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5話 蔑みと羨望

 電車に揺られながら、自宅の最寄り駅へ向かう。

 改めて思う。顔が変わるだけでこれほどまでに人生は変わるのだ。

 僕は今までの人生で、人を遠ざけてきた。なぜなら、他人はすべて敵だったからだ。

 憐みの視線を向けて来る人、僕を見た瞬間の不快な表情、悪意を持ってショー的に僕を、傷つけ、蔑み、笑う集団、そして、それを見つめるだけの傍観者たち…。

 それらすべてが嫌いだった。

 今は、どうだ?

 街を歩けば、皆が振り返り、称賛の声を送る。

 歩く。

 電車に乗る。

 服を選ぶ。

 食事をする。

 顔を合わせる。

 僕のすべての行動に今の顔は意味を与えてくれる。

 

 楽しい。何をしていても楽しい。羨望のまなざしを受けるたびにそう思う。なのになぜだろう。楽しいと思うたびに言いようのない虚しさに包まれるのも事実だ。


「今日は疲れたな…」


 真っ白な世界にいた。目の前には靄がかかっている。何やら、人影のようなものが見える。3人いる。

 健司と、真衣さん、そしてリンダだ。

 みんなが、僕に笑いかける。そして、楽し気に話しかける。みんな楽しそうだ。何を言っているかわからないが、僕も気分が高揚している。

 みんなの目線が変わった。先程まで、向けられていた暖かな目線ではない。表情もこわばってきた。この目線はよく知っている。

 これは、蔑みの目だ。

 手鏡で自分の顔を見てみる。先程までの整った顔とは、程遠い顔が映っていた。その顔は、僕が18年間連れ添った顔だった。

 みんなが、僕に背を向け歩き出す。僕は、必死で追いかけた。それなのに、どんどん遠くに離れていく。

 待ってくれ。行かないでくれ。僕は叫んだ。何度も何度も…。

 一人が振り返る。真衣さんだ。僕をにらみつけた。何か言っている。耳を澄ませた。


『嘘つき…』


「あああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

「きゃっ!大丈夫ですか?」


 どうやら、寝てしまっていたようだ。


「すみません ちょっと嫌な夢を見てしまって…」

「大丈夫?」


 聞き覚えのある声だ。誰だったか。隣に座っている人の顔を見てみる。


「あっ… 木下さん」


 木下里香だ。僕が、高校の時の思い人がそこにいた。


『はぁ?もしかして、私に告白してんの?キモ!鏡見なよ』


 彼女の顔を見た瞬間、過去言われた言葉が頭の中でこだました。


「やっと、気づいたか 流星爆睡してるんだもん 久しぶりだね 元気してた?」

「う、うん… まあ…」

「なーに緊張してんのよ! もしかして、大学生になって可愛くなったって思ってるでしょう?」


 彼女は、自分でいうだけあって高校時代よりもきれいになっている。髪色も明るくなっていて、毛先にもウェーブがかかっている。確かにきれいだ。

 それなのに、僕は、過去の記憶が邪魔して、彼女と話すことができない。木下さんが僕にこんな好意的な態度で接してくれたことなんかないに…。

 僕はいつの間にか固まっていた。


「私を振ったこと後悔してるでしょ?なんなら、やり直し効くけどどうする?」


 彼女は冗談交じりに言った。その瞬間、僕の頭に、見知らぬ記憶が流れ込んできた。確かに、僕が、彼女を振っている。偽の記憶に困惑して、さらに、僕は固まってしまった。


「もう!ちゃんと突っ込んでよ!私がバカみたいじゃない!」

「ごめん」

「謝らなくていいよ!流星東大行ったんだよね?本当にすごいなぁ まさに完璧超人だね」

「そんなことないよ… 勉強だけだよ」

「その嫌味むかつく!まあ、私も東京の大学通ってるし、また暇なときおしえてね 速攻で予定空けるし」


 「またね!」木下さんが、電車を降りる。

 過去の記憶が塗り替えられた。それでも、何一つ満足できない。料理の写真を見たところで、腹は膨れない。当たり前だ。誰も知らなくても、気づかなくても、僕だけはわかってる。

 自分のウソを…。

 結局変わったのは、見た目だけだった。


 失意の中、駅から家までの道を肩を落としながら歩く。


「流星君!」


 真衣さんの声だ。電車の中で見た夢を思い出す。


「なんかの帰り?」

「うん 友達と会ってて 真衣さんは?」

「今からバイトだからさ 駅に向かってるとこ」

「へー!なんのバイト?」

「うーん、飲食店 お酒とかしかないけど そういえば、本どうだった?」

「読んだよ やっぱり、あんま理解できなかったけど」

「それは、残念だ」


 真衣さんがはにかむ。この笑顔は、僕の本当の姿を見ても向けられるのだろうか。たまらなく、聞きたくなった。


「真衣さん!変な質問していいかな?」

「ん?」

「魔法にかけられてイケメンになった人がいたとして、その人と真衣さんが仲良くなったとする」

「うんうん」

「でもあるとき、その人の魔法が解けて、元の不細工な人に戻っても、真衣さんは仲良くできる?今までのように」

「できるよ」


 即答だった。でも、まあ、そう答えるに決まってるよな…。


「だって、見た目で損するのって第一印象だけでしょう?仲良くなってからだったら、もう関係なくない?まあ、実際にその状況にならないと分からないけどね」


 この人と話していると落ち着く。その理由が今日分かった。真剣に僕を見てくれる。同じ立場になってくれる。

 そういうことか。蔑みの目も、羨望の目も一緒なんだ。

 蔑みも、羨望も距離を置くということなんだ…。

 でも、この人には、それがない。

 この人は、この人だけは、僕と話してくれているのだ。僕を見ていてくれるのだ。


「あ!もう、こんな時間!流星君!私、もう行くね!!」


「またね!」


 また、真衣さんは僕に微笑んでくれた。


 僕は、この人が好きだ。


 僕は、本当の意味で好きな人を初めて見つけた…。



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