3話 渋谷とリンダ
「服でも買いに行こうかな。」
今日は土曜日。大学は休みだが、習慣化しているので午前7時に目が覚めた。目覚めたときは本当にドキドキだった。朝起きたら、元の顔に戻っているかもしれない。そんな不安があったからだ。
起きて、すぐ鏡を確認した。
「良かった…。夢じゃなかったんだ。」
だが、見た目がイケメンになったことで、問題も発生した。それは、体に合うサイズの服が無いのだ。それもそうだ。身長は20センチ以上伸びて、体重は、20キロも減ったのだ。今まで、履いていたジーンズは七分になり、Tシャツは無駄に幅が広い。パンツなんて伸びたものしかない。何より一番の問題がある。
「寒い。」
そう、4月の末は寒いのだ。今までは、半そでとダウンジャケットしか持っていなかった。
「長袖?何それおいしいの?」
この体になって新たな発見をしたのだ。4月はまだ肌寒い。いやあ、勉強になった。
そんなこんなで服を買いに行くことに決めた。
「服を買うんだから渋谷に行こう。」
お母さんも言っていた。服は渋谷で買っておけば間違いないと。まあ、お母さんは、上京したことないのだが…。予算の3万を握りしめ、渋谷に向かった。
「ねぇ、あの人かっこよくない?」
「ほんとだ~。めっちゃかっこいい。」
電車の向かい側に座っている女の子たちが、僕のルックスを褒めちぎっている。ルックスを褒められてもあまりうれしくない。なぜなら、このルックスは元々持っていたものではない。言うならば、貰い物だ。皆さんも想像してみてほしい。僕の気持ちを例えるなら、
「ねぇ。あの人の服かっこよくない!」
「うん!服だけはかっこいい。でも…。」
ね?嬉しくないでしょ?
つまりは、そういうことだ。豚野郎時代の時は、見た目を褒められたかったが、見た目が良くなると、それでは、満足しないのだ。人は欲深い生き物だ。
「しかもおしゃれだよね。ゆったりとしたTシャツ!」
伸びてるだけだよ。
「七分のジーンズもいいよね!」
うん。寸足らずのジーンズな。
「この季節にあえてビーサンはいてるのもいいよね!」
靴のサイズが合わなくなったから履いてるだけね。
「かっこよくて、おしゃれだよね。あんな彼氏欲しい。」
え?目腐ってんの?
どうやら、この見た目だと、何でも肯定されるらしい。本当にイケメンって得だよな。
とりあえず、渋谷に着いた。見た目相応の服を買おうと思い。おしゃれそうな店に入った。
「とりあえず、マネキン買いしよう。」
そう思い、店の中を徘徊する。まあ、前着ていた服は、トータルコーデで1万くらいだったから、2セット服を買って、靴を1足買おう。マネキンの着ていたTシャツを探してみる。
「は?2万?」
戦慄した。Tシャツだけで、2万だと!?
「そちらの商品は昨日入ったばかりの、夏物になります。これからの季節にぴったりですよ。」
店員さんが話しかけてきた。
「夏物ですか…。あの、春物ってありますか?」
「春物ですか?申し訳ありません。現在、ほとんど春物は、おいてないんです。あ、でもそちらの商品はオールシーズン対応していますよ。」
なぜ春物を置かない?今は、4月はまだ春でしょうが!しかも、オールシーズン?夏物って言ったよね?これからにぴったりって言ったよね?しかも、値段おかしいでしょ!焼肉5回行ける値段ですよ?タンに、ハラミにカルビ。このTシャツにお肉の5倍の満足感があるんですか??
どうやら、僕におしゃれは、まだ早かったらしい。店を出よう。値段を見ただけで頭が痛くなってくる。
「おい!てめぇ、何ぶつかってきてんだよ!?」
ガラの悪い三人組だ。ぼーっとしていたら、ぶつかってしまったらしい。
「すみません。まだ、この体になれてなくて…。」
「は?この体?何言ってんだてめぇ!ちょっと闇来い!」
東京こえぇーーーー!!!渋谷こえぇーーーー!!!おらとんでもないとこにきちまっただぁーーーー!!!
