★Yuuna’s point of view
私は昔から他人との距離感をうまく掴む事が出来なかった。
男子に思わせぶりな態度を取る女。当時の私は影でそう呼ばれていた。
学園の同性の多くを敵に回していた自覚はあったし、別にそれを改善しようとも思わなかった。
それ故に仲の良い同性の友達はいつまで経っても出来ず、学校もサボりがちになってしまった。
たまに学園に行っても当然の事ながら授業についていけず面倒くさくなり早退する。
私としてはそんなつもりはなかったのだが、学園からしたら俗に言う不良という分類だったのだろう。
そんな私を変えてくれたのは優先生だった。夏休みの追試対象者の補習、私が彼と初めてまともに話した日の事は今でも覚えている。
「勉強したくないならやらなくてもいい。だけど学生の時に学んだ事は社会に出たら必ず役に立つ事だけは覚えていてほしい」
「学園で学んだ事が役に立つとでも?数Aとか哲学とかが私のこれからに役立つとは全く思えないのですが?あと、私国内から出る予定ないので英語も必要ないです」
「極論を言ってしまえば、学園で学んだことの大半は役に立たない可能性がある。だが例えばの話だけど勉強を頑張って成績を上げ偏差値の高い大学に入学する事が出来れば大手企業への就職の道も開ける」
「私別に大手企業に就職したい訳ではないんですけど・・・」
「まぁ、聞いてくれ。要は学園での勉強はより良い将来を掴むための大事なステップであり目指すところはもっと先にあるという事。あとは精神的な問題でやりたくない事をすぐに投げ出してしまうなら、それは社会に出ても同じ事をしてしまう可能性が高い。単に成績だけを見るのではなく、投げ出さないという事自体に意味があるんだ」
「なんか根性論って感じでダサくないですか?」
「今の君達の年齢でそれに気づけと言うのは無理かもしれないが、社会に出たらいずれ分かる日がくるだろう。その時に後悔して欲しくないから僕達教師は生徒に対して口うるさくなってしまうんだよ」
「先生って私がサボってても怒った事ないじゃないですか。口うるさい印象ないんですけど」
「それは多分僕が仕事に対してやる気がないからだね。こんなこと言ったら教師失格なんだけど。出来たら僕みたいな大人にはなって欲しくないかな」
そう言って苦笑する先生。この日のやり取りをきっかけに私は優先生に対して苦手意識がなくなった。
最初は全く興味のなかった授業も少しずつ出席する様になり、いつのまにか職員室まで質問に行く様になった。
彼の担当科目以外の質問も平気でしていたから時折慌ててふためき苦笑を浮かべる事も多かった。
私が熱心に質問に行くのを見ていたからだろうか?
いつの間にか他の先生達も親身になって教えてくれる様になった。
今思えば、優先生が裏で色々手を回してくれていたのだろうと思う。
私は優先生のおかげで勉強の楽しさを知った。そして、そんな私のせいで一人の教師の人生を壊してしまうとはこの時の私は思いもしなかった。
私が稲葉先生と出会ったのは二年生に上がってすぐだった。
私は一年で急激に成績が上がり、就職クラスから進学クラスに進路を変更していた。
優先生が担当から外れ稲葉先生が私の在籍するクラスの担当になった。
稲葉先生は明るい性格で誰に対しても分け隔てなく接する先生として生徒からも人気だったのだけれど、優先生が担当から外れたショックで私は稲葉先生を嫌悪していた。
だから私はわざと優先生に質問に行っていた。二人が仲が良い事を知りながら最低な事をしたもんだと今は後悔している。
そんな私の態度に不快感を示すわけでもなく、彼はいつも声をかけてくれた。
「顔は瓜生先生に遥かに及ばないけど、勉強の教え方については負けない自信があるから。たまには俺に聞きに来てもいいんだぞ」
それが彼の私に対する口癖だった。私はそれでも優先生に質問に行っていたのだが、その日はたまたま優先生が休みだった。
私は翌日聞けばいいかと思い、職員室を後にしようとしたが稲葉先生に声をかけられた。
「神谷、瓜生先生は私用で今日は休みだぞ」
それはさっき他の先生から聞いたから知っている。空振りに終わった私に対する当てつけだろうか?ニヤニヤしている彼に対して不快感を覚える。
「・・・・・・」
