4話 ファッションセンス
「いや~、ごちそうさん!やっぱり、肉はステーキが一番うまいよな。」
リンダは満足そうな表情をしている。2人分で、6200円の出費。今日、服を買うのは、あきらめた方がよさそうだ。
「悪いね。初対面なのに奢ってもらっちゃって。」
いや、半ば強制的に奢らせただろうが。
「流星って、何やってる人?」
「大学生だよ。今年、入学したばっかだけど。」
「へー。俺もだぜ。大学どこよ?」
「東京大学だよ。リンダは?」
さあ、僕をたたえるのだ!ステーキを奢らせた罪は僕をたたえることで償うのだ。
「まじか、一緒じゃん!俺も東大だぜ。」
嘘だ。こんな目立つやつがいたら、噂になっているはず。
「嘘だろ? だって、見たことないし…。」
「本当だって。まあ、まだ登校したことないけどさ。」
「登校したことない?もうすぐ、5月だぜ?何してたんだよ。今まで。」
「女ん家回ってた。紐だからさ。俺。」
一つ分かったことがある。僕は、リンダが嫌いだ。
「はぁ。そうですか。そんなことやってて履修は大丈夫なんですかね。」
「なに怒ってんだよ。履修ってなに?」
「はぁ?時間割のことだろうが。大学は、自分で、時間割組めるんだよ。」
「まじか!?すげーな。じゃあ、体育とかにしよ。」
何言ってんだこいつ…。てか、こいつもしかして…。
「あのさ。」
「ん?」
「履修まだ組んでないの?」
「まだ組んでない。」
そのまさかだった。
「言いづらいんだけどさ。」
「ん?なに?」
「履修の締め切り終わってるよ。先週までだったし。」
「え?」
結局、大学に問い合わせたところ、履修の申し込みが認められた。もっとも、科目の制限はあるのだが…。
「いやあ、焦ったわ。ありがとな。問い合わせてくれて。」
「なんか知らないけど僕も焦ったよ。入学式も出てないんだろ?」
「そだね。前日遊びすぎちゃって、寝過ごしたんだ。」
「変わってるね。」
「なんで?」
「うちの大学受かったやつなんて、嬉々として入学式出るのに。たぶん、出るなって言われても出ると思うぜ。全員。」
「まあ、興味ないからね。 東大に。」
東大に興味ない。全国の東大受験者を全員的に回すような発言だ。
「興味ないなら、なんで、東大なんか受験したんだよ。他にも大学はあるだろ?」
「んー、自分の学力に合った大学探したんだよ。そしたら、たまたまそれが東大だったんだ。」
嫌味じゃなく、本心からそう言っている。必死に勉強して、勉強だけにすべてを費やして東大に入学を決めた僕を全否定するような言葉だった。
腹の底から熱がこみあげてくる。
「すごいな。俺なんか、必死に勉強して入ったっていうのに…。目的もなく、東大に入る奴なんて他にいないよ。」
「いや、目的合って入る奴の方がすごいさ。流星はどんな目的が有ったんだ?」
答えなんて決まっている。
「東大に入ったら幸せになれるからだよ。」
ずっと自分に言い聞かせてきたことだ。
「くはっ!なんだよそれ!流星やっぱ、おもしれーわ。」
「なんで笑うんだよ!?」
「いや、笑うだろ!それだけ?」
「……ため。」
「ん?」
「女にモテるためだよ!!」
僕がそう言ったとたんにリンダが笑い転げた。
「くははっ!ほんとにおもしれー。その顔で、そんなこと言うかよ!?意味わかんねー。」
「いや、それは、昔思ったことで、今と違うってゆーか。」
そうだった。今の僕は、俳優もジャニーズも顔負けのイケメンな顔をしている。
自分が、イケメンである。その事実に慣れていない自分がいる。
「俺はさ。大学に入ってしかできないことなんて無いと思ってる。それを、確かめるために大学に入った。あえて、理由をつけるならこんな感じかな。」
リンダは僕とは違う。僕は、自信がなかった。自分を表に出す自信がなかった。だから、バックボーンにしたくて、看板が欲しくて、僕は、東大を目指した。
リンダは、すべてを持っている。自信がある。僕は、そのすべてが羨ましかった。
「流星。この後、用事あんの?」
「いや、今日はなんもないよ。ほんとは服買いに来たんだけど。お金なかったから、あきらめたんだ。」
「え?わりい。俺がステーキ奢らせたからか。ほんとにすまん!」
「違うよ。自分で服選ぶの初めてでさ。大学入ったから、おしゃれしようと思ったんだけどさ。想像より高いのな。服って。だから、お金たまったら買おうと思ってさ。」
「そーなんか。じゃあ、服あげよっか俺ので良かったら。1回くらいしか着てない服もあるし。」
「え?悪いよ。今日初めて会ったばっかりなのに。」
「じゃあ、これから、仲良くしてくれればいいだけだろ?いろいろ世話になったしお礼させてくれよ。」
僕は、リンダの申し入れに甘えさせてもらうことにした。二人で、リンダの部屋があるタワーマンションに向かった。
「すげぇ!このマンション何階まであるんだよ…。」
「24階だよ。俺の部屋は10階だけど。」
「お前ん家もしかして金持ち?」
「まあね。じゃあ、いこっか。」
リンダとエレベーターに乗り、部屋に上がる。
「お邪魔しまーす。あれ?」
部屋は、思ったより殺風景だった。2LDKの部屋なのだが、何種類かのグラスと酒瓶があるのだが、冷蔵庫もテレビも電子レンジもない。あるのは、ベッドと黒いラグ、そしてガラスのテーブルだけだった。
「殺風景だな。部屋。」
「自炊もしないしな。こっちだよ。」
扉を開けると、6畳ほどの部屋があった。そこには、服しか置いていなかった。
「まあ、好きな服選んでくれよ。この部屋の服は、ほとんど着てないやつだから、好きなだけ持って行ってくれ。」
まじか。とりあえず、一式だけ試着させてもらおう。
チェックのシャツがある。赤と黒か。うん。悪くない。
ネクタイって、つけた方がいいのかな?紫と紺のストライプのネクタイか。いいね。
フランス国旗の色のチェックの短パンか。チェックは流行ってるらしいしな。
ブーツか!いいね。ハイカットのブーツにしよ。スニーカーよりかっこいいよね。
かっこいい帽子だ。ハットって言うのか。黒がいいな。
ちょっと肌寒いかも。アロハシャツを羽織ってみよう。
この、丸いサングラスもいい。芸能人みたいだ。
完璧だ。
「リンダ、この服もらっていいかな?」
「それで、帰るの?」
「うん!さすがに、こんなにもらうのは図々しいよね。」
「いや、あげるのはいいんだけど。え?」
「ん?」
「…。」
憐みの目を向けたリンダが、僕に、その服を脱ぐように促した後に、ジャケット3着に、Tシャツや、シャツ。スキニーや、ジーンズなどを何着か、そして、スニーカーとローファーを袋に詰めてくれた。黒や紺、白やベージュが多かった。
「とりあえず、この中から、組み合わせれば、大きくこけることはないから。」
どういうことだろうか。僕には、さっぱりわからなかった。
「とりあえず、土曜日だし遊びにいこっか。あ、この服着てよ。」
リンダに言われるがままに、服を着た。地味な服だな。
まあ、もらえるんだから、何をもらっても嬉しい。
新宿辺りで飲みに行くことになった。その道中にリンダが言った。
「イケメンでも、ダサすぎるとダメなんだな。」
リンダが言ったその言葉は何を指すのかわからなかった。