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ユキノシタ (天然のエノキ茸)


 庭先にはまだ雪が残っているけれど、日差しはだいぶ春めいてきた。


 土曜の午後の太陽はのんびりと暖かくて、やわらかい南の風が湿った土の匂いを運んでくる。

 雪が解け、日当たりの良い庭先では「福寿草」が黄色い花を咲かせている。「福」とか「寿」とか、縁起の良い花なんだよと、雪姉ぇが言う。

 グーグルが頭に実装されてるんじゃないかしらというくらい、マメ知識が豊富で一緒にいると楽しい。

 

 上手く言えないけれど、無味乾燥な世界に、意味と色を与えてくれる……みたいな。


「だいぶ今日は暖かいな」


 大きく息をすいこんで、雪姉ぇが軍手で額を拭う。


「だねー」


 ダウンジャケットを軽く羽織って、前のジッパーを開けても平気。つい先月までは、命の危機さえ感じるほどの猛吹雪や、極寒の日々だったのが嘘みたい。


 私は雪姉ぇと、家の周りの後片付け、冬終いをしていた。

 必要の無くなった雪かき用のスノースコップを小屋に仕舞ったり、雪で折れた木の枝を拾って集めたり。木の雪囲いをはずしたりと結構やることがある。


 雪姉ぇと一緒に暮らすこの平屋建ての古民家の周囲を、私はようやく、ぐるっと一周歩いた事に気がついた。


 道路から続く小道の通る南側の庭は、花壇や畑、バラなどの花の咲く木が植えてある。

 それでも車なら十台ぐらいは停まれそうなほどの広さがある。

 西側には庭木が数本、東側には背の低い木が沢山植えてある。高さは私の胸ぐらいまでの、こんもりとした木々が何種類も。

 北側は雪が残る裏山へと通じていて、薪を切る場所や、物置小屋があったりする。


「これはブルーベリーの木。それがラズベリー、そっちが確かハスカップ……だったかな。そっちはマルベリーとかな」

「いろんな果物の木? ぜんぶ食べれらるやつ?」

「もちろんさ。ジャムにしたりジュースにしたり。ま、楽しみは夏頃かな」


 西側の低木を眺めながら、雪姉ぇが微笑む。


「うふふ……そうですか」


 食べれる果物。これは楽しみだわ。


 聞いたことのある果物もあれば、聞いたことの無いものもある。どれも先代のおばあちゃんが好きで植えていたものらしい。


 ありがとうおばあちゃん。夏がとっても楽しみになりました!


 西側に回ると大きな木が二本並んで立っている。柿の木と栗の木だと教えてくれた。干し柿は食べたから納得だけど、栗もあるなんて最高かよ。


 それと、少し離れた場所にはヨレヨレの木のオブジェみたいなものがあった。木の枝や棒を組み合わせて針金で結びつけた、スカスカの立方体みたいなもの。


「……なにこれ、近代美術的な何か?」


「違ぇよ。ブドウとキウイの棚だよ」

「あー! このグネグネした蔓が……?」

「そうだよ、ブドウとかキウイとかな。これも食べきれないんだよな。ま、出荷すればいいけどさ」


 雪姉ぇがポニーテールに結わえた髪を縛り直しながら言う。


「出荷って、売るの?」


「そだよ『道の駅』で店長やってる知り合いに頼んでな。あ、確定申告しなくていいぐらいの雑収入だからな、言うんじゃないぞ」

「はぁ?」


 難しいお金の話はわからないけれど、食べきれないほど採れるみたい。


 こうしてみると広大な敷地に驚く。けれどこのあたりでは「普通」らしい。


 都会育ちな私にはちょっと驚く感覚だけど、周囲を見回すと家と家の境界線もよくわからない。ちゃんと敷地の境はあるのだろうけれど、田んぼと畑や小川が間にあって、それぞれの家々は離れ小島みたいな感じになっているからだ。


