雪の告白 後半
「妹は病気が治った訳ではなかったの。私も最初はその事に全く気づかなくて、それが分かった時は本当にショックだった。そんな事少しも見せないの……いつも明るかった。そんな風に一生懸命生きている彼女だからこそ側で支えてくれる素敵なパートナーが見つかったんだと思う」
「何度もプロポーズされていたのに、いつまで生きられるか分からないからって断り続けて……。自分は身体のせいで愛する人の子供も産めない。大好きな彼を1人にしてしまうのが怖いからプロポーズは受けてはいけないと言ってたわ。悲しい事にその彼は天涯孤独の身だったの。妹は彼には絶対に家族が必要だっていつも言ってたから……」
きっとその相手だってそれぐらいの事は理解していただろう。それでもこの人と少しでも一緒に居たいという一心でプロポーズし続けたのだろう。
僕はその男性の様な強さを持ち合わせていない。同じ男として憧れてしまった。
「私はそんな妹の事がどうしても放っておけなかった。身体が弱いにも関わらず精一杯生きる妹の為に何かしたかったの。だから、私は一つのことを提案したの」
「私が短大を卒業したら代理出産に協力すると申し出たの」
それを聞いて最初に思い浮かんだ事は、『何でそんな事を』ではなく『彼女らしいな』だった。
「2人には私が密かに想ってる年下の男の子は話してたから。流石にその申し出は受けられないって頑なに拒否されたんだけど、その子には同級生の彼女が出来たって言って説得したわ。両親にはもちろんこの事は言ってない。言ったら絶対に反対すると思ったから、20歳になるまで待ったの」
「優君の前から消えたのは代理出産をする為に海外に渡ったからなの。優君はまだ若いからきっと私なんかより素敵な人が見つかるはず。私なんか居なくてもきっと生きていけるって自分に言い聞かせたの」
「そんな……こと……」
僕は力なく声を発するが、うまく言葉が出てこない。
「そうね、そう言い聞かせる事で自分の中の罪悪感を消そうとしたの。優君の気持ちを知っておきながら本当に最低だと思う。でもね?私はどうしても2人に幸せになって欲しかったの……」
「…………」
涙ながらに語る雪さんに僕は何も言えずに居た。
「幸いにも妹の卵子は問題がなかった。とは言っても双子だからDNAは同じなんだけど……。その後は無事に進み、妹達は結婚したわ。出産を間近に控えたある日、誰も予想していなかった悲劇が起きたの……」
雪さんは目に一杯の涙を溜めて振り絞る様に続けた。
「妹夫婦と妹の両親が乗る車がトラックと衝突して、帰らぬ人となってしまったの……。その日は間近に迫った出産を前にベビー用品を買いに行っていて、私も直前まで一緒に居て気をつけてねって送り出したの……」
2人の幸せを願ってやった事が、結果として全員の命を奪う事となってしまうなんて、そんなふざけた事があっていいのだろうか……やり場のない怒りを抑える為に、僕は唇を噛みしめていた。
「その後は必死だった。突然家を飛び出した上に子供を連れてきた私を実家の両親は許さなかった。頼るあてもなく、小春をしっかり育てていかないといけないという一心でがむしゃらに働いたわ」
「誰かと結婚しようとは思わなかったのかい?」
こんな時に僕は何という質問をしているのだろうか。頭で分かっていても感情がどうしても追いつかない。
「こんな事を言うのはずるいと思うけど、私は優君しか好きになった事はないわ。居なくなるまではあなたしか見ていなかったし、今まで誰とも交際なんてしたことないもの……」
そう言って目を伏せる雪さん。夏休みに2人で出掛けた時に、やけに初々しい反応をしていた理由がようやく理解出来た。
この人は、そういう経験をする事なく母親になり歳を重ねてしまったのだろう。
だが、そうなると一つの疑問が残る。
「じゃあ、雪さんが寝言で名前を呼んでた『ナツキ』って人は?てっきり愛してる人だと思ってたよ……」
「もちろん愛してるわよ。だって私の大切な妹だもの……」
「男の人じゃなかったのか……」
「夏希よ。夏の希望って書くの。両親が四季を連想させる名前を私達に付けたの。その影響もあって小春って名前をつけたの」
僕は妹さんに嫉妬していたのか……スッキリしたがとても恥ずかしくなってしまった。
少し穏やかな空気になったが、最後にこれだけは聞いておかないといけない。
僕は真顔で質問を投げかける。
「雪さん、これが最後の質問だ。そこまで僕を好きだって言うならこの結末に後悔はないのかい?あの日僕の前から消えなければ、今頃僕達は結婚していたと思うんだ」
「え?優君……何を言ってるの!?私は小春を産んだのを後悔した事なんて一度もないわ。私はもう一度あの時に戻って選ぶ事が出来たとしても絶対にまた小春を産むわ!!」
僕を睨みながら怒声を上げる雪さんの姿に苦笑いを浮かべてしまう。
「何を笑っているの?優君がそんな酷い事を言う人だったなんて思いもしなかったわ」
「とまあ、雪さんはこう言ってますがしっかり聞いてくれたかな……そこに隠れてる小春ちゃん!?」
「えっ!?」
そう言って急いで後ろを振り返る雪さん。悪戯が見つかった小さな子供の様に、恐々と顔を出す小春ちゃん。
「ママ…ごめんなさい。黙って盗み聞きしてごめんなさい……ずっとずっと私なんか居なければ良かったのにって思ってた。ママの幸せを奪ってしまってごめんなさい。でも、でもね?ママが私のママで本当に良かった……産んでくれてありがとうママ……」
雪さんは席を立つと優しく包み込む様に小春ちゃんを抱きしめる。
2人の泣き笑いの顔をとても愛おしく思った。
この光景を見て、僕はこの笑顔を守りたいと再認識した。
言うならきっと今だろう……。僕は立ち上がると雪さんの前に移動する。
小春ちゃんも僕が近づいたのを察して顔を向ける。
2人の視線を浴びた僕は、意を決して言葉を発する。
「雪さん、結婚を前提に僕と付き合って欲しい。小春ちゃん、僕が君の父親になる事を前提として雪さんとお付き合いする事を認めて欲しい」
「優先生がパパに……」
そう呟くと何故か考え込む小春ちゃん。渋い顔をしたかと思うとニヤけたりして情緒不安定な様に見える。即答出来ないところを見ると僕はまだ彼女の父親には相応しくないのだろうか……。
そんな小春ちゃんの様子を見ていた雪さんが思いもよらぬ返事をしてきた。
「優君、その申し出は嬉しいけど返事は少し待ってくれないかしら?少しだけ小春と2人だけで話がしたいの。明日改めてお返事させてください」
せめて雪さんからだけは色良い返事を貰えると思っていたからこの展開は予想してなかった。
まさかの保留発言に驚かされたものの、僕は分かったと了承の旨を伝える。
ここに居ては邪魔だろうと思い、大人しく自分の部屋に戻っていった……。
キリの良いと思われる雪の過去の話まで書かせていただきました。
自分の幸せより大切な人を傷つけてでも他者の幸せを願う。そんな純粋で不器用な雪を書きたかったのですが、うまく伝わらなかったらすいません。
シリアスが続きましたので、もうお腹いっぱいだと思います。次の次ぐらいから糖分が取れる話を書きたいなと思ってます。
読んでくださってありがとうございます。これからも宜しくお願い致します。




