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はるか食彩ノスタルジア ~隠れ里の美味しいものたち~  作者: たまり
~幕間~ ご当地探訪編①(西和賀町)
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ビス天 (ビスケットの天ぷら)

「たまには出かけよっか。温泉にでも」

「わ、行きたい、行きたいっ!」


 とある休日の昼下がり。

 私は雪姉ぇの素敵な提案に、諸手をあげて賛成した。


 外は雪が降り積もり一面の銀世界。いい加減この景色も見飽きてきたところ。春を待つ気持ちは日増しに強くなる。けれど北東北では、あと一ヶ月は厳しい寒さがつづくのだという。


 寒いからこそ熱い温泉に入りたいっ!

 日本は温泉が豊富ってのは、中学生の私だって知っている。

 全国何処に行っても「ご当地温泉」があるみたい。ここ岩手にも、温泉マニア垂涎(?)の秘湯があったりするらしい。いや、秘湯すぎて着替える場所が無く、クマとかサルとかが入っているってのも嫌だけど。


「ちょっと遠出しよう。今から西和賀(にしわが)湯田(ゆだ)のほうに行くよ」

「ユダって、どこ?」

「ググレば出てくるだろ? キリストとは関係ないぞ。湯田(ゆだ)ってのは、お湯の湯に田んぼの田って書く地名だよ」

 私は手元のスマホでピピッと検索。うん、なるほど。確かに「西和賀町の湯田」って場所がある。山奥でダム湖があって、温泉のマークも沢山出てくる。


「へぇ! 湯田(ゆだ)って名前からして温泉っぽいねぇ」

「だろ、ここから車で一時間半ぐらい。山を超えて西の果て。奥羽山脈沿いに在る町さ」

「結構遠くない? 今から電車……それとも車で行けるの?」


「ったりめぇだ。田舎じゃ車移動が基本だべ?」

「そうだよね」

 都会で暮らしていた時は、列車はすぐに来るし他の交通手段なんて考えたこともなかった。

 でも、ここでの暮らしではいつも車。地吹雪が酷い日は車で送ってくれたし、近所のイオンに買い物に行くときも車。

 移動は車、これ常識。

 公共交通機関が無いわけじゃないけれど、絶望的に運行数が少ない。一時間に一本しか来ない列車とか、半日に二回しか来ないバス亭が普通に存在する。


 だから基本は車移動。とにかく家の前に適当に駐めてある車に乗り込んで、発進。

 カギは時々つけっぱなしだし、ドアにカギもかけていなかったりする。

 ……盗まれないのかしら?


「ハルは、あっちに居た時は車で出かけたりしなかったの?」

「そうだね……あんまり、行かなかった」


 お父さんもお母さんもいつも忙しくて。ドライブなんてお盆やお正月ぐらいに行ったきり。あまり記憶がない。


「なら丁度いい、ちょっとドライブしようぜ!」

「うんっ!」


 と、いうわけで。


 雪姉ぇの運転する車の助手席から、私は流れてゆく窓の景色を眺めている。


 車種はよくわからないけれど、車高が少し高い車で、四輪駆動(?)とかなんとか。


「単なる生活四駆とは違うんだよ、これはAWD! オール・ホイール・コントロールッ! トラクションを四輪独立で制御しているから、雪道じゃ最強なんだよ! 安定感が違うだろ、な!?」

