二人の好みのタイプ
「う〜ん、こんな感じかな。優君どうかな?」
目を輝かせながらそう尋ねてくる雪さん。
だが僕は、鏡に映る自分の姿を見て顔を顰めてしまった。
これは、どうなんだろうか?もはや考えるまでもないだろう。
金髪ロン毛に色付きサングラス、確かにこれならもし知り合いに偶然会ったとしても気付かれないだろう。
「・・・・・」
「もし知り合いに会ってもバレない格好を絶対条件として考えたんだけど、やっぱりこういうのは好きじゃないよね・・・」
そう言ってしんみりする雪さん。好きか嫌いかで聞かれたら嫌いと答えたいのが本音ではあるが、流石に目の前の彼女に対してそのまま伝えるのは酷な話だろう。
「こ、こういう格好ってした事がないから驚いただけで、い、嫌とかではないですよりこういう格好に憧れた時期もあったから、悪くないかな・・・。それに自分で言うのもなんだけど、結構似合ってるんじゃない?」
「そうなの!私も優君にすっごく似合ってると思って!良かった〜、優君が気に入ってくれて」
雪さん、こんな感じの男が好みのタイプだったのか・・・。
似合ってると言われた事もショックだったが、雪さんの好みが僕とかけ離れ過ぎていて二重のショックを受けてしまった。
「でもほら、小春ちゃんとも一緒に出かけるわけだから。もう少し大人しい感じにした方が良いと思うんだよね」
この格好のまま外出する勇気が出なかった僕は、小春ちゃんをダシに必死の抵抗を試みる。
「小春も気にしないと思うけどな。本人に聞いてみましょうか。小春〜、ちょっと来て〜」
雪さんの呼びかけに小春ちゃんが部屋から出てきた。
僕のこの格好を見たら小春ちゃんならきっと一緒に説得してくれるだろう。
ところがここで予想外の出来事が起きてしまう。
僕と目が合うと、彼女は目を見開き何故かモジモジし始めた。
頬が薄っすらと赤く染まってチラチラと視線を送ってくる彼女を見て僕は絶望し、そして再認識した。ああ、やっぱり母娘なんだと・・・。
僕達が出かけたのは、最近出来たばかりの大型ショッピングモールだ。
ここはリーズナブルなブランドから高級ブランドまで出店しているらしく連日盛況とテレビで前にやっていた。
実際に来たのは初めてだったが、確かに人が多い。
二人が先行して僕が少し後ろを付いていく。
どのお店に入ろうか悩んでいる様で忙しなく辺りを見回していた。
そして一件の店の前で二人が一瞬足を止めたものの何事もなかった様に素通りする。
その店の前を通る際に店内を覗いてみた。
僕には女性の服の良し悪しは分からないが、この店が高級ブランドとまでは言わないもののそれなりの値段の店である事だけは理解できた。
「はぁ、また遠慮して・・・」
思わず独り言が漏れてしまった。
「ちょっと待って」
足早に二人を追いかけた僕は、そう言って二人の肩を掴む。
突然肩を掴まれた二人がビクッと驚く姿を見て少し罪悪感が湧いたが、本題を切り出す。
「二人とも待って。さっき通った店の服が二人に似合うかな?って思ったんだけど。時間もあるから少しだけ覗いてみない?」
二人は突然肩を掴まれた事を咎める事もなく僕の提案に了承してくれた。
僕は先程の店の前で止まると二人が揃って声を上げる。
「「えっ!?このお店・・・」」
「ん?あんまり好きじゃないかな?僕はこの店に置いてる感じの服が二人に似合うと思ったけど、好みじゃなかったかい?」
「そ、そうね。このお店の服は多分私達には似合わないと思う」
そう言って目を泳がせる雪さん。本当に分かりやすい性格をしている。隣の小春ちゃんもチラチラと店内を見ている。
「そんな事言わずにせっかくだから。店員さんが二人に似合う服も持ってきてくれるかもしれない」
そう言って僕は二人の返事を待たずに店内に入る。
後ろを見やり二人が店内に入ってきたのも確認したところで店員さんに声をかける。
