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武士は食わねど高楊枝

 電車に揺られる僕達の間に会話は一切なかった。この沈黙を僕は特に気にしなかった。目の前の母娘はそうではないようだけど・・・。


 2駅隣の駅で電車を降り、改札口を通り抜ける。僕はそこで家の冷蔵庫にほとんど何もない事に気づいた。小春ちゃんはお腹を空かせている様なので、今から作るというのは酷な話だろう。


 「僕の家の近くにお弁当屋さんがあります。そこで何か買ってから行きましょうか」


 僕の呼びかけに答えない二人。一体どうしたのだろうかと疑問に思ったが、その答えはすぐに分かった。


 「優君ごめんなさい。久しぶりに会ってこんな事をお願いするのは気が引けるけど、良かったら娘の・・・小春の分だけお弁当を買ってもらえないでしょうか」


 「お母さん、私お腹なんか減ってないから。余計な事言わないで」


 「そうは言っても、あなたここ最近ロクなものを食べてないじゃない」


 何か事情があるとは思っていたが、この母娘が抱える問題は軽くないのだろう。薄々感じていたが、このタイミングで二人に出会えた事は僕にとっても幸運だった。

初恋の人がこんなにも苦しんでいる事を知ることもなく、また無為に日々を過ごさずにすんだのだから・・・。


 母娘喧嘩に発展しそうなので、僕はあえて二人のやり取りを無視して少しボロい弁当屋に入る。見た目は悪いが、ここは近所でも評判の弁当屋だった。


 「いらっしゃい、って先生じゃないか。最近ちっとも来てくれないから心配してたんだけど何だ生きてたのかい」


 この店はこの随分な物言いをする女性が切り盛りしていた。僕も去年までは買いに来ていたのだが、今年から自炊を始めたので足が遠のいていた。


 「おばちゃん、少し多めに注文したいのだけどいいかな」


 「なんだい珍しいね。客人でも来るのかい」

 僕が答えに窮していると、後ろを見て何かに納得したのか厭らしく笑みを浮かべる。


 「はは~ん、先生もなかなか隅に置けないわね」


 後ろを振り返ればそこには雪さん母娘が店の前で立っていた。


 「そんなんじゃないですよ。雪さん、ちょっと入ってきてもらってもいいですか」


 そう呼びかけ店内に促す。雪さんは少しの逡巡の末、店内に足を踏み入れた。

入口には呼ばれなかった小春ちゃんが不機嫌そうな顔を隠そうともせずこちらを睨んでいた。

彼女を呼ばなかったのは、嫌がらせではなくきっと僕がお願いしても従ってくれないだろうと判断したからだ。


 「雪さん、遠慮しなくていいから好きなのを頼んで。あと、小春ちゃんの好きなものも頼んであげて」


 「優君、本当にいいの?」


 申し訳なさそうにそういう彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしている。

僕は無言で頷いた。


 「それじゃ・・・ハンバーグ弁当を2つ」


 「はいよ、ハンバーグ弁当2つね。先生はどうすんだい?」


 「僕も同じものを。ついでに、豚汁3つとお茶も3本。あと、朝食べれそうな軽いのも2つお願いしたいんだけど何がいいかな」


 「朝食べるんだったら、そうだね。トンカツなんてどうだい?さっき娘夫婦が遊びに来て食パンを置いて行ったんだよ。すごい有名なパン屋さんので、ウチのトンカツでカツサンドを作るとこれまた絶品なんだよ」


 さすがに朝からトンカツは重いだろうから、その提案を却下しようとして、隣にいる雪さんを見て考えを改める事にした。

だってあんなにも目を輝かせていたら、誰だって気づくだろう。雪さんは昔から脂っこいものが好きだった。そういう所も変わってないのだな。

 「おばちゃん、良かったらその食パンもお金を払うので譲ってもらえないだろうか」


 「いいよ、久しぶりに来てくれたからそれぐらいサービスするよ」


 ここは好意に甘えておいた方がいいだろう。今度改めてお礼の品を持参しよう。


 「ありがとう、今回は甘えさせてもらうね」


 僕の返事を聞いたおばちゃんがすぐに料理に取りかかろうとするのを呼び止める。。


 「おばちゃん、一度家に帰りたいから先にお金を払うよ」


 「すぐ戻ってくるのかい?ウチの弁当は冷めてもおいしいけど、出来立てが一番だからね。なんなら少し時間ずらして作るかい?」


 「いや、僕はすぐ戻ってくるから取りかかってもらって大丈夫だよ」


 「そうかい、お金はその時でいいよ」


雪さんと一緒に店を出て、相変わらず不機嫌そうな顔をしている小春ちゃんに声をかける


 「待たせてしまったね、さあ行こうか」


後ろから何かを言っている様だが、僕はその声を無視して家に向かって歩き出した。

弁当屋から家までは5分程の距離だ。築30年程の少し古びたマンション、就職して1年がたった頃に購入した。

元々はローンを組んで購入したのだが、先日繰り上げ返済をして無借金生活になったばかりだった。


 「あんまり綺麗な所ではないけど、広さだけはそこそこあるから」


 室内は少しだけリフォームをしていたので、たぶんそこまで見苦しくはないと思うけど・・・。

オートロックを開けエレベーターのボタンを押す。僕の家は3階なのでいつもは階段を利用しているのだが、今日はエレベーターを利用する事にした。


 エレベーターを降りて、部屋の前でポケットから鍵を取り出す。


 「少しだけ待っていてね」


大人しく付いてきた二人に一言断りを入れる。鞄を廊下に置きそのままリビングに入り確認する。このぐらいの散らかり具合なら特に片づけなくても大丈夫だろう。


 「お待たせ。二人ともとりあえず中にどうぞ」


 二人が遠慮がちに入ってきた、ここまで来て何を遠慮するのだか・・・そんな二人がおかしくてつい笑みがこぼれてしまった。


 「何がおかしいの」


 どうやら小春ちゃんに見られていたらしい。これは確かに僕の方が悪い、素直に詫びると彼女は少しだけ驚いていた。


 二人をソファーに座らせ、冷蔵庫を開けとりあえず水を出す。


 「これしかないんだ、ごめんね」


 「いいえ、そんな。こっちこそいきなり押しかけてごめんなさい」


 本当に申し訳なさそうに謝る雪さん。もう何度彼女の『ごめんなさい』を聞いただろうか。


 「僕が勝手に呼んだんだから気にしないで。弁当を取ってくるから二人はテレビでも見てゆっくりしてて」


 そう言って僕はテレビの電源を入れ、弁当屋に向かうのだった。


主人公の年齢を31歳。雪さんとの年齢差を5つに変更しました。

もう少しで雪さん消えた理由等を書く予定です。少し暗くなるかもしれませんのでそういうのが苦手な方がいらっしゃいましたら申し訳ございません。

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