「あ、う、うん?」

 ハンドルを握る雪姉ぇが興奮しながら教えてくれたけれど、まったくもってよくわからない。トラのクッションって何? 右の耳から左の耳に抜けてゆく。


 それはそうと、外の景色は代わり映えしない。白と灰色の風景が続いている。


 山は深くて沢沿いに流れる渓流が、水墨画みたいに綺麗。

 遠くには重なり合う山肌に、枯れたような木々が並んでいる。

 民家も益々少なくて、どうやって暮らしてるの? と私が心配になるぐらい寂しい。それに人っ子ひとり歩いていない。


 それどころか雪はますます深くなり、道路脇の雪が車の屋根より高いくらいに積み上がっている。

 対向車のセダンの屋根がすっぽり隠れるぐらいの深さがあってビックリする。


「春を感じるどころか、更に真冬を感じるんだけど、大丈夫なのここ?」

「そりゃぁそうさ。県内でも屈指の豪雪地帯だからな! 雪国ナメんな」

「ナメちゃいないけど、見てるだけで寒いよ!?」


「あぁ、熱い温泉はいりてぇな!」

「う、うん」


 運転中の雪姉ぇは、目付きが鋭くオッサンみたいな口調になる。男前というか、普段から色気はないけれど、ますます「兄貴」っぽい。


 でも、なんと言えばいいのだろう。雪の中を突き進む頑丈そうな車と、オラオラな顔つきの雪姉ぇは、とっても頼りになる感じがして、冬のドライブでも全く不安を感じない。


 やがて『道の駅』という看板の建物で、車は停車。小休止となった。


 温泉はもうすぐらしいけれど、そろそろ夕方で小腹も空いちゃった。


 お土産屋さんに食堂があって、結構混んでいる。それにご当地名物や、いろんなものが売っており興味は尽きない。

 先日食べた「凍み大根」が、沢山ぶら下げて売られている。


 と、雪姉ぇが袋をぶらさげて戻ってきた。


「おやつだぞー。そこで座って食べてからいこうぜ」

「わぁ! やった。何それ?」


 パック入りの「おやき」みたいなものを取り出す雪姉ぇ。


「ビス天」


「はい?」


 な、なんじゃそりゃ?

 怪訝な顔の様子を察したのか、ニヤッとしながらもう一度言い直す雪姉ぇ。


「ビスケットの天ぷらだよ」

「ビスケット……天ぷら!?」


 今、なんて言った?


 ビスケットの天ぷら。ビスケットと天ぷらが頭のなかでまず結びつかない。


 聞き間違えだろうか。


「この辺だけで食べられている、ご当地のお菓子だよ。超B級スィーツかな? ビスケットを衣でくるんで揚げたやつで、美味ぇんだぞ」


「えっ、えぇぇ!? マジで?」


 見ると白っぽい衣は確かに天ぷらみたい、そして丸い。うっすらと茶色い何かが中に入っているのがわかる。


「いい反応だ。テレビでも紹介されたくらい珍しいんだよ」


 と何故か自慢げな雪姉ぇ。確かに、これは珍しいかも。

 私と雪姉ぇは、オープンスペースに設置してあるベンチに腰掛けた。木のテーブルが本物で立派。石油ストーブがゴウゴウと炎をあげている。


「本当にビスケット入ってるの?」

「そうだよ、食べてみな」


 やべぇ……西和賀のご当地スイーツはいきなり想定の外側からやってきた。


 食べてみると、衣の外側はサクサク、中はモチッとした食感。

 口の中には、最初に天ぷら特有の油と衣の風味、続いてビスケットの香りと甘さが、ふわっと広がった。


「な、なにぃ……!? って、でも美味しい!」


 不思議な食感に頭と舌が混乱している。

 ビスケットはしっとりとしていて柔らかい。食感が想定とは違う。天ぷらにしたことで中に水分が閉じ込められたんだろう。衣はサクサク中間はモチモチ。肝心のビスケットはしっとり……。

 うーん、なんだか凄い。


「もともと地元で食べられていたおやつだったらしいよ。食糧も不足していた時代は、ビスケットみたいな甘いものが貴重で……増やしたかったのかな。ビスケットの周りの衣は、米粉を混ぜてあって餅みたいな食感で独特だし、結構くせになる」


「私も好き! 確かにこれは、他じゃ売ってないよね」

「これぞご当地の醍醐味ってやつさ」


 雪姉ぇは油のついた指先をちろっと舐めると微笑んだ。その仕草がちょっとだけセクシーに思えた。


<つづく>


【作者よりのお知らせ】

 ご当地探訪編として今回は「岩手県の西和賀町」を訪れました。

 冬は雪深くて温泉の多い「隠れ里」みたいな雰囲気の町です。

 次回も続きます♪


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