私は答える事なく職員室を出ようとしたが、再度呼び止められる。
「一応俺がお前の担当なんだけどな。せっかくなんでおれが教えてやるからこっち来い」
私は彼の呼びかけに渋々応じる。
「それでどこが分からないんだ?」
「ここが分からないのですが」
「おお、お前こんな先のところまで勉強してるのか。瓜生先生から話は聞いていたが感心感心。じゃあ早速なんだが、この問題の考え方はな・・・」
言うだけあって稲葉先生の説明は分かりやすかった。
「よく分かりました、稲葉先生ありがとうございました」
そう言って去ろうとした私だったのだが、それで終わりではなかった。
「よーし、本当に理解したかの確認の意味も含めて、応用いってみようか」
そう言って新しい問題を嬉々として出す先生。私は苦労しながらも何とか問題を解いてみせた。
「おお〜、正解だ。よく出来ました」
そう言って頭をポンポンと撫でられる。これも教室ではよく見る光景だったが、実際にやられたのは初めてだった。
「なっ!?」
「どうした!?ああ、嫌だったか。すまんすまん」
そう言って即座に手を離された。突然の事に驚いただけで、不快だった訳ではない。
「突然だったからびっくりしただけです」
所在無く視線を彷徨わせていると、机に置いてあるノートに目が止まった。
板書する内容をまとめたものだったが、口頭で説明するポイントも細かく書かれていた。
「おいおい、人のノートを勝手に見るなよ。字が汚いから恥ずかしいだろうが」
そう言って照れ臭そうに笑う彼を見て、申し訳ない気持ちになった。
こんなにも一生懸命な先生の授業を私は蔑ろにしていたのだから。
その日をきっかけに、私は稲葉先生を頼る事にした。
優先生に経緯を伝えると、自分の事のように喜んでいた。
それから暫くの月日が流れていくにつれ、私の気持ちも変化していった。
稲葉先生は頼れるお兄さんといった感じで、相変わらず男女問わず生徒に人気だった。
私にそんな資格はないのは分かっていたが、それでも私以外の女生徒の頭を撫でる姿を見ると胸が締め付けられた。
その事がきっかけで、私は彼に対して好意を抱いているのを認識した。
「先生の事が好きです。私を彼女にしてください」
ある日、私は稲葉先生を空き教室に呼び出し告白した。
「教師である自分が未成年と、しかも教え子となんて付き合えないよ」
事前のリサーチで彼に恋人がいない事は知っていた。だから受け入れてもらえるなんて安易な考えはしていなかったつもりだが、断られてしまった私は泣き出してしまった。
そんな私を放ってはおけず不用意に近づいてきた彼に対して私は実力行使に出た。
彼の承諾なくキスをしたのだ。彼は何が起きたのか理解できなかったのか、すぐには抵抗しなかった。
その時突然扉の開く音が聞こえた。急いで後ろを振り返るとそこに見知らぬ先生が居た。
そこから先の事はあまり覚えていない。私はすぐに自宅謹慎となり、学園に復帰した頃には稲葉先生は退職していた。
後から聞かされたのは、稲葉先生が全ての責任は自分にあると言っていた事と優先生と益田先生が私と彼を最後まで弁護してくれていた事だった。
私の自分勝手な行動のせいで、一人の先生の未来を奪ってしまった。
私は稲葉先生にコンタクトを取りたくて優先生を頼ったが、彼は頑なに口を閉ざし続けた。
卒業後は優先生に会う理由も見当たらず、稲葉先生の件も平行線のままだった。
それでも諦められなかった私は、教育実習という形で優先生に再度接近をする計画を立てた。
学園に入り込めれば接触出来るだろうと考えていたのが、まさか担当が優先生になるなんて。
神様は私に味方してくれているのだろうと思った。
そして私は出会ってしまった。昔の私が稲葉先生に対してそうだった様に、優先生を見つめる一人の生徒に・・・。
彼女に私と同じ思いを絶対にさせてはいけない。まずは彼女の真意を聞き出したいのだが、うまく接近できるだろうか?
彼女に対してどのようにアプローチするか密かに策を練り始めるのだった。
神谷先生には別に好きな人がいたオチ……期待外れでしたら申し訳ございません。
次、神谷先生と小春ちゃんの対決の予定です。
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