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臆病な僕

注文していた弁当を受け取り家に戻ると、何故か沈痛な面持ちをした二人が居て、リビングは重苦しい雰囲気に包まれていた。


僕が出かけている間に何かあったのだろうけど、あえて気づかないフリをする事にした。


「さあ、まずは食事にしよう」


そう言って僕はダイニングテーブルに促す。弁当一式を並べ終わる頃に、二人が席に着いた。


「「いただきます」」


二人が声を揃えて食事を始める。一心不乱に黙々と食べている姿を見ると、とても声をかける気にはなれず、僕も食事に集中する事にした。


そうして食事も終わると、またもや重苦しい雰囲気に包まれてしまった。

雪さんも口を開こうとしては閉じを繰り返している。おそらく何から話したらいいのか決めあぐねているのだろう。


「雪さん、ゆっくりでいいから。一つずつ話して」


雪さんは黙って頷くものの暫く待ってもなかなか言葉が出てこない。

隣にいる小春ちゃんも心配そうな面持ちで雪さんを見つめている。

ここは助け舟を出してあげた方が良いだろうと判断して僕から質問を投げかける事にした。


「雪さん、だったら僕から質問するね。答えたくない事があれば黙秘してもらって構わないからね。まずは雪さんと小春ちゃんの現状について教えて欲しい」


僕が尋ねると、雪さんの瞳から涙がこぼれた。


「ゆ、優くん、あのね・・・私達行く所がないの」


聞けば、雪さんは美容室を営んでいたらしい。

彼女が体調を崩してしまい仕事をする事が出来ず、その間は従業員に店を任せていたのだが、その従業員にお金を持ち逃げされてしまったらしい。

何とか見つけはしたものの、理由を聞けば子供が重い病気にかかってしまいその治療費欲しさの犯行だった。


雪さん母娘は結局お金を返してもらう事もせず、その人を不問にしてしまい、家賃も払えず追い出されてしまったとの事だった。

そんなのは物語でよく見る作り話だろうと、眉を顰めていると雪さんが一枚の写真を取り出した。


「この子は春菜ちゃんって言うのだけど、手術も上手くいったらしいの。盗んだお金は絶対に返すって言ってるけど、術後にも色々かかるらしいから曖昧に返事したのだけど」


写真には病院のベッドらしき場所で可愛らしく笑う女の子が写っていた。

それを横から覗き込む小春ちゃんも穏やかな笑みを浮かべていた。

この母にしてこの子ありか・・・。


「事情は大体分かりました。では、あらためて質問しますけど、二人はこれからどうするつもりですか?」


「優くんあのね、親戚に頭を下げに回っているの。多分誰か助けてくれると思うんだ」


呆れてモノが言えないとはこの事を言うのだろう。

今日の食事にすら不安を抱えていて、そんな楽観的な考え方でどうするんだろう。

仮にも親なのだからもっとしっかりしないといけないだろうと説教の一つでもしようとして、先程聞いた『心の病気』という事を思い出した。


きっともう彼女は色々限界なのだろう。弱者に鞭を振るう様な事はすべきではない。今必要なのは現状の把握と対応策だと自分に言い聞かせる。


「厳しい事を言いますが、きっと誰も助けてくれません」


そういうと小春ちゃんが僕を睨んできたが、それに気づかないフリをして続ける。


「仕事も出来ないし、帰る家もない。お金を僕が貸してあげてもいいですが、それでは一時凌ぎでしかないでしょう」


「優君酷い・・・そんな事言わなくてもいいじゃない」


そう言って声を上げて泣き出す雪さん。僕の知ってる雪さんはこんな風に弱い姿を見せる人ではなかった。


「お母さん、こんな人にいくら話しても仕方ないよ。もう行こ。食事をご馳走してくれてありがとうございました。いつか必ずお返ししますので失礼します」


そう言って立ち上がると、雪さんの腕を引っ張る小春ちゃん。


「小春ちゃん落ち着いて。それじゃ聞くけど、誰か助けてくれると君は思っているのかい?そう思ってないからこそ『自分が働く』と言ったんじゃないのかい?」


「・・・・・・」


彼女は何も言い返してこなかった、どうやら図星だったのだろう。


「小春ちゃん、働くのは大人になってからも出来るから。無理に急いで大人になる必要なんてない」


「そんな綺麗事を言わないで。じゃあ、あなたが何とかしてくれるって言うの?出来もしない癖に勝手な事を言わないでよ」


彼女は涙を溢しながら、僕にありのままの感情をぶつけてきた。母親が疲弊する様をずっと隣で見ていたからこそ、今まで歯を食いしばってきたのだろう。

本当はこの子だって限界だっただろうに・・・。


「小春ちゃん、繰り返しになるけど学校にはきちんと通いなさい。おそらく転校してもらう事にはなると思うけど、今までの学校には通いたくないと言っていたから問題ないよね。あと、雪さん・・・もう助けを求めなくていい。君達は生活が安定するまでここに居なさい。贅沢はさせてあげれないけど、二人ぐらいは何とかなるから」


そう言って僕は立ち上がると二人の後ろに回る。


「今まで二人ともよく頑張ったね」


そう言って僕は二人の頭に手を置き、そっと撫でる。二人は僕にされるがまま、声を殺し泣き続けた。

暫くすると、雪さんがゆっくり振り返って僕を見た。

どうやら落ち着いたらしいので、僕は二人の頭から手を離す。


「あ・・・」


突然手を離された事に驚いたのか、小春ちゃんから小さく声が上がっていた事に僕は気づいていなかった。


「ゆ、優君…。あ、あのね・・・そ、その・・・。いきなり居なくなってごめんなさい。実は私「雪さん、いいから」」


僕は雪さんがあの事について触れようとした事を止めた。普段は鈍感と言われる僕でも大体の事は察しがついている。

今高校生の娘がいるって事はそういう事なんだろう。

僕は雪さんの口からその事について聞きたくなかった。心の中で昔と変わらず臆病なままだと自虐する。


「もう終わった事ですから・・・」


その言葉を聞いた雪さんが、この世の終わりの様な顔をしていた事に気づけなかった僕。

この行いが、二人をどれだけ傷つける事になるかこの時の僕は知る由もなかった。

複数視点は今回は無しのつもりでしたが、今回もやっぱり使おうと思ってます。次の次ぐらいです雪さんが突然消えた理由を書きたいと思います。

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