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ゆきしたはくさい (雪下白菜)

 ◇


「今夜はすき焼きだぞ」


 雪姉ぇがダウンジャケットを羽織りながらいった。


「やったぁ!?」


 けれど外は相変わらずの雪景色。寒そうだし。出かけたくない。

 でも、今夜はすき焼きということは、買い物にいくのかな。あの山並みの向こう側、二つ先の町に存在するという伝説のショッピングセンター、「イオン」に。


「はは、ハルは素直でよろしい。子供はそうでなくっちゃ」

「子供じゃないです中1です!」

「毛の生えた小学生みたいなもんだろ」


「謝れ、全国の中学生にあやまれ!」

 思わず涙目になるわたし。ひどい。そんな子供扱いはひどい。


「すまん、言い過ぎた。ハルは今育ち盛りだもんな。たくさん食べさせてやるよ」

 私の胸に視線を向け哀れみの混じった笑みを浮かべる雪姉ぇ。どうせ雪姉ぇみたいに育ってませんよーだ。


「なんか勘違いしてるし!? ちがうのー! そうじゃなくて」

「情緒不安定だなー、よしよし」

「うー……」

 優しく頭をなでなでしてくれる雪姉ぇ。暖かくて優しい匂いがする。愛情に免じて、もやもやした気持ちは水に流す。


 何はともあれ――。

 多少の暴言には目をつぶり、雪姉ぇを拝みたい気分。だって今夜はすき焼き! 世の中のご多分に漏れず、私もすき焼きは大好きなのだから。


 柔らかい牛肉に、熱々の豆腐。煮込まれて汁を吸った白菜に、香りのいい春菊。ぐつぐつと音を立てる鍋からつまみ上げて、溶き卵にちょっと浸して食べる。

 口いっぱいに広がる濃厚な醤油の香りに、素材の旨味。


 おおぅ……! これぞ至高! 究極の美味。


 今日はもう食レポ番組でも飯テロでも「すき焼き」以外は要らないです、以上。


「盛り上がっているところすまんが、表にでろ」

「ひぃ!? 謝れっていったのは謝ります。ごめんなさい」


 思わず雪姉ぇに謝る私。さっきついノリで「全国の中学生に謝れ」っていったのを怒っているのかしら?

 元ヤンみたいな迫力の雪姉ぇに震え上がる私。


「何を言っているんだハルは? 外だよ外。表に出て『すき焼きの準備』をするんだよ」


「……ちょっと何言ってるかわかんないです」


「表で手伝えって意味だよ!」

「まさかこの雪の中、アウトドアで『すき焼き』するんじゃないですよね? あ、もしかして北国だからって、「かまくら」を作ってその中でたべるとか? ……あたり!?」


 冴えてる私。きっとそうだ。


「いいから来い」

「ひゃい!?」


 ◇


 気がつくとこの村に来てから1週間が過ぎていた。


 最初は雪と雪かきにさえ戸惑っていた私も大分慣れてきたと思う。


 冬休みはもうすぐ終わり、数日後には新学期――新しい中学での生活も始まる。

 きっと雪姉ぇは私を励まそうと、応援しようとしてくれているんだ。


「頑張って掘れ、そのへんだ」

「またこれなの!?」

「そう、キリキリ働かないと飯にありつけんぞ」


「やっぱり捕虜生活!?」


 私はアルミ製のスコップを手に、雪を掘っていた。

 

 空は青く晴れているけれど、風は肌をさすように冷たい。雪姉ぇが指し示す雪原――庭の畑だったあたりに、私は両手で持つ大きなスコップを突き刺して、雪を掘りおこしかき分ける。

 1メートル四方の範囲を、深さ50センチほど掘り起こし、膝まで隠れるぐらいの雪の穴ができた。掘り進んだところで、雪姉ぇに作業をバトンタッチする。


「よし、そこまで。あとは、慎重に掘るんだ。……こうやって」


 雪姉ぇは穴の中に身体を屈めると、手で雪をかき分けた。

 やがて、緑の塊が雪の中に見えてきた。


 淡い黄緑色のそれは、丸い野菜の頭だとわかった。


「あっ……白菜! 雪の下に埋まってたの!?」

「そう。雪が多い山間部では、こうして冬の間の保存用として、畑で育ててそのまま雪に埋もれたままにそておくのさ」


 両手で白菜を持ち上げると「ぼふっ」土から抜ける音がした。白い雪の上に根についていた黒い土が散った。

 それはとても大きな白菜だった。

 とはいっても表面はカチコチに凍りついて、半透明になっている。


「凍って腐ってるの?」

「いんや、大丈夫。外の葉を何枚か剥くと、中は大丈夫なんだよ。外の気温がマイナス10度でも、雪の中は零度前後ぐらいで一定だから。意外と暖かいんだぞ」


「雪の中が暖かいなんて意外」


「こういうのを『雪下白菜(ゆきしたはくさい)』と呼ぶんだ。収穫して埋めておいた野菜は、『雪中野菜(せっちゅうやさい)』なんて呼ばれるらしいぞ。まぁ市場には出せないな。あくまでも自分の家で食べるのさ」

「へぇ……!」


 いろいろと目からウロコな話だった。スーパーに行けばいつでも、どんな野菜でも買えるのに。昔から雪の多い地方ではこうして保存することもあるんだ。


 雪姉ぇは白菜の外の葉を剥いて、三分の二ほどになった白菜を私に手渡した。


 それは、ずしりと重くてひんやりと冷たかった。


「綺麗な白菜……。冬眠してたんだね」

「そうだな。甘みが濃縮されて、美味しい白菜になってるぞ。さぁ、家に入ってすき焼きを作ろう」

「うんっ!」


 ◇


 鍋の中ではグツグツ……と煮込まれた具材たちが湯気を立てている。

 

 部屋中に立ち込める美味そうな匂い。白いご飯も、溶き卵も、準備はオーケーだ。

 さっき収穫した『雪下白菜(ゆきしたはくさい)』は柔らかくなり、茶色く汁を吸い込んで食べごろだ。


「いっただきまぁああす!」

「しゃぁ! 食べるぞ!」


 私と雪姉ぇはすき焼きに襲いかかった。もう、お腹はペコペコ。外で穴掘りの強制労働のお陰で、何倍も温かいものが恋しい体になっている。


 すき焼肉としんなりした白菜を、冷たい溶き卵に浸して口運ぶ。


「んっ、まぁあああああい!」


 舌の上でとろけるくら柔らかくなった白菜と、野菜の自然な甘みが口の中を満たす。そして醤油とみりん、割り下の風味が牛肉のうまみをふわっと引き立たせている。

 もう、とっても幸せ、言うことなし。

 自分で収穫した白菜というのも格別だけれど、やっぱり肉が最高!


「もしかして雪姉ぇ。奮発していい肉を買って来たの?」


 例えば「前沢牛」とか、高級なブランドのお肉。だって、こんなに美味しいんだもん。

 

 雪姉ぇは大口を開けて肉を思い切り頬張ると、もしゅもしゅと噛み。そして缶ビールで流し込んだ。

 っぷはぁ! と宅飲み感全開だ。大人の女の人は皆、こうなのかしら。


「……あ? 肉はイオンで特売の米国産肩ロース、100グラム148円のだぞ?」

「マジッスか」

「でも美味いべぇ? 牛肉はやっぱ最高だぜ、USA! USA! ガハハ!」

「うん!」


 高級なお肉じゃなくても、味の染みた白菜とお肉の組み合わせはとっても美味でした。


<つづく>


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