雪の告白 前半
タクシーから降りて、マンションを見上げると部屋に明かりがついているのが確認できた。
マンションに入る前に大きく深呼吸をして、そのまま部屋へ戻った。
「ただいま……」
「ゆ、優君、早かったのね。お帰りなさい」
いつものように雪さんが出迎えてくれる。笑顔を無理に作っているのが分かってしまって心が痛む。本当はずっと気づいていた、見て見ぬ振りをし続けていただけなのだから……。
「雪さん、もう寝るかい?もしまだ寝ないなら少し話が出来ないか?」
「まだ暫くは寝ないつもりだから、話すのは大丈夫だけど……」
同意してくれるものの、こちらを窺うような表情の雪さん。
それを見て怯みそうになるが、ここで逃げてしまっても仕方ない。僕は踏み込むと決めたのだから。
2人でリビングに向かい、対面で座る。どう切り出していいか僕が画策していると、急に雪さんが小さく笑った。
「ご、ごめんなさい。優君が口を開いては閉じてを何度も繰り返すから、真面目に聞かないといけないと思いながらもおかしくって。昔もこういう事があったなって思い出したらつい……」
暫く沈黙が続いた事は僕も認識していたが、まさか自分がそんな態度を取っていたなんて事は気づかなかった。
雪さんが笑ってくれたおかげもあり、先程まであった緊張が解けた。
「雪さん、今までごめん。僕に勇気がなくて雪さんの過去に触れる事が出来なかった。ずっと打ち明けようとしていたのは知っていたのに。そんな雪さんの気持ちを蔑ろにして、拒絶して本当に申し訳ない」
僕がテーブルに手をついて謝ると、雪さんは呆気に取られた後、声を出す事なく泣き出してしまった。
今まで溜め込んでいたものが一気に込み上げてきたのだろう。
僕は雪さんの隣に座り直し、彼女を抱きしめた。
抱きしめた後も彼女は暫く泣き続け、僕はそれを無言で見つめていた。
どれぐらいの時間が流れただろうか?もう大丈夫と言って離れようとした雪さんを力強く抱きしめる。
「雪さんが苦しくないならこのままで話をしよう」
僕の提案に彼女は黙って頷く。
「雪さん、聞いて。僕は中学校の卒業と同時に雪さんに告白しようと思ってたんだ。もしかしたら気づいていたかもしれないけど、雪さんは僕の初恋の人だったんだ」
「…………うん………知ってたよ……」
それなら何故僕の前からいきなり消えたんだ!って叫びたくなる気持ちを抑え、平静を装い続ける。
「そっか……。もしかして雪さんが消えたのって僕の気持ちを知ったせい?応えられないから居なくなってしまったのかい?」
「違う、そんなんじゃないの。わ、私だってずっと優君の事が好きだった」
その言葉を聞いて、僕の中で何かが弾けた。
「だ、だったら何故……僕の前から消えたんだよ!!」
怒鳴るつもりなんてなかった。それでも感情を抑えきれなくなった僕は声を荒げてしまった。
「ごめんなさい……。優君の気持ちを踏みにじってごめんなさい」
そうして再び泣き出す雪さんを僕はまた強く抱きしめる。そうしていないと、どこかに行ってしまいそうな気がしたのだ。
「怒鳴ってごめん。雪さんどうしてあの時僕の前から突然消えてしまったんだ?理由があるならきちんと話して欲しい」
「優君、一度離れようか。ちゃんと顔を見て話をしたいから……」
そう言うと、僕の腕を振り解きしっかりと向き合う。その目に強い意志が宿っていたのが分かったので、僕も心を決めるのだった。
「えっと、先ずはどこから話そうかな。色々脱線すると思うし長くなると思うけど、良かったら最後まで聞いてほしいです」
僕は無言で頷く。
「優君、実はね?私には妹が居たの」
「えっ……!?」
「私もずっとその事を知らずに居たんだけど、短大に入学した時に初めて出会ったんだ。本当に私そっくりの顔でびっくりしたの。でも、向こうは私の事を知ってたんだけどね」
「妹は生まれつき心臓に病気を抱えてて、私の両親では治療費を出せなくて途方に暮れていたところを偶然にも子供が居なかったご夫婦が養子に迎えたいと仰って下さったの」
「どうしても妹を助けたかった両親は藁にもすがる想いでその申し出を受けたの。本当は手放したくなかったのだけど仕方がないって……」
それはそうだろう。大切な娘が生き残れる術があるなら、誰だってそれを望むだろう。
「それでね?手術も成功して、妹は生き続けたの。でも双方で協議した結果、子供は会わせない方がいいって事になってしまって……」
何故そんな事になってしまったかは分からないが、そこには大人の事情があったのだろう。
「それで最初の話に戻るけど、私はずっと妹の存在を知らずにいたの。それが短大で偶然出会ってね?その事はもちろん両親に問いただしたわ」
「お母さんね?妹を手放してしまったショックで塞ぎ込んでしまって立ち直るまで時間がかかったらしいの。何とか立ち直る事が出来たけど、その件があって妹の話は家ではタブーになってしまったとお父さんは言ってた。そのお父さんも負い目から家庭を省みず仕事に精を出したと言ってたわ」
誰が悪いと言う話ではない。居た堪れない気持ちになった僕は、何か言おうと試みるものの思いつかなかった。
「それでね?妹は私とは違ってすごく明るい子で居るだけで周りを幸せにしてくれる様な子だったんだ。私達はお互い離れていた時間なんてなかったかの様にすぐに仲良しになったわ」
「でもね……」
雪さんの声のトーンが下がった。きっとここからが本題なのだろう。そしてここから先は決して良い話でない事は理解できた。
僕は自然と身構えると、雪さんが続きを話すのを静かに待った……。
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