「すいません、あそこにいる二人に似合う服を見繕っていただけませんか?二人の好みを聞いてもらって、店員さんのオススメとかもあったらそういうのも勧めてもらえたら助かります。値段は気にしなくて大丈夫ですので」
僕がそう伝えると、その店員さんは笑顔で二人の元に向かっていく。
やんわりと接客をお断りする雪さん。僕がアイコンタクトを送ると覚悟を決めた表情で店員さんはしつこく食い下がってくれた。
あまりの勢いに陥落した雪さんを見た他の店員さんが、『次はお前だ』とばかりに小春ちゃんに近づいて行く。
これぐらい強引にしないと、あの二人はきっと何も買わずに店を出ていただろう。
そう納得した僕は、店内で買い物を楽しんでいる他のお客さんの邪魔にならない様に端の方に移動した。
店内に男性は僕だけだったので妙に視線を感じたが、会計もあるので僕は甘んじてその好奇の視線に耐える事にした。
時計を見れば店に来てから30分以上経過しただろうか。そろそろかと思い店内を見渡すと、何故か試着室の周りに人だかりが出来ていた。
「お客様、お連れの方のお洋服選びも大体決まりました。お二人ともどうやらお値段を気にしているらしく、私共のお勧めさせていただく商品は値札を見てがっかりされてました」
そう言って苦笑する店員さん。
「二人が気に入ってるの分かりますか?」
「それはもちろん把握しております。お二人とも顔に出やすかったので」
今度は僕が苦笑してしまった。
「では、僕もあっちに行きます。ご面倒おかけして申し訳ないのですが、二人の気に入った洋服をオススメしていただけませんか?」
「かしこまりました」
そう言ってニヤッと笑う店員さん。綺麗な女性が、悪代官みたいな笑いを浮かべるのを見ると何とも言えない気持ちになる。
「二人とも気に入った洋服は見つかった?」
「優君、あの・・・。ちょっとこのお店の服は私達にはまだ早いと言うか・・・」
そう僕にだけ聞こえる様に小声で話す雪さん。まだ早いってそれならいつなら良いのだろうか。
取ってつけた言い訳につい笑ってしまいそうになる。
「これだけ時間をかけて何も買わないというのは店員さんにも悪いからさ。せっかくだから何か買わせてもらおう」
そう言って雪さんを説得する。雪さんと小春ちゃんが選んだのは確かにこのお店の品物の中では比較的買いやすい値段だった。
「すいません。こちらの商品をお願いできますか?」
僕がそう伝えると、打ち合わせと違ったせいで呆気に取られてしまう店員さん。
そこは自然に対応してプロ根性を見せて欲しかったと内心思いながら、素知らぬふりをする。
「かしこまりました。お会計はあちらになります」
僕の祈りが通じたのか、どうやらすぐに立て直してくれたらしい。
「あの、少し待ってください。あまり何度も買いに来れないから、もう少し買っておきたいので店員さんのオススメの品があったらそれもお願い出来ませんか?」
僕の脈絡のないお願いに戸惑う二人と、そんな二人を見てニヤッと笑う店員さん。
「お客様?一つだけ確認させていただきたいのですが、本当に私共のオススメで宜しいのですか?」
「ええ、お任せします。そして、もし良いのがあるのなら多めに欲しいです」
二人が気に入ってたのは出し惜しみなく教えて欲しいと、暗に伝える。
店員さんはその意味を正しく理解してくれたらしく、それなりの数を用意してくれた。
「お買い上げありがとうございました、またのご来店心よりお待ちしております」
僕の両手にぶら下がっている紙袋を見て、唖然とする二人。
これで少しは僕の恐ろしさを理解してくれただろうか。
僕の名誉の為に言うが、別にチャラチャラした格好をさせられた仕返しとかでは断じてないはずだ。
二人の為を思ってやった事だと、僕は自分にそう言い聞かせた。
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