「すみません。気を付けるんで。」
「何ガンつけてんの?」
「つけてないです。ほんとにごめんなさい。」
「あ?誠意見せろや。」
言葉が通じない…。
「あんたら、そういうのやめてくれない?なんつーか不愉快。」
声の方を見てみると、僕と同じくらいの身長の男が立っていた。髪色はシルバーで単発。体は色黒の筋肉質。いわゆるEXILE系のイケメンだ。
「んだよ?てめぇ!なめてんのか?こっちは、3人いるんだぞ。」
ガラの悪い男の一人が、銀髪の胸倉を掴む。
「ぐおっ!」
銀髪の男の膝がガラの悪い男がねじ込まれる。気が付けば、ガラの悪い男は倒れこんでいた。
「このシャツ気にいってるんだわ。残り、2人になったけどどうする?」
ガラの悪い男のもう一人が銀髪に殴りかかった。だが、その刹那、銀髪の左拳が男の鼻を穿つ。人からこれほどまでに血が出るものか。アスファルトが赤色で染まった。残る一人は、怖気づいてしまって動けないでいる。
「おい!そこのイケメン君!」
「え?」
僕は自分を指さしながら、銀髪の方を見た。
「当たり前だろ!逃げるぞ!」
僕は、言われるがままに、銀髪と一緒に逃げた。しばらく走った。
「ここらへんでいいかな。あんたなんて言うの?」
「え?」
「名前だよ。名前。俺は、リンダ。」
「あ、流星…。」
「そか、てか、流星危なかったな。お前、イケメンでいい体してんのに、弱いのか?喧嘩始まると思って見に行ったのに、カツアゲされかけてんだもん。ビビったわ。」
「あ、ありがとう。でも、血…。」
「血?」
「あの人、めっちゃ血が出てた。大丈夫なの。」
「ん?あー、たぶん折れただろうな。鼻。」
折れた?大惨事じゃないか。
「僕、ちょっと見てきてみるよ。」
「は?お前からカツアゲしようとした相手の心配してんのかよ。ほっとけよ。からんだあいつらが悪い。」
「そうかもしれない。でも、それでも暴力はよくないよ。」
「なんだよ?それ俺に言ってんの?」
リンダの目が吊り上がる。
「とりあえず、行ってくるよ。助けてくれてありがとう!」
「勝手にしろよ!」
僕は、走った。リンダの言うことは正しい。リンダが、来なかったら僕は、お金を取られていただろう。でも、それとは関係ないのだ。ケガした彼のことは心配なのだ。偽善かもしれない。わかってる。でも、走らずにはいられなかった。
「おい!流星!」
背中からリンダの声が聞こえる。
「どうしても行くのか?」
「ごめん!行くよ。」
「馬鹿じゃねーの?」
「じゃあね。ありがとう。」
もう一度、走り出した。
「おい!」
また、リンダが声をかけてきた。
「俺も行く!お前ひとりじゃ、またカツアゲされるのが落ちだしな。」
そのあと、二人で現場に向かった。三人組はまだいた。救急車を呼んだ。その三人組は、職員に、なぜけがをしたか聞かれていた。
「けんかだよ。この二人が俺らを見つけてくれて、救急車を呼んでくれたんだ。」
三人組の鼻が折れた男がそう言ってくれたので、僕らはすぐに開放された。リンダが真摯に謝ったのが効いたのかもしれない。まあ、半ば脅しているようにも見えたが…。
「お前変わったやつだな。てか、馬鹿だな。」
「うるせーよ。仕方ないだろ。暴力と無縁の人生だったんだから。」
「見た目は強そうなのにな。」
「うるせ!」
「ははっ!でも、面白いやつだな。改めてよろしくな!流星!」
この体になって、はじめて中身を見てくれた人に出会えた気がした。案外いいやつなのかもしれない。
「でも、勘弁しろよ。警察のお世話になるとこだったよ。」
「それに関しては、本当に申し訳ない。」
「ほんとの悪いと思ってんのかよ?」
「ああ、思ってるよ。」
「助けたの迷惑だったか?」
「とんでもない!助かったよ。」
「感謝してるか?」
「ああ、してるしてる。」
案外、恩着せがましいな。
「じゃあ、昼飯奢ってくれ!」
「へ?」
「ステーキな!」
リンダは、にっこり笑いながら言った。前言撤回。こいつ、からんできたやつらと変わらない。むしろたちが悪い。
「ステーキで誠意を見せてもらおうか。」
「カツアゲかよ!まあ、いいけど…。」
「へへっ!サンキュー!流星太っ腹!」
これが、僕とリンダの出会いだ。この出会いが、僕の人生を変えることになる。