きのこ(西和賀「きのこ祭り」探訪【前編】)
「わぁ……! 綺麗」
「ちょうど見頃だね」
車窓から見える山々は、鮮やかに色づいていた。
赤やオレンジ色、あるいは黄色に変化する美しいグラデーションを見せてくれるのは、紅葉や楓。
秋晴れの空の下、色づいた山々がつづら折りの道を進む。雪姉ぇも愛車のハンドルを握りながら渓流沿いの木々を眺めている。
「デモ映像みたいな色合いだよね!」
「家電量販店の店先でデモ映像流しているやつか」
「そう! それ」
「ははは、あれは京都の紅葉の名所なんかの映像だろ。ここは名所に比べればずいぶん地味だけど」
「でも十分に綺麗だよー」
「だね」
雪姉ぇが無糖の缶コーヒーを飲みながら笑う。
10月の半ばの土曜日、今日は雪姉ぇの運転する車でドライブです。
目指すは、山深い西和賀の湯田町。日帰り温泉と「秋祭り」をお目当てに、二人でちょっとしたデート気分。
以前は冬枯れて寂しい色合いだった山々も、今日はカラフルで素敵。雪姉ぇも楽しそうにハンドルを握っている。
二人で他愛もない会話をしながら、車に揺られること1時間。目的地の町が見えてきた。以前「ビスケットの天ぷら」を食べた山あいの町、湯田。けれど車は更に山の奥へと向かう。
20分ほど進むと、小さな温泉宿が何軒かあるだけの鄙びた温泉街についた。
「こんなところでお祭りやってるの?」
「秋の収穫祭みたいなのらしいけど」
「ふぅん?」
道端の看板には湯川温泉と書かれていた。
周囲にはお店も何も無くて、秘湯感はあるけれどちょっと寂しい。
お祭りと言っても山車やお囃子は無いだろうな。でも、こんな山あいの収穫祭ってどんなものかしら……。
「っと、ここだな」
「ここって体育館?」
そこは古い体育館、あるいは公民館のような場所だった。
雪姉ぇの4WD車は駐車場に入って停車。駐車場には沢山の車が停まっていて、思ったより大勢の人が歩いている。
体育館は小さくて古いけれど、紅白の幕で飾り付けられていて、周りには屋台らしきテントも見える。
二人で降りると祭りの看板が目についた。
『西和賀、きのこ祭り』
「き、きのこ祭り……?」
「途中にも看板出てたけど、見てなかった?」
「紅葉ばかり見ていたから」
「まぁ、面白そうだから見ていこうか」
「う、うん」
面白いかどうか、想像がつかない。
雪姉ぇの後ろをついて歩いてゆくと、体育館前の野外テントに人だかりができていた。
「んなっ?」
そこには――一面のキノコ、きのこ、茸。
見たことのないキノコや、色んな種類のキノコが並べられて売られていた。
小分けのトレイに載っているキノコは、どれも見たことのないものばかり。少なくとも椎茸やえのきではなさそう。
凄いけど、面白いのかちょっと不安半分、期待も半分。
「これ、ぜんぶキノコ……!?」
「キノコまつりって言うだけはあるなぁ、おっ!? すごい香茸……!」
そこはキノコの展示即売会の会場だった。
香茸と呼ばれたキノコは、見た目は真っ黒で、はじめて見た。魚みたいな臭いがしてびっくり。
「味付けご飯にすると最高だぞ」と雪姉ぇ。
「美味しい?」
「もちろん」
所狭しと並べられたキノコには、それぞれ値札がついていた。1トレイ500円のものもあれば、なんと1万円を超えるものまで、実に様々な種類が売られている。
屋台の店主おじさんやおばさんは、全部自分で「山どり」してきたものだと言っている。
その中でも一際お客さんの注目を集めているのは、ダンボール箱に入れられた巨大な舞茸だった。
「これ、マイタケ!? でっか!?」
「見事だなこりゃまた」
椎茸とエノキ、ナメコぐらいしか知らない私でも、思わず歓声を上げてしまう。
一抱えもありそうな大きな株は、スーパーで小売されているマイタケパックの100倍ぐらいはありそう。離れていても独特の香りが漂ってくる。
そういうサイズがいくつか売られている。
大きいもので値段は2万円。ただのキノコなのになんてお値段かと呆れていると、店の親父さんとおばさんが値段交渉をはじめていた。訛りがあって異国に迷いこんだみたいな気分になってきた。
「なんか、異国のバザールに来たみたい」
「キノコの国のハル」
「あはは、童話っぽい」
ナメコと説明書きがあるキノコでも、スーパーで売っているものとぜんぜん違う。野生のナメコが傘を開いた巨大さに驚いていると、雪姉ぇが「大根おろしと酢醤油で食べたい」と言って早速お買い上げ。
「500円だけど、高くない?」
