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諦観とは……

その日の夕飯は、久しぶりにとても穏やかな空気が流れていた。

ようやく、稲葉先生の件も片付き怒涛の追求が鳴りを潜めたからだ。


「瓜生先生、稲葉先生は夕凪さんに会ってくれると思う?」


「……そうだな、多分会うだろうね」


「そうですか……。気持ちが高ぶってしまって思わずけしかけてしまったけど、良かったんでしょうか……」


そう言って落ち込む小春ちゃん。別に落ち込む事はないんだけどな。

散々詰め寄られた仕返しをしたいと事でもあるが、流石にそれは大人気ないか。まずは安心させてあげる事にしよう。


「良いか悪いかで聞かれると、良くも悪くもあるという感じかな」


「良くも悪くも……ですか?」


そう言って小春ちゃんは小首を傾げる。隣で黙って聞いていた、雪さんも同じ様な感じだったので思わず笑ってしまった。


「もう、優君たら。真面目な話をしている時にいきなり笑い出すなんて不謹慎だよ」


雪さんに窘められてしまったので、素直に謝罪する。


「ごめん、二人が同時に首を傾げるからつい面白くなってしまって。それじゃ本題に戻るけど、まずは悪い事から話すよ」


「「………」」


「いや、そんな真剣に聞かないでも大丈夫だから」


「優君、いいから早く」


「わかった、わかったから。えっと、まず悪い事はおそらくだけど神谷先生はうちの学園の先生にはならないって事かな」


「夕凪さんの、実習ダメだったんですか!?」


小春ちゃんがテーブルを叩いて、こちらに身を乗り出してくる。


「いや、そういう事じゃなくて……。これは良い事に続くんだけど、多分神谷先生は稲葉先生に今日のうちに連絡を取ると思うんだ」


「で、前提としてまず稲葉先生は奥さんは居ないし、ましてやお子さんも当然いない」


「「えっ!?」」


二人とも幽霊でも見た様な面白い顔になっているが、笑わない様になんとか堪えた。


「そもそも結婚してなんかいないんだ、彼もずっとひとりの人を想っていたんだよ」


「それって……」


小春ちゃんが思わず呟く。


「そうだよ、彼も神谷先生をずっと想って居たんだよ。だけど、未来のある若者を自分に縛りつけるのを良しとしなかった。だから何も言わずに学園を去ったんだ。今回もわざと嘘をついたのは、罪悪感を消してあげたかったからなんだよ」


「罪悪感…?」


小春ちゃんにはまだこういう話は早いかもしれない。雪さんは黙って聞いているが、その顔は何かを察している様に見えた。


「神谷先生は自分のせいで稲葉先生は不幸になったと思ってただろ?稲葉先生が幸せにしている話をすれば、彼女が稲葉先生に対する好意がなかったとしても、これから先罪悪感を抱かなくて済むだろ?」


「でも…その嘘のせいで神谷先生は稲葉先生を諦める所だったんだよ?そんな嘘ついて大切にしてるとか納得出来ません」


「小春ちゃん……誰しもが前だけを向ける訳じゃないんだよ。繰り返しになるけど彼はね?神谷先生の自分に対する好意がなくて罪悪感に囚われているという最悪の展開を想定していて今回の嘘を思いついたんだ。まぁ、でも……その嘘を聞いた上で、自分を好きだと言ってくれる展開はほぼないって愚痴りまくってとにかく情けなかったけど」


「実際、夕凪さん一度諦めてましたもんね……」


「そういう意味では、小春ちゃんは神谷先生に一生感謝されると思うよ」


「それなら良かったです。あーあ、心配してなんか損した気分です。稲葉先生、遠くに住んでいるんですよね!?早く二人が会えるといいな」


そう言って自分の事みたいに嬉しそうにしている小春ちゃんを最後にもう一度驚かせてやろう。


「おそらくもう会っていると思うよ?」


「「………え?」」


目を丸くする二人を見て、この母娘は本当にリアクションがそっくりだなと微笑ましい気持ちになった。


「稲葉先生は今日こっちに来ているんだよ。もしもがあったら、すぐに会えるからって。おかしいだろ?」


僕からしたら笑い話なのだが、真顔の二人にはそうではなかったらしい。


「小春ちゃんから罵られ、その後は稲葉先生の愚痴に付き合う。この数日間は本当に疲れたよ」


「ご、ごめんなさい……」


そう言って、小春ちゃんは俯いてしまった。

少し意地悪が過ぎたかもしれない。


「冗談だよ。でもきっと小春ちゃんのおかげで二人は上手くいくと思うよ」


「良かった……」


ほっと胸を撫で下ろす小春ちゃん。口数の減った雪さんを見れば、なにやら寂しそうな顔をしていた。


「雪さんどうかしたのかい?」


「ううん、何でもないの」


そう言って普段通りの笑みを浮かべる。


「お母さん……」


小春ちゃんはそれ以上何も言わなかった。

気まずい空気がリビングに立ち込めたが、結局それを払拭したのは雪さんだった。


「優君、お風呂の準備するね。ずっと頑張ってたんだから疲れたよね。今日は遠慮なく一番最初に入って」


そう言って、いつも通り明るく振る舞う。

僕はいつまで彼女にこんな顔をさせたらいいのだろうか……。


雪さんが席を立ったのを見計らって小春ちゃんも席を立ち上がった。


「ごめんね瓜生先生……。私なんか生まれて来なければ良かったのにね……」


そう言って彼女は自分の部屋に戻っていってしまった。

生まれて来なければ良かっただって?そんな事あるわけない…。

僕の意気地のなさが二人を傷つけている。それを頭で理解しているのに、僕はここまで言われても何も動けないでいる。

そんな自分が情けなくて、惨めだった。なぜこんなにも僕は……。





『諦観って言葉があるだろ?これさ、悟り諦めるって意味もあるが、実は本質を見極めるって意味もあるんだぜ。何かに絶望して諦めそうになった時は、諦めてしまう前に本質を見極めるんだ。その結果、諦めるなら何も言う事はないけど、絶対に最初から諦めたりすんなよ。それは順番が違うからな』


突然…稲葉先生が昔言っていた言葉を思い出した。

そうだ、僕は彼女達と会う前から諦めてた、いや中学の卒業式の日からだろう。

気にしない、過去は振り返ってはいけない。二人はそのうち僕の前から居なくなるんだ。色んな理由をつけ、諦めてしまった事から目を背けていただけだ。

どうしたら変われるだろうか?僕みたいな奴でも変われるだろうか…。


『もし、瓜生先生がそんな弱虫野郎になった時には絶交だからな。だが抱えきれない時は絶対に俺に相談するんだ。どんな事よりも優先して話を聞いてやるからさ』


僕はスマホを手に取り、リダイヤルから彼の名前を探し画面をタップした。

だけど、今日ばかりはきっと取ってもらえないだろう。


『もしもし……』


僕の推測はハズれ、数コールの後に電話が繋がった。


「人生最良の日にすまない。少し相談したい事があるんだけどいいだろうか……」



僕は雪さんに、遅くなるから先に寝ていて欲しいとだけ告げ、急いで外に出るのだった。

更新遅くてすいません泣

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