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僕が望む事は……

指定された場所は昔よく2人で飲んだ居酒屋だった。

一呼吸して息を整えてから店に入る。


「よお、こっちだこっち」


声の上がった方を見れば、稲葉先生が笑みを浮かべながら手を挙げていた。


「急に連絡してすまない。神谷先生はどうしたんだい?2人で居たんじゃなかったのかい?」


「ああ、男同士の会話に女が口を挟むのは悪いだろうからってさっき帰ったよ」


それを聞いた僕は、とても申し訳ない気持ちになってしまった。


「本当に申し訳ない……」


「いいから気にせず座れって。それより何飲む?ビールでいいか?」


笑いながらそう言って隣の席を叩く稲葉先生。

僕は黙ってその言葉に従い腰を下ろす。


「で、瓜生先生からお誘いとは珍しいな。最近俺ばっかり相談してたから、一つぐらい借りを返しておかないとな」


そうやって笑いかけてくれる彼の優しさと気を遣って席を外してくれた神谷先生の優しさに心の中で感謝する。


「それで、早速相談があるんだけど……少し長くなるけど僕の話を聞いてほしい」


無言で頷く稲葉先生を確認した僕は、今までの事を話した。


初恋の人との出会い、その人に中学を卒業したら告白しようと思っていた事、その人が告白を前に突然目の前から姿を消してしまった事。

そして、久しぶりに再会した事、娘がいた事、そして今一緒に住んでいる事を……。


話の間は、稲葉先生は相槌を打つだけで一切口を挟まなかった。

僕の話が終わった頃にようやく彼は口を開いた。


「それで、瓜生先生は結局どうしたいんだい?その人と早く縁を切りたいのかい?」


「違う、そうじゃない。今の3人での暮らしには満足しているんだ。でも僕には、彼女の過去に何があったのかを知る事が怖いんだ。何故僕の前から消えてしまったのか?前に寝こけている時に僕が知らない男の名前を呟いていた。彼女の心の中にはきっとその男が居て、忘れられないのだろう。彼女が僕以外の人を想っている事実を受け入れられないんだ」


「そっか……。ならお前は家を出ろよ。その母娘の生活を支えたいと思うなら、お前は一緒に住むべきではない。誰も幸せにならないからな。金がないなら俺が出してやるから、荷物をまとめて明日にでも出て行け」


相談に乗ってくれると言っていたにも関わらず、意図していなかった事を言われ、思わず睨んでしまった。


「なんだよ?皆が心安らかに過ごせる提案をしただけだろうが。これの何が不満なんだ?」


「僕が聞きたいのはどうしたら2人を悲しませないかって事だ!もし僕が出て行けば、2人は自分達が追い出したと思ってしまうだろうが」


「そうだろうな。まぁ、そうとしか思わないだろうな」


「だったら何故そんな提案をする!?」


「そりゃその状態で一緒にいる方が辛い結末になるからに決まってるだろうが。おそらくお前の話を聞く限り、その雪さんって人はそろそろ限界を迎える。いいか、よく聞け?追い込んだのはお前だ。お前は2人の事を想ってなんかいない。お前は自分が初恋の人とその娘を支えてると思って自己満足に浸っているだけだ。支えているのは金銭面だけの話だ。お前はこんな生活も悪くないと感じているだけでいいだろうが、2人はお前に精神的に追い込まれている。そのうちその雪さんの娘も壊れるぞ」


「…………」


「それに気づいているから俺に相談してきたのだろうが本当はもう分かってるんだろ?お前がすべき事が何なのかという事に」


「…………」


「なかなか初恋ってのは実らないんだよ。それが20年弱の時を経て実るかもしれないんだぞ。それを逃してもいいのか?それともまさか別の男の子供を産んだ女を愛せないとか小さい事言うんじゃないよな?」


「小春ちゃんは良い子だ。あの子が産まれてこなければよかったなんて思うわけないだろうが!!」


気づけば立ち上がって大声で叫んでいた。はっとして周りを見渡すと視線を一身に浴びていた。

小さく申し訳ありませんと頭を下げて腰を下ろす。


「そんな風に思える子に、自分が産まれてこなければよかったのにと言わせてしまったお前の不甲斐なさを反省しろよ、まったく……」


「…………」


「それでどうするんだ?このまま2人が壊れていくのを黙って見続けるのか?」


「僕は……僕は……」


「本当に情けないな。俺がうじうじしてた時はあれだけ啖呵を切ったお前はどこに行ったんだよ」


「…………」


「はぁ……」


これ見よがしに溜息をついて、稲葉先生は黙って酒を飲み始めた。

その間も僕はずっと考えていた。自分が傷つくのを怖がっていたせいで苦しめてしまった2人の事を。


僕は2人にどうなって欲しいのだろう。考えるまでもない、ただ幸せになって欲しいだけなんだ。

それは誰かに任せていい事なのだろうか?違う、僕が2人を幸せにしたいんだ。


ずっと雪さんが僕の目の前からまた居なくなる事を仕方ないと思っていた。


彼女が誰か知らない男に笑いかけている未来を想像する。そんなのは許せない。

彼女が誰か知らない男に笑いかけていた過去を想像する。嫉妬はするが、これから一緒に生きていけるなら仕方ないと割り切れる。


ああ……そうなんだ。俺は雪さんをそして小春ちゃんを手放したくないんだ。

ならば痛みに耐えてでも向き合わなければならない。


「稲葉先生……今日は帰ります」


「おい、まだ話は途中……そうか、分かった」


僕は席を立つ前に財布を取り出そうとしたが、稲葉先生に止められた。


「ここの勘定はいいから。それよりもしっかり決めてこい」


「ありがとう、このお礼は改めて。また連絡する」


急いで店を出るとすぐさまタクシーを拾う。まだ2人は起きているだろうか?出来れば今日のうちにしっかりと話をしておきたい…はやる気持ちを抑え、心を落ち着ける為にそっと目を閉じた。

久しぶりの投稿ですいません。もう忘れてしまった方がほとんどだと思いますが、思い出していただけたら幸いです。

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