時間が必要だろう。
「あと仕事については、急いで働く必要はないから。もし可能であれば家の事を少しやってもらえると助かるけど・・・」
「やります!やらせて下さい!」
間髪入れずに返事された、あまりに勢いよく言ったから恥ずかしくなったのだろうか。雪さんは言った直後に下を向いてしまい、顔をなかなか上げようとしない。
僕は小さく溜息を吐いて、視線を隣に座っていた小春ちゃんに移す。
「それじゃ次に小春ちゃん。君は学校に通ってくれ」
「無理よ、ここから学校まで遠いもの。それに私もうあの学校には行きたくないわ」
小春ちゃんの言葉を聞き、雪さんの顔が歪む。でも何も言い返せないのだろう、その顔には諦めが含まれていた。
「そこについては、僕の方で何とかしてみるから。明日すぐに確認してみるから少し待ってて欲しい。一応確認するけど、別に転校するのは問題ないという認識でいいんだよね?」
僕の言葉に小春ちゃんは黙って頷く。
「分かった。だいぶ遅くなってしまったから今日の所はこれで一旦終わりにしよう。お風呂を準備するから二人とも済ませてしまって」
二人を空き部屋に案内してお風呂の準備を始める。幸いにも未使用のボディタオルとバスタオルがあったので、洗面台の横の棚の上に分かりやすい様に置いておいた。
部屋の扉をノックし部屋には入らず声をかける。
「とりあえず湯を張っているので10分ぐらいで入れるから。洗面台の隣の棚の上にボディタオルとバスタオルを置いてるからそれぞれ使ってくれて構わない。僕は部屋を片付けているから、終わったら声をかけてくれ」
そう言って僕は荷物置きと化した部屋に向かう。
読まなくなった本が少しと昔やっていた筋トレの道具を置いているだけなので、これなら片付けには時間もかからないだろう。
黙々と手を動かし、30分程経過しただろうか。
僕のいる部屋をノックする音が聞こえた。
「優君、二人ともお風呂終わりました」
僕はその声に応えるべく扉を開ける。可愛らしいパジャマに身を包んだ雪さんが立っていた。
年齢だけを考えればやや不釣り合いな格好も、雪さんが着ると違和感が全くなかった。
雪さんは実年齢より遥かに若く見えるので僕より年下と言っても誰もが信じるだろう。
「もう少しゆっくり入ってきても良かったのに。こっちももう少しで終わるから雪さん達は先に寝てて」
更に30分程片付けに費やし、リビングに向かうとソファーの上に体操座りをしている雪さんが居た。
どうやら僕が出てくるのを待っていたらしい。時刻はもう0時を過ぎている。
「雪さんまだ寝てなかったのかい?」
「優君が頑張ってくれているのに、流石に寝る訳にはいかないよ」
目を擦りながらそう言ってくる彼女。
「ごめん、待たせちゃったね。こっちも片付けは終わったから。明日掃除したらすぐにでも使えるよ。とりあえず疲れただろうから今日はこのぐらいにしておこう」
「優君、本当に甘えてしまっていいの?」
「さっきも言ったろ、気にしなくていいと。夜更かしはお肌の敵なんだろ?さぁ、部屋に戻ってゆっくり寝た寝た」
僕は努めて明るく振る舞う。彼女の心が少しでも軽くなってくれたらいいのだが・・・。
「ありがとう。それじゃ今日は寝るね。おやすみなさい優君」
「ああ・・・おやすみなさい」
雪さんが部屋に戻ったのを確認して風呂に向かう。今日は本当に色々あった一日だった。
贅沢をしなければ二人ぐらい養っていく事は出来るだろうが、不自由を感じさせたくないという思いもある。
再会できた喜びと、彼女が僕ではない誰かを選んだという現実をまざまざと見せつけられてしまった事で、心境としては正直複雑だ。
胸に小さな痛みを覚えるものの、近い将来またあの空虚で平穏な日々に戻るだろう事を思えばこんな時間があってもいいだろう、そう自分に言い聞かせる。
風呂から上がり、水を飲もうとリビングの扉を開ける。誰も居ないだろうと思っていたが、小春ちゃんが先程の雪さんと同じ様にソファーに頭を膝につけて座っていた。
僕がリビングに入ると同時に彼女は顔を上げる。初めて顔を見た時は瓜二つと思っていたけど、こうして見ると少しだけ印象が違う。それでも昔の雪さんによく似ている・・・。
「こんな遅い時間にどうしたんだい?」
「ねえ、なんでさっきお母さんの話を最後まで聞いてくれなかったの?」
思いもよらない質問が飛び出してきたので答えに窮する。僕は感情を表に出さないよう努めて冷静を装い答える。
「それは僕と雪さんの話であって、君が首を突っ込む事ではないよ」
努力はしてみたものの、いつもより声が低くなってしまう。
僕の自制心なんて所詮この程度なのだろうと自分自身に嫌気がさす。
「そんな事は分かって言ってるの!!お願いだからお母さんの話を聞いてあげてよ・・・」
そう言って啜り泣きを始める小春ちゃん。その姿を見ても僕は頷く事も出来ず、ただ呆然と立ち尽くすのみ。
「ママ・・・ごめんなさい。私のせいで・・・ママ・・・ごめんなさい・・・ママ・・・ごめんなさい・・・」
うわ言のようにそう何度も繰り返す彼女を見て心が痛むが、踏み込む勇気は少しも湧いてこなかった。僕は本当に臆病な人間だ。こんな僕が二人を支えるなんて無理なんじゃないだろうか・・・一抹の不安が頭を過ぎった。
次の話で設定のネタバレして導入部分が終わる予定です。