小春のヤキモチ
昼休みが終わる頃に神谷先生が戻ってきたので、小春ちゃんとの話し合いは無事に終わったかを聞くと、なぜか睨まれてしまった。
そして何を話したかも教えてもらえなかったが、追求する事は諦めた。
神谷先生の視線が鋭く、慄いてしまったという情けない理由ではあるのだが。
そんないつもとは少し違った一日もようやく終わり、気疲れしていた僕は家路を急ぐ。
「ただいま」
「優君、お帰りなさい。そんなに疲れた顔してどうしたの?何かあった?」
出迎えに来てくれた雪さんから早々にツッコミが入る。どうやら顔に出てしまっていたらしい。
「いや、大丈夫。少し実習生の指導がうまくいかなくてね」
取ってつけた様な理由を伝えたが、雪さんは納得していない様な顔をしている。
「そうなの?なんか小春も帰ってきてから部屋に篭ってしまってるのよね」
雪さんに真っ正面から見つめられ、バツが悪くなり先に目を逸らしてしまった。
何かを言おうとしていた彼女は結局何も言う事なく小さく溜息を吐くとリビングに戻っていった。
ご飯の支度がそろそろ終わる頃になっても小春ちゃんは部屋から出てこない。
流石に心配になってきた僕は、小春ちゃんに話がある旨を雪さんに伝えて部屋に向かった。
コンコン、扉をノックすると中から小春ちゃんが返事をした。
「お母さん?今日はご飯は要らないってさっき言ったよね」
「小春ちゃん、僕だよ。少しいいかな?」
「へ?瓜生先生?ちょ、ちょっと待って下さいね」
室内から慌ただしく動いている音がした。
暫く待っていると、中から小春ちゃんが平然とした態度で出てきた。
「散らかってますがどうぞ」
室内に入り、僕は椅子に小春ちゃんはベッドの上に腰掛ける。
少しの間お互い口を開かず気まずい雰囲気が室内を漂う。
このまま無為に時間を消費しても仕方ないと思った僕は腹を括り、昼間の出来事に言及した。
「あのあと、神谷先生と何を話したんだい?彼女が失礼な事を言わなかったかい?」
聞かれたくなかったのか、彼女は俯いてしまった。
僕としては神谷先生に振り回されなかったか心配しての問いかけだったのだが、どうやらその意図に反して小春ちゃんを困らせてしまっているだけの様だ。
今日はそっとしておこう、そう思って席を立とうとすると小春ちゃんが語り始めた。
「神谷先生には昔の話を聞きました。私の件については、誤解だと分かってもらえましたので解決してます。それで瓜生先生にお願いがあります」
「お願い?まぁ、僕に出来る事なら・・・」
「神谷先生にベタベタされてるからって鼻の下伸ばすのやめてもらえませんか?」
「えっ!?」
僕としてはそんなつもりは全くなかったのだが、小春ちゃんからはそんな風に見えていたのだろうか?
「いや、そんなつもりはないけど」
「それならもっとちゃんとした態度をしてください。二人が怪しいって生徒も皆言ってますよ。神谷先生、綺麗ですもんね。あんな人にベタベタされたらそりゃ嬉しいですよね」
重い口を開いたと思えば、辛辣な言葉が続く。
「いや、本当にそんなつもりは・・・」
「あと、私としては喜ばしい事でもありますが、お母さんのお弁当を食べてて嬉しそうにするのも少しは控えた方が良いかと。職員室では瓜生先生の気持ち悪いにやけ顔で話が持ちきりらしいですよ」
生暖かい視線を感じているとは思っていたが、そんなことになっているとは思いもしなかった。
「それでお願いの件ですが、稲葉先生と最近連絡取ってるんですか?」
小春ちゃんの口から思いもよらない人物の名前が出てきた。
「君がなぜその名前を・・・。ああ、そうか神谷先生から聞いたんだったね」
「ええ、聞きました。それで稲葉先生とはまだ連絡取っているんですか?」
小春ちゃんは身を乗り出して聞いてきた。近い、距離が近いから。
「まあ、たまには取ってるよ。今は少し遠い所に住んでいるからここ一年ぐらい会ってはいないけど」
「そうですか、それは良かったです。では神谷先生に連絡先を明日にでも教えてあげてください」
「いや、それは流石に小春ちゃんの頼みでも聞けないよ。彼には神谷先生に伝えるのは止められてるから・・・」
これは本当の話だ。僕も二人の事を考えればこの状態は良くないと前から思っていたが、稲葉先生は今も頑なに拒んでいる。
「はぁ、瓜生先生。はっきり言いますが、神谷先生は未だに稲葉先生の事を諦めていません。このままだと二人の為にもならないと思います。親友にたとえ嫌われたとしてもお節介を焼かないといけない時ってあると思いますよ?」
僕は何故一回り以上年下の女の子に詰められているのだろうか。
そんな風に思っていると扉がノックされた。
「優君、そろそろご飯にしようと思うんだけど。要らないって言われたけど小春の分もあるから、二人とも出てきてくれる?」
天の助けとばかり僕はそそくさと椅子から立ち上がる。
小春ちゃんがジト目を向けている気がしたけど、無視しよう。
小春ちゃんも何だかんだ言いながら部屋から出てきてくれたので、三人で夕飯を食べ始める。
折を見て、僕は昼間に知ってしまった弁当の件について雪さんに尋ねる。
「雪さん、前に弁当を一人分作るのも二人分作るのも変わらないって言ってたけど、小春ちゃんと僕の弁当の中身が全て違うなんて聞いてなかったんだけど?」
「ご飯は同じの使ってるわよ?」
そうじゃない。そんな揚げ足取りで逃げようとしてもそうはいかない。
「おかずが違うよね?とても同じ人が作った弁当には見えなかったよ。あれはついでに作っている弁当の範疇を超えてるよ」
追求され苦笑いを浮かべる彼女。
「もしかして小春の方に入っていたおかずの方が良かった?ごめんなさい、今度から優君の好きなものを考えて入れるようにするわね」
そう言って小さく舌を出す雪さん。どうしてもこの件については触れられたくないらしいが、僕も引けない。
「雪さんがとぼけるなら僕にも考えがある。雪さんの負担になりたくないから明日から僕の弁当は作らなくていいよ」
「そ、そんな・・・。優君それは酷いわ」
そう言って本気で落ち込んでしまう雪さん。
「雪さんの負担になりたくないんだよ。小春ちゃんと同じおかずを使ってくれて負担が減るなら問題ないんだけど」
「それは絶対にダメよ。だってそれを追求したって事は二人が一緒にお昼を食べたんでしょ?そういう状況になっても大丈夫な様にワザと別のおかずにしてるんだから」
そんな事まで考えてくれてたのは嬉しいが、知ってしまった以上これから先もお願いする気にはなれない。
「それならやはり小春ちゃんの分だけにしてくれ」
最後通告とばかりに僕は話を打ち切る。この世の終わりの様な顔をしていた雪さんを無視して食事を続けた。
部屋に戻ろうとして同じ様に席を立った小春ちゃんが耳打ちしてきた。
「稲葉先生については早急にお願いします。あと、お母さんにあんな顔させて心が痛まないのですか?もっと人の気持ちを考えてあげてください」
また怒られてしまった。
その後、僕がお風呂から出ても雪さんがリビングでこれ見よがしに落ち込んでいた。
その姿に心が痛み結局は明日からも弁当については雪さんの好きにさせる様にした。
僕はただ雪さんに楽をして欲しかっただけなのだが、ままならないものだなと思いながら自室に引き上げていった。
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