やる気の理由はお弁当
雪さん達が来て、もうすぐ2ヶ月が経つ。この夏は二人ともかなり親密になれたと思う。
小春ちゃんは僕が言った通り新しく出来た友達を家に呼んでいた。雪さんの料理が好評で、『私と遊びたいんじゃなく料理が食べたいんだけなんだ・・・』と落ち込む小春ちゃんを宥めるのが大変だった。
前に比べて、二人とも頼ってきてくれる様になったので僕としても認めてもらえた様で嬉しかった。
小春ちゃんが僕の休みの日に友達の家に行く機会もあり、雪さんと二人で出かける事が何度かあった。
三人だと普通に接する事が出来るのに、二人になると急に口数が減る雪さん。
最初は嫌われてしまったのだろうか?と思って心配になったのだが、心なしか歩く時の距離は近かった様に思えた。
おそらく何か理由があるのかもしれないが、深く詮索するのはやめておいた。
今日から新学期が始まる。リビングに向かうと今日もテーブルには朝食が既に準備されていた。
「おはよう、優君!小春がまだ起きてないの。今洗い物してるから良かったら起こしてきてもらってもいいかな?」
「僕が部屋に入るのはまずくないかな?」
「そんな事ないわ。優君なら寝込みを襲ったりしないでしょ?大丈夫だからお願いできる?」
流石に仲良くなってきたとは言え、僕が年頃の女の子の部屋に入るのは抵抗があった。
別に疚しい気持ちがあるわけではないし、雪さんの負担を軽減させる為だと自分に言い聞かせ、小春ちゃんの部屋のドアをノックした。
「小春ちゃん、今日から学園が始まるから早く起きて」
結局、僕は彼女の事を名前で呼ぶ事になった。
僕が何度も言い間違えるのを見かねた彼女が最終的に折れたという何とも情けない理由ではあるが・・・。
まずは外から声をかけてみたのだが、暫く待っても中から音は聞こえてこない。
僕はノックと共にもう一度声をかけるが、やはり反応はない。
仕方なくドアを開けて中を覗くと小春ちゃんはまだベッドの中だった。
軽く揺すりながら声をかけるが一向に起きる様子はない。
「小春ちゃん、いい加減に起きないと遅刻するよ」
そう言って僕が顔を近づけたタイミングで、彼女の目が薄っすらと開き始めた。
僕を視界に捉えて暫くぼーっと見ていた彼女だが、意識がはっきりするや悲鳴をあげた。
「なんで!?何で優さんがいるの!?」
彼女はそれだけ言うとタオルケットを頭から被り身を隠してしまった。
そして何やらブツブツと独り言を呟いている。
とりあえず任務を遂行出来たし、いつまでもここに居ては小春ちゃんも支度が出来ないだろう。
何か違和感を感じたけど、とりあえず彼女に一声かけてリビングに戻っていった。
「雪さん、小春ちゃん起こしてきた。多分もう少ししたら来ると思う」
「優君、ありがとね。準備も出来てるから先にいただきましょうか」
「「いただきます」」
二人で先に朝食を食べ始める。テーブルの上には先日買ったマグカップが並んでいる。
これを見る度、ニヤけてしまいそうになるのを必死に抑えるのが僕の朝の日課になりつつある。
「おはようございます」
朝の挨拶と共に支度を終えた小春ちゃんが席に着く。
「小春、今日から新学期なんだからちゃんと朝は起きないとダメよ。明日からも起きてこない様ならまた優君に起こしに行ってもらうからね」
「何で瓜生先生に頼むのよ!?お母さんが起こしに来てくれたらいいじゃない」
「私も朝は忙しいの。寝顔見られて恥ずかしがるぐらいならちゃんと起きて来なさい」
「む〜」
そう言って口を尖らせる小春ちゃん。最近の彼女は肩の力が抜けたのか、年相応な態度になってきている気がする。
そんな二人のやり取りを微笑ましく見ながら、食事を終えた僕は学園に一足先に向かったのだった。
「おはようございます」
僕が早く出勤しても、ここにいる教師はもう誰も驚かなくなっていた。
今では僕もモチベーションの高い教師の一員と学園から見られているのかもしれないなと思わず苦笑が漏れる。
「瓜生先生、少し宜しいですか?」
僕が席に着くと益田先生が声をかけてきた。何かあっただろうか?
「益田先生おはようございます。もちろん大丈夫ですが、何かありましたでしょうか?」
「そう身構えなくても大丈夫ですよ」
そう言って苦笑いを浮かべる益田先生。
「例年通り、今学期も教育実習の受け入れを行う事になってます。実習生の担当をしていただく予定だった大山先生が実は体調を崩してしまい暫くお休みになるとの事で、その代わりを瓜生先生にお願い出来ないかと思いまして」
教育実習は学園の好意で行なっていて、毎年多くの卒業生を受け入れている。
今までは極力携わらない様にしていたが、小春ちゃんを受け入れてもらった恩もある手前、今回断るのは難しいだろう。
「分かりました。それでは今年は僕も担当させていただきますね」
「そうですか!ありがとうございます。瓜生先生もご存知の卒業生ですから気楽にやってくださいね」
どうやら僕が授業を担当していた生徒らしい。誰なのか少しは気になったが、それ以上は追求しなかった。
それだけ言うと、益田先生は去っていた。
「瓜生先生もついにやる気を出してきましたね。お弁当を作ってくれる誰かさんのおかげですかね」
隣で話を聞いていた桐崎先生がそう言って笑いながら茶化してきた。
「そうかもしれませんね」
僕がそう答えると、彼女の笑い声は止まり何やら顔が引き攣ってしまっていた。
僕はそんな彼女の様子を気にする事もなく、新学期に向けての準備を始めるのだった。
これより2学期が始まります。とりあえずシリアスの比率が高いかもしれないなと思っておりますがどうなります事やら……。糖分足りない感じで申し訳ございません。
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