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2話 イケメンと呼ばれて

「お前って、マジでイケメンだよな。羨ましーぜ。」

 こいつは、僕に『名前負けしている』と言ってきた男である。腹は立ったが事実であるから仕方ない。僕自身何度親を恨んだことか…。

 この男が褒めるということは、よっぽどかっこいいのだろう。興味本位で視線の先をたどる。

「誰もいないな。」


「いや、お前だよ!なんだよ流星。ギャグのつもりかよ。つまんねー。」

「ん?何言ってんの?」


 新手の嫌みだな…。顔でもむくんでいるのかもしれないと思い、スマホで自分の顔を確認してみることにした。顔でもむくんでいるのか?


「え?ほんとにイケメンだ…。」

「うぜー。」


 思い出した!今日から僕はイケメンなのだ。通販で怪しげな石を購入した(もっとも、間違えて購入したのだが…。)気が付けば、金髪豚野郎と呼ばれていた低身長のブ男である僕が、金髪の似合うハーフ系高身長イケメンになっていた。

 その効果はすごいものだった。外を歩けば、年齢を問わず女性が振り返ってくる。大学に行けば、女の子たちが口々に僕のことを騒ぎ立てる。


「え?なに?めっちゃイケメン。」

「モデルさんかな?」

「超かっこいい!」

「話しかけようかな…。」


 だが、変身する前も、女の子たちに騒ぎ立てられていた。


「え?何?めっちゃ不細工。」

「本当に人間?」

「超キモイ!」

「話しかけないで!!」


 もっとも、内容は、雲泥の差ではあるが…。


 その日は、先程、話しかけられた健司に連れられて、他大との合コンに誘われた。健司はよく誘ってくれる。まあ、いじるためになのだが…。

 それでも、今まで、およそ友達と呼べるような人はいなかったので、集まりに呼んでもらえるだけでもうれしいのだ。


「どうも!金髪豚野郎こと流星です!」

「なにそれ~!ウケる。」

「いや、俺の大学入ってからのあだ名だよ!」

「絶対うそ!金髪しか合ってないじゃん~。」


 ウケた。今まで、健司が僕を他己紹介するために使っていたフレーズを言ってみただけなのだが…。


「てか、流星って言うんだ? 名前もかっこいいんだね。」

「名前だけな。」

「謙遜しすぎでしょー!」


 なぜ、こんなに話題が続く?出オチじゃない。まぎれもなく、僕自身に興味が注がれている。

 顔が変わるだけでかくも変わるものなのか…。

 正直、嬉しさよりも不思議さが勝っていた。そして何より、以前の自分が惨めに感じられた。


 結局、その会は僕にとって、はじめての楽しい合コンだった。だが、なぜか。表立った楽しさに反して、心は少しも踊らなかった。何か、言いようのない空虚さを感じたのだ。

 その後、みんなで、二次会に行くことになったのだが、僕は遠慮した。まだ、自分が変わったことに気持ちの整理がついていないからだ。

 合コン会場の近くの電車に乗り、自宅の最寄り駅で降りた。少し小腹が減ったので、駅の近くのコンビニに立ち寄った。おにぎりとお茶を買い、店を出た。そういえば、女の店員がずっと顔を見てきたな。どうもこの見た目は目立ちすぎるな。まあ、前も別の意味で目立っていたのだが。


「きゃっ!!」


 女の人にぶつかってしまったらしい。女の人のカバンからポーチと本が道に落ちたので、拾い上げた。その本は、夏目漱石の『夢十夜』だった。


「すみません。まだ、目線になれていないもので…。」

「?いえ、こちらこそ、前見てなくて…。あ、ありがとうございます。」


 本と、ポーチを手渡した。顔を見た。可愛い女の人だ。特別美人なわけではない。そうなのだが、柔らかい感じというか、おっとりしているというか、内面の可愛さが外に漏れだしている…。そんな感じの人であった。


「漱石好きなんですね?」

 

 思わず、話しかけてしまった。


「え?あ、はい。好きです。特に夢十夜が。もしかして、漱石好きなんですか?」


 「好きです。」にドキッとした。もちろん、僕に言われたわけではないのだが…。


「いえ、一度読んだことあるくらいで…。どっちかというと坊ちゃん派です。夢十夜はなんか、よくわからないんで…。」

「あ、そうなんですか。坊ちゃんもいいですけど夢十夜も面白いんですよ。まあ、私も、何度も読んでるのに、分からないことだらけなんですけど…。」

「いやあ、最初の一夜から、意味わかんないですよ。なんで、真珠貝で土掘らせるの?きついじゃん!スコップ貸して!って思いますもん。」

「ふふふっ!スコップですか。確かにそうですよね。」


 かわいい笑い方だな…。思わず、見とれてしまった。


「でも、そういう、理論的でないところが好きなんです。ほら!夢ってそうじゃないですか?起きてから、考えてみると、理解できないことを当然のように感じてしまったり、一部の色や、モノだけやたらに印象に残ったり…。起きていながら、夢を見ているような、そんな感覚を感じられるで私は好きです。」

「へー。なるほど!なんか、目からウロコですわ。また読んでみようかな。」

「読んでみてください!あ、これ良かったらどうぞ!」

「え?」

「お貸しします。迷惑でなければ…。」

「いや、でも、どこの誰とも知らない人に借りれませんよ。」

「東京大学の1年生の人ですよね?有名ですよ。黒木場流星くん。私の友達がかっこいいって騒いでいました。」

 

どうも僕は、最初から、今の見た目であったかのようになっているようだ。そこが不安だったのだが、なんと便利なのだろう。あれで、1万9,800円。いい買い物をした。


「なるほど!てことは、東京大学の方ですか?」

「はい、2年生です。小野寺真衣って言います。よかったら、覚えておいてください。」

「はい!てか、敬語やめてください。年上なんですから。じゃあ、連絡先教えてもらってもいいですか?」

「え?」

「いや、迷惑でしたら…。いや、あの、本お借りしたいんで、返す時に連絡先知ってる方が楽だなって…。あ、だめなら大丈夫です。」

「あ、ちがうの。いや、私の友達が連絡先聞いて断られたって言ってたので…。交換するの嫌な人かと思ってて…。」


 え?俺ってどういうキャラなの…。やっぱり、高い買い物だったかもしれない。


「ふるふるで、交換しましょっか。いいですか?」

「あ、はい!てか、敬語やめてくださいよ。」

「ごめんね。つい…。じゃあ、流星君も敬語やめてくれる?なんか、私、敬語使われると私も使っちゃうから。」

「わかりました!じゃあ僕もタメ口で話します。」

「敬語使ってるじゃないですか!」

「真衣さんだって。」


 結局その日は、真衣さんに本を借りて、家にかえった。家に帰るのを待てずに、真衣さんにメールした。


『今日は、ありがとう。本読み終わったら連絡します。』


 すると、数分後に返信が届いた。


『いえいえ。ゆっくりでいいからね~。おやすみなさい~。』


 高揚した。こんな気持ちをいまだかつて味わったことはない。女の子とサシであんなに長い時間話したことも。女の子と連絡先を交換したのも。女の子から何かを借りたのも。すべてが僕にとって初めての経験だった。


「うおぉーーーーーーーーっっ!!!!!!!」


 僕の叫び声が7畳一間の部屋にこだました。


 『夢十夜』を読んでみる。なるほど、確かに起きていながら夢を見ているような感じであった。

 もしかしたら、今日起こった出来事も、僕の見ている夢ではないか。


「まあ、そうだったらそれでもいいか。」


 願わくば、夢でありませんように。そう考えつつ眠った。 





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