 でも夏香(なつか)ちゃんと一緒に登校していくと、普通に家が立ち並んでいる地区も多い。つまり雪姉ぇと暮らす、このあたりに昔ながらの古民家が残っているのだろう。


 だんだんと自分が迷い込んだ異世界を知っていく、みたいな気分になる。


「おっ……! 良いもの見つけた」


「えっ、なになに?」


 北側の裏庭に行ったとき、雪姉ぇが何かを覗き込んで歓声をあげた。前かがみになって、何か倒木を見ている。

 裏山との境界のつもりなのか、大きくて太い木が何本か地面に倒れていた。半分落ち葉に埋まっているところを見ると、1年ぐらいは放置されたみたいな、朽ちた大木だった。


 私は駆け寄って、雪姉ぇの背中に腕を回すように覆いかぶさっては後から覗き込んだ。


「ハル、これ、見てみ」

「何?」


 そこには「キノコ」が生えていた。


「え? ……キノコ? なんで?」


 私はちょっと混乱した。

 今は春。キノコは秋に生えるものじゃないのかしら?


 キツネ色の傘は、まるで大きめのナメコみたい。直径は2、3センチで()の長さも4センチ程度。表面が少し滑った感じがする。


「これは、エノキだな」


「エノキっ!? って、あのスキヤキに入れるヤツ?」

「そうだよ。でもこれは天然物のエノキタケだ。形色も全然違うけどな」


「違うも何も、嘘でしょ? 全然ちがう子じゃん……」


 俄には信じられなかった。けれど一つ摘んで採って、くんくんと雪姉ぇが嗅いで納得したようにうなずく。そして「ほれ」と私にもキノコを一本差し出した。


 恐る恐る匂いを嗅いでみると、


「くんくん、確かに……同じような?」


 エノキタケ特有の、いやもっと濃く強い香りがした。


「エノキは『ウィンターマッシュルーム』って呼ばれててな。晩秋から冬にかけて育つんだ。もちろん一番多いのは秋だけどな。まぁ、このあたりだと『ユキノシタ』って呼ばれてたかな?」

「ウィンターよりも『ユキノシタ』が雰囲気あるね」


「同感だ。冬の間に雪の下で成長して、春になるとこうして一気に生えてきたりする。そうか……こんなところで会えるとは」

 雪姉ぇも感心しきりという顔で眺めている。


「色も形も濃いんだね、匂いも。売ってるのとは全然ちがうっていうか」


「そうだな。太陽の当たらない場所でモヤシみたいに大量生産されたものと、こうして真冬を生き抜いて太陽の光を浴びて生きてるやつ。同じなわけがないさ」


 何か神々しい存在を見つめるような、優しいまなざしで雪姉ぇは静かにキノコを見つめている。


「それ、わかる気がする……」


 たかがキノコ、されどキノコという感じで「生きている」という言葉が胸に響く。


 私なんて外にいたら死んじゃうかもなんて思った極寒の冬。あの季節をこの子らは耐え抜いて、こうして芽(?)を出しているのだと考えると、素直に凄いと思う。


 よく見ると、倒木には何本ものエノキが生えていた。数本寄り集まって傘を開き、あちこちからキツネ色の傘を開いている。

 大きさも色もバラバラだけど、みんなで春を喜んでいるみたいに見える。


 鍋物には欠かせない人工栽培のエノキは食べやすくて形も品質だって一定。いつもスーパーに並んでいて、皆に好かれるように形も色も綺麗に揃えられている。

 けれど厳しい自然の中で生きているものは、まるで違うものに育つんだ。


 もしかして、これは人間にも当てはまるのかもしれない。


 今まで何不自由なく、提供された環境のなかで暮らしてきた。

 綺麗で揃った栽培品か、天然の規格外かと問われたら、私は……どうなのだろう?


 私もスーパーのエノキさんと……同じ?


 少しだけ、そんなことを考える。


 気がつくと雪姉ぇは立ち上がり、私の頭をぽんぽんと優しく撫でていた。


「……キノコ、採らないの?」

「これはこのままにしておくよ」


 もしかして、必死に生きている命のことを考えたの? 

 雪姉ぇはやっぱり大人で、そして優しいんだ。


「生かしておけば来年、もっと生えるだろ? ……フフフ」

「そっちかい!」


<つづく>


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