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それは誰なんだい・・・

教育実習も半ばを過ぎ、神谷先生も授業に慣れ生徒から評判も上々だった。


元々、勉強が出来なかった事が影響しているのか彼女の授業は分かりやすい上に、その距離感からか生徒から質問される事も多かった。


この調子ならきっと良い先生になれるだろう。

ただ一点だけを除けばという条件付きではあるけど・・・。


彼女は何故か小春ちゃんとだけはウマが合わないらしい。

小春ちゃんは神谷先生に事あるごとに突っかかり、彼女もそんな小春ちゃんに対してだけは大人気ない対応をしている。

特定の生徒に対して不快感を抱くのは人間としては普通の事ではあるが教師がその様な態度を取るのは問題である。


そして残念な事にそんな二人のやり取りは、ここ最近の日常の一コマになりつつあった。


「瓜生先生、授業に使った教材を職員室に運ぶの手伝います」


授業が終わり、そう言って僕に近づいてくる小春ちゃん。


「これは私と優先生で運べるから大丈夫よ。それよりも名取さんは次の授業の準備を優先して」


僕が答えるより先に手伝いを断る神谷先生。小春ちゃんとしては、夏休みに友達を家に呼んだ分の借りを僕に返したいのだろう。

客観的に見ても、確かに神谷先生の言い分の方が正しいので僕からも小春ちゃんにお断りを入れる。

不満顔ではあったものの彼女はすんなり引き下がってくれた。


「優先生、名取さんって昔の私に似てますね」


僕はその質問に何とも言えず、苦笑いを浮かべる。


最近の小春ちゃんは確かに変わった。最近は素直に僕に甘えてくる事もある。

その様子はさながら父親に甘える娘といった感じだ。

僕に娘はいないが、時折小春ちゃんが自分の娘の様に錯覚する事がある。

本人に言ったら怒りそうなので、口に出す事はしないけど・・・。


「優先生は大丈夫だと思いますが、くれぐれも間違いを犯さないで下さいね」


そう言って力なく笑う彼女にかける言葉が見つからず僕は何も答えられずにいた。

気まずい空気になってしまったので話題を変えたいのだが、何も思いつかない。


「優先生、私の話ちゃんと聞いてますか?」


「ああ、聞いてるよ」


そう短く返す。職員室に戻るまで僕達にそれ以上の会話はなかった。


「瓜生先生、少し宜しいでしょうか?」


職員室に戻るとすぐに益田先生に声をかけられる。


「どうかされましたか?」


「ええ、少しお話がありまして。ここでは何ですので、隣の休憩室に宜しいですか?」


その呼び出しに了承し、益田先生の後について移動する。


「神谷先生はいかがですか?」


「授業の予習もしっかりやっていますよ。生徒からの評判も上々です。まるで・・・いや、何でもありません」


「瓜生先生何やら歯切れが悪いですね」


そう言って苦笑する益田先生。その自覚があった僕もつられて苦笑いを浮かべた。


「彼女には目標とする人が居て、その背中を追っているのだと思います」


「そうですか」


「特定の生徒と仲が悪い点を除けば、文句のつけようがないのですが。そういう意味では感情のコントロールはまだまだですね」


「おやおや。そういうのも含めてこの実習で色々学んで欲しいものですね」


お互い歯切れの悪い会話になってしまったが、それも仕方ないだろう。

ただ、益田先生が気にかけてくれていた事を知れただけでも良しとしよう。




ようやく長かった仕事も終わり、家路につく。最近は精神的な負担が多いせいか、仕事を長いと感じている。


「ただいま」


いつも出迎えてくれるはずの雪さんから返事がない。


「ただいま」


聞こえてなかっただけかもしれないと思い、もう一度声をかけるが返事はない。


何かあったのだろうかと急いで家の中に入れば、テーブルに突っ伏している雪さんが居た。


小春ちゃんはまだ帰ってきてない様だ。おそらく寄り道をしているのだろう。


雪さんを起こそうと近づくと、彼女はうわ言の様に何かを呟いていた。


「ナツキ・・・」


その呼びかけと共に彼女の閉じた瞳から涙が流れた。

僕の知らない誰かを呼ぶ彼女の姿を見て、僕の心がさざめいた。


『ナツキ』


それが君の大切な人なんだね。初めて聞いた名前にショックを受けるが、僕には聞き出す勇気もない。

僕は彼女のそんな姿をこれ以上見ていられず、その場から逃げ出した。




どれくらい経っただろうか?部屋に篭っていた僕の耳に玄関の開く音と小春ちゃんの声が聞こえてきた。


「あれ?お母さんそんなところで寝てたら風邪ひくよ」


「んん・・・あら?小春帰ってきたのね。お帰りなさい」


「ただいま!!瓜生先生の靴もあったからもう帰ってると思うんだけど何処にいるの?」


「優君も帰ってるのね。ってもうこんな時間じゃない。急いでご飯の支度をしないと」


雪さんも起きてきた様で、リビングが騒がしくなった。

気持ちを簡単に切り替えられなかった僕は、小春ちゃんから呼ばれるまで部屋から出る事が出来なかった。


そんな僕を二人が心配そうに見ていたが、僕は取り繕う事も出来ず黙々と食事を済ませた。

風呂を済ませた後、雪さんと何かを話した様な気もするが、この日の事を僕は殆ど覚えていない・・・。


読んでくださってありがとうございます。ブクマ・感想・評価、とても励みになっております。誤字脱字報告ありがとうございます、本当に助かっております。皆様、これからもどうぞ宜しくお願い致します。

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