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夏休みの予定

期末試験も無事に終わり、先生方は採点に明け暮れる日々を送っている。僕も当然ながらその内の一人だ。

生徒達はテストの返却が終われば夏休みという名のひと時の自由が手に入る事からも浮き足立っている。


僕の受け持つ授業の生徒に追試験対象者は幸いにも居なかった。

この学園でも他校と同じように夏期講習を行なっているのだが、一年生の参加率はそこまで高いと言えない。

補習は7月末まであるので追試験対象者は夏休みが減った様な錯覚に陥るらしい。


「瓜生先生、先生の受け持つクラスはどうでしたか?」


そう言って声をかけてきたのは、僕の隣の席の桐崎先生だった。

桐崎先生も僕と同じ普通科を受け持つ先生で、まだ歳も若い事もあって男子生徒にとても人気らしい。


「僕の受け持つクラスには対象になる生徒は居ませんでした。桐崎先生の方はいかがでしたか?」


「私の方は一人だけ居ましたね」


対象者を出してしまった責任を感じてだろうか?桐崎先生の表情は暗かった。


「そんなに悲観しなくていいと思いますよ。桐崎先生の特別授業が受けられるのであれば、案外その生徒も落胆してないかもしれませんよ」


「え・・・?」


僕としては、少しでも気が楽になればと思い言葉をかけたつもりが、どうやら言葉のチョイスを誤ってしまったらしい。


「冗談が過ぎました。失言でしたね、すいませんでした」


「あ、いえいえ。そうじゃないんです。瓜生先生もそんな冗談言うんだなって驚いてしまっただけなんです」


そう言われて思い返してみれば、確かに桐崎先生にこの手の冗談を言った事はなかった。


「最近の瓜生先生は見た目が爽やかになって、雰囲気も柔らかくなったと生徒も騒いでいましたが、何か良い事でもありましたか?」


周りの先生方の視線が一気に僕に向いた気もするが、それは流石に自意識過剰だろう。

僕は心の中で苦笑しながら、桐崎先生の質問にどう答えるか考え始める。


「もう会えないと思っていた昔馴染みが、近くに越してきまして」


「そうだったのですね。もしかして瓜生先生が最近お弁当を持参するようになったのは、その人に作ってもらってたりして・・・」


「・・・・・・」


僕は咄嗟とっさに切り返す事が出来ず、つい黙ってしまった。

どうやら桐崎先生は、それを無言の肯定と受け取ったらしい。


「ご、ごめんなさい。悪気はなかったのですが、少し詮索し過ぎてしまいました」


「いえいえ、謝っていただく様な事は何も起きてませんからお気になさらず」


彼女が俯いてしまっているので、どんな表情を浮かべているのかは分からない。

少しだけ気まずい感じになってしまったが、僕達はそこで会話を止めて再び仕事に取りかかった。




今日やるべき事もあらかた片付いたので帰ろうと時計を見れば、いつもと同じ様な時間になっていた。


「お疲れ様でした、お先に失礼します」


残っていた先生方に一声かけて僕は学園を出た。


帰りの道中で考えていたのは、雪さんと小春ちゃんについてだった。

新しい環境に慣れる事を優先していた事もあり、二人は身の回りの物を最初に買いに行ったきりだったはずだ。


今時の若者は夏休みをどの様に過ごすのだろうか。友達と遊びに行くだろうから、夏服も必要だろう。

雪さんだって、見た目があれだけ若いのだからお洒落もしたいだろう。

二人とも僕に遠慮してそういう話は一切しないが、帰宅したらその辺の事を聞いてみよう。

僕は足早に帰路についた。



「ただいま」


リビングからパタパタと音を立てて雪さんが出てきた。


「優君お帰りなさい」


いつものように雪さんが出迎えてくれた。

思わず顔がニヤけてしまいそうになるが悟られない様、一生懸命取り繕う。


リビングに入ると、カレーの匂いが立ち込めていた。


「今日はカレーなんだね」


「ええ、そうなの。隠し味にフルーツを入れたから少し甘く感じるかもしれないけど大丈夫かな?」


「自分じゃそういうのは作れないから嬉しいよ。早く食べたいから手を洗ってくる」


僕はそう言って洗面所に手を洗いに行く。

キッチンに立つ雪さんが何やら嬉しそうにしていた様に見えたのは僕の見間違いかもしれない。


「小春、優君帰ってきたからご飯にするわよ」


戻ってきたら、母娘で仲良く夕食の準備をしていた。


「何か手伝える事はあるかい?」


「先生は座って待ってて。もう終わるから」


僕の問いに答えたのは小春ちゃんだった。その言葉通りあっという間に支度も終わった。


「「「いただきます」」」


まだひと月も経っていないのだが、僕にとってはこの三人で取る夕食が一番心安らぐ時間になっていた。


「二人に質問があるんだけど・・・」


突然そう切り出した僕の顔を不思議そうに見る二人。


「小春ちゃん、そろそろ夏休みに入るけど友達と遊びに行く機会も増えるよね?」


「ええっと、一応クラスメイトから何件かお誘いがきてます」


その返答を聞き、僕は無言で頷く。


「それじゃ次は雪さんに質問。最初に言っておくけど嘘は絶対ダメだからね?二人がここに来た時、あまり荷物がなったけど、小春ちゃんは夏休みを過ごす時に着る服は足りてる?」


僕の質問にすぐに答えない雪さん。なんと答えていいか一生懸命考えてる様子に不謹慎にも笑いが込み上げてくる。


「無言もダメって言っておけば良かったね。雪さん今のでよく分かったから答えなくて大丈夫だよ」


そう伝えると益々困り顔になる彼女。この人は本当に僕より年上なのだろうか。見た目だけじゃなく何気ない所作からも年下と錯覚してしまう。


「小春ちゃんの終業式が終わったら二人で夏物の服や靴、他にも必要なものがあれば買ってきて」


そう言って前と同じ様に封筒を雪さんに差し出す。


「だめよ、優君。食費から学費までお世話になっているのにこれ以上は・・・」


そう言ってこちらに封筒を押し返す雪さん。隣で無言で頷く小春ちゃんの姿が視界に入る。

今回はどうやら受け取ってくれないらしい。


この展開を少しは予想していたものの、対応策は全く考えていなかった。


「僕が二人と一緒に行けると良かったんだけど、流石に二人と出かける訳にもいかないしな。うーん、変装でもしたらバレないかな・・・。まぁ、そんな訳ないよね」


何気なしに言っただけなのだが、目の前の二人は何やら黙り込んでしまった。


「お母さん?」


「多分大丈夫だと思うわ」


二人が何やら通じ合っているが、僕にはさっぱり理解できない。


「優君、ウィッグや小物はあるから変装は任せて。一緒にお出かけしましょう」


雪さんは目を輝かせながらそんな予想外の返事をしてきた。

僕の何気ない一言で夏休みの予定が一つ増えた様だ。

買い物を渋っていた二人が笑顔で何やら話している光景を見て、喜んでくれているのだから良しとしようと心の中で思っていた。

読んでくださってありがとうございます。ブクマ・感想・評価、とても励みになっております。誤字脱字報告ありがとうございます、本当に助かっております。皆様、これからもどうぞ宜しくお願い致します。


次回の話は、夏休みのショッピングを予定しております。

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