「今買わないと、無くなっちゃうぞ。……おっ? あれはホンシメジか!」
買い物スイッチが入っちゃったみたい。天然のキノコにみんな目の色を変えている。キノコの魔法で財布の紐が弛むのかしら。
そんなこんなで、テント前の人混みを抜け出すころには、お買い上げ済みのキノコが入ったビニール袋が2つになっていた。
「ハル、体育館の中も見てみよう」
「何があるの?」
「メイン会場らしいよ。楽しいイベントが目白押し……だって」
手にはいつの間にか会場のパンフレットが。
テンション上昇中の雪姉ぇと体育館の中のお祭り会場へ突入。
壁一面に茸の写真やキノコのポスターが飾られている。会場内からは賑やかな気配と音楽、催し物のマイク越しの声が響いてくる。
入口付近には子どもたちの群がるブースがあった。そこは「金魚すくい」と同じ感じの出店が見えた。
「金魚すくい?」
「季節外れだけど……」
二人で覗き込むと、水の中には金魚ではなく、茶色い物体がプカプカ大量に浮いていた。
それは大量のナメコ。ヌルヌルのナメコが水面を埋め尽くすように大量に浮かんでいる。それを真剣にモナカの「ポイ」でナメコをすくっている。
『なめこすくい 一回100円』
「なめこすくい!?」
「きゃはは……!」
その光景に思わず爆笑。子供よりもむしろ大人が真剣にナメコをすくう様子が面白い。
私もやってみたいけれど、まずは会場内へ。
紅白の幕が壁一面に吊り下げられた中、特産品や、食べ物を売る屋台が沢山並んでいる。
「食べ物屋さんは建物の中だったんだね」
「あぁ『きのこ蕎麦』に『きのこおこわ』だって」
「食べ物もキノコなんだ……」
「何食べる?」
「待って、あれ何?」
とりあえず『きのこ蕎麦』を食べたいけれど、会場の一番目立つところにある展示物に目が向く。
それは山や森の環境を模したブースだった。樹や倒木、土や落ち葉は本物だ。その根元には沢山のキノコが。
「ジオラマ風にしてキノコを展示しているのか、すごいな!」
「面白いね」
色とりどりのキノコが自然な形で展示されていて、物知りガイドさんが説明をしている。
「赤いのがベニテングタケ、毒ですけど外国の童話の挿絵によく使われますね。色違いの地味なのがテングタケ、黄色いのがタマゴテングタケ。全部毒ですから気をつけて」
大勢の人がフムフムと話を聞いている。
「木に生えている立派な黄色いキノコが、オオワライタケ。美味しそうですがこれも毒です。それとツキヨタケは夜になると光るんですけど、毒です」
「毒ばっかり……」
「まぁ最初に毒キノコを覚えたほうが楽っていうからな」
「そうなんだ……って、これは?」
ブースの横には、「キノコクイズ」があった。5問の問題を解いて応募すると、厳正なる抽選の上、10名様に温泉の宿泊券が貰えるみたい。
「雪姉ぇ、答えて応募しようよ!」
「よし!」
第一問、展示物「ナンバー1」のキノコは食べられるでしょうか?
「ナンバー1……ってこれね」
ジオラマ風の展示の中に、立て札があり灰色のキノコの横に「ナンバー1」と表示があった。見ていくと「ナンバー5」まであるので、クイズは全部で5問というわけ。
ナンバー1のキノコは、傘が灰色で茎は白。普通にスーパーで売っている地味なシメジを、もっと大きくしたみたいな形。
「雪姉ぇ、わかる?」
「……ぬぬっ?」
いきなり難しい顔になる。隣を見ると、如何にも「キノコ採り名人」みたいな顔をしたおじさんがいて同じく首をひねっている。
「クラウラベニタケにも見えるが……ウラベニホテイシメジか?」
なんですって?
「これよ、ぱっと見、毒キノコのクサウラベニタケに思えっけど……」
「いんや食えるべ、ウラベニホテイシメジっぽくねぇ?」
「いやハケシメジじゃねぇか?」
おじさんたちが二人、三人と集まり議論を交わしている。どうやら雪姉ぇもわからないみたいで適当に「毒」と書き入れる。
いきなり1問目から超難問をぶつけてくるとは……。
温泉宿泊チケットを取らせる気ないわね。
と、場内にアナウンスが響いた。
『えー、只今から、ミスターキノココンテストを開催します!』
「え? キノコイケメンのコンテスト?」
「早押しのキノコ当てクイズとかやるみたいだぞ」
「どんだけキノコ押しなの!?」
<後編につづく>
★秋になると毎年開催される西和賀きのこ祭り。
キノコ好きなら行くと楽しいです。
作者、キノコだけで青春ラノベ書けるくらいキノコ好きです。
後編につづく……!




