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家に誘う=下心では断じてない

 声が少し震えていたのが自分でも分かる程度には緊張しているらしい。自分の事でも、客観的に考えてしまうのが悪い癖だ。


 「ええ、本当に久しぶりね。私の事なんてもう忘れてしまったと思っていたわ」


 僕が雪さんを忘れるなんて事はあり得ないのだが、彼女はそんな僕の気持ちなんて微塵みじんも知らないだろう。


 僕と雪さんは家が近所で、ずっと面倒を見てもらっていた。歳は僕と5つ離れていたが、毎日お互いの家を行き来していた。

僕達をよく知らない近所の人達は、本当の姉と弟だと思っていたと聞いた事があるぐらいに僕達は一緒に居たんだ。


 僕は小学校に上がってすぐの頃から彼女に対してずっと想いを秘めてきた。その想いは歳を重ねる程に大きくなっていき、僕が中学を卒業する頃には、もう抑えきれなくなっていた。

言ってしまえばこの関係が崩れるリスクもあったけど、僕が追い付けない速度でどんどん大人びていく雪さん。そんな彼女が誰かのものになるなんて絶対に認められなかったんだ。

僕は中学を卒業するタイミングで彼女に想いを告げる事を計画していた。


卒業が目前に迫ったあの日、彼女が僕の目の前から突然消えてしまうとは露とも知らずに・・・。





「優くん大丈夫なの。ずっと黙り込んでしまっているけど」


彼女の言葉で、意識を現実に引き戻される。どうやら僕は物思いにふけっていたらしい。


「すいません。少し昔の事を思い出していました。雪さんは変わらず元気そうですね」


そう言って自分でも分かってしまう様なぎこちない笑みを浮かべる。

それを聞いた雪さんの表情が少しだけ曇る。


「ええ、そうね・・・元気にしているわ」


言葉と表情がチグハグなのは何故だろうか。そう疑問に思っていると横から鋭い罵声を飛んできた。


「なんなのあなた、信じられない。病気の人に対してそんな事を「小春、黙りなさい」」


彼女は娘の発言を最後まで許す事をしなかったが、『病気の人』という言葉が出てきたのを聞いてしまっていた。

僕に何かを隠していて、おそらくそれを知られたくないのだろう。でももう聞いてしまったのだから見過ごす事は出来ない。


「雪さん、病気なのかい。僕はどうやら言ってはいけない事を言ってしまったのか。配慮が足りなくて申し訳ない」


雪さんは苦笑いを浮かべながら、頬を掻きながらポツリと溢す。


「少し前に、心の病気をね」


短かくそう漏らす彼女の表情は暗い。


「お母さんは私の為に毎日遅くまで仕事を頑張ってくれた。これからは私が働くから。私がお母さんを助けるから心配しないで」


「何を言ってるの小春。お母さんが何とかするって言ったでしょう。今日の人はダメだったけど、もう少しだけ待って」


彼女は娘の申し出に対し、悲痛な面持ちでそう返す。


「で、でも・・・もう無理だって。友達にも私の状況は知れ渡ってしまってるし、もし授業料払えたとしても私もうあの学校には行きたくない」


 「そんな・・・」


隣で母娘のやり取りを見ていた僕は二人の置かれている状況をなんとなく理解した。

初恋の人がお金で困っている姿は流石に見ていて気分の良いものではない。


ただ、僕がこの提案をして素直に受け入れてもらえるだろうか。おそらくきっと受け入れてもらえないだろう。

それでも僕は2人の力になりたかった。これはきっと初恋の人に対する同情なのかもしれない。

だけど、あの時の様に伝えずに後悔したくなかった。


 「お取り込み中に申し訳ないのだけど、僕で良ければ相談にのるよ。人は少ないとは言え、ここは駅前でそういう話をするなら場所を変えた方がいいと思う」


 僕の言葉に2人がはっとなり辺りを見渡す。そして幾人かの注目を集めていた事に気づき顔を下に向ける。


 「一応僕で解決できるかは分からないけど、お金の絡む話だよね。とりあえずゆっくり話せる所、そうだなここから少し離れるけど僕の家に行こう」


 「家に連れ込んで私達に何かするつもりなのね。この変態」


 「小春、あなた何て事を」


 「雪さん大丈夫。えっと、小春ちゃんだっけ。別に2人に何かしたりしないから。だから僕を信じて付いてきて欲しい」


 「誰が名前を呼んでいいって言った。勝手に名前で呼ばないで」


 どうやら僕に名前を呼ばれた事に、ご立腹の様だ。

僕は雪さんの方に視線を向ける。今の僕の顔はきっと情けなく見えるだろうがこの事態を解決出来るのは雪さんしか居ないだろう。


 「小春、いい加減にしなさい。優君ごめんなさい、この子も色々あって神経がすり減ってしまっているの」


 そう言って申し訳なさそうに僕を見上げる彼女。僕が欲しいのは謝罪ではなく、付いてくるという言質なんだが、なかなかうまく事が運べない。


 キュルルルル〜


 そんな時突然誰かのお腹の音が鳴った。僕ではないので、雪さんか小春ちゃんのどちらかだろう。

二人を見やれば、小春ちゃんが俯いて下を向いていた。暗くて分かりにくいが手を握り締めている様にも見える。

これは僕が泥を被るしかないだろうな。


 「ごめん、真面目な話をしているのに。立ち話してたらお腹が空いてきたみたいだ。時間も時間だし食事をしながら話そう。2人ともとりあえず何もしないから付いてきて」


 僕はそう言って、2人の返事を聞かずに歩き出す。

小春ちゃんは雪さんに説得されている様だが、その場から一歩も動かないままだ。

後ろを気にしながら歩くスピードをわざとゆっくりにして様子を伺っていると、ようやく2人も歩き出した。


  その様子を確認すると、僕は前を向いて何食わぬ顔でゆっくりと駅に向かうのだった。

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