マグカップ
買い物もひと段落して、時計を見ればお昼には少し早い時間だった。
「少し早いけど先にお昼にしよう」
小春ちゃんが了承したのを確認して、僕は事前に調べた店を目指して進む。
正直な話、肉体的にも精神的にも疲弊していたので早く休憩したかった。
洋服を少し強引に買った僕に対する意趣返しなのだろうか。
雪さんから一緒に見て欲しいとお願いされ次に向かった先はランジェリーショップだった。
流石にここだけは無理だと頑なに拒絶したのだが、雪さんは頬を膨らませ抗議の声を上げ続けた。
結局小春ちゃんが説得して、渋々二人だけで店内に入って行った雪さんだが、店を出て以降ずっとご機嫌斜めだった。
後ろを付いてきている二人を肩越しに見る。全く、どっちが親なんだか・・・。
小春ちゃんに手を引かれ歩く雪さんを見て思わず苦笑が漏れる。
暫く歩いて目的の店に辿り着いた。まだお昼には少し早い時間にも関わらず、既に外で並んでいる人達がいた。
だけど、この様子なら少し待てば入れるだろうと判断した僕達は列の最後尾に並んだ。
予想通り10分程が経った頃、店内に案内される。
「ビュッフェスタイルだから、好きな物を取ってきていいよ」
僕がそう促すと二人は思い思いに料理を選んでテーブルに戻ってきた。
荷物番をしていた僕も入れ替わりで料理を取りに行く。
先に食べててと声をかけて席を立ったが、どうせ待っているのだろう。
僕は急いで料理を選び席に戻ると案の定二人は僕を待っていた。
「「「いただきます」」」
食事を始める頃には、先程まで膨れていたはずの雪さんの姿はなかった。
嬉しそうに料理を頬張る彼女を見ていると、こっちの方が幸せになる。
女性に人気の店との前評判通り、女性の比率が高い。
店選びが成功した事にホッとしつつ、僕は午後の予定を確認する。
「午後はどうしようか?」
「必要な物は午前中に買えたから、午後は優君に付き合うよ。どこか行きたいところはない?」
質問に質問で返された。あまりやってはいけない事だと注意したいところでもあるが、あえて我慢する。
「僕は二人が行きたい所でいいよ」
あまり考えた事がなかったが、どうやら僕は意地悪らしい。
雪さんの困った反応が見たくてついそんな返しをしてしまう。
案の定、雪さんの眉尻を下がった。思わず笑ってしまいそうになるのを何とか抑え込む。
そして名案を思いついたとばかりに小春ちゃんに視線を移す雪さん。
「そうだ小春、どこか見たいところはないの?」
どうやら丸投げしたらしい。満足気に小春ちゃんからの返事を待つ彼女だが、そう上手く事は運ばない。
「お母さんの行きたいところでいいよ」
食事に夢中だった小春ちゃんはそれだけ返すと、席を立ち料理を取りに行った。
呆然とした顔で去りゆく娘を見ている雪さんだったが、何を思ったか席を立ち料理の並べられた場所に向かって歩き始める。
少しすると、彼女は満面の笑みで料理の入った皿を抱え戻ってきた。
どうやら考える事を放棄して食事に走ったらしい。
まぁ、時間はたっぷりあるのだから今は食事を楽しもう。
食事を終え、先程中途半端だった午後の予定について再度確認を取った。
二人とも特に見たいところはないとの事だったので、店に来る途中にあった雑貨屋を覗く事にした。
店内には可愛らしい小物がたくさんあった。家で使っている食器類は飾り気のないものが大半だった。
雪さんの美味しい料理とは不釣り合いなので、これを機に食器を買い直そう。
そう思った僕は早速雪さんにその旨を伝える。彼女は僕の提案を聞くや否や嬉しそうに食器を選び始める。
隣にいる小春ちゃんと時折相談しながら選んでいると二人の視線が一箇所で止まった。
その視線の先を追うと、そこにあったのは珍しい3個セットのマグカップだった。
絵柄がお父さん猫・お母さん猫・子猫になっていて値札には展示品処分と書いてある。
隣にいる夫婦もそれに気づいた様子で、何やら相談している様に見えた。
僕は何も言わずそのマグカップの入った箱を手に取り買い物かごに入れる。
二人と会うまでの僕なら、もしどんなに欲しかったとしてもきっと譲っていただろう。
最近の自分は一体どうしたのだろうか?自分でも理解出来ない行動を度々している。
そんな事を考えながら、僕は先程の夫婦に心の中で謝罪をするのだった。
その後も何軒か店を覗き、最後に夕食のおかずを買って帰宅した。
雪さんの手料理が食べられないのは寂しいが、今日ぐらいは楽をさせてあげたいという判断だ。
二人は帰宅すると、改めて僕に礼を言った。
「「優君(瓜生先生)、今日はありがとう(ございました)」」
「どういたしまして。二人が喜んでくれた様で良かったよ。でもこれからは必要な物は自分達でちゃんと買いに行ってね」
そう言って僕は自室に戻る。リビングからは今日買った荷物を整理している二人の声が聞こえる。
その声は弾んでいて、二人が今日という日を楽しんでくれたのが伝わってきた。
僕にとっても今日は本当に楽しい一日だった。
こうして二人と出かける事が出来るなら、この似合わない格好をするぐらい大したことではないのかもしれない。
そんな心境の変化があったのを、彼女達はきっと気づいていないだろうと思うと自然と笑いが込み上げてきたのだった。
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