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ハロウィンかぼちゃ(食べません)

 うろこ雲を散らした空の下、黄金色の稲穂の海が広がっている。


 遠くでは赤いコンバインがゆっくりと稲刈り中。

 いつもの学校からの帰り道。(こうべ)を垂れた稲穂の先で、赤とんぼが翅を休めている。


 暑い夏の次は大雨や台風と、いろいろな事があった。けれど今年も豊作です、とローカルテレビ局のニュースで言っていた事を思い出す。


 冬服に衣替えを済ませたけれど、天気がいい日はまだ制服が少し暑苦しい。夏香(なつか)ちゃんはまだ腕まくりをしている。


「いよいよ新米の季節だよね……」

「ハルちゃん、稲を見てご飯を思い浮かべるの図」

「もうー!」

 豊穣の秋を描いたような美しい風景を見て、頭にまず思い浮かぶのは「真っ白なごはん」のこと。早く新米が食べたい。


「だってこの稲が全部がご飯になるんだよね?」

「そりゃそうだけどさー」

 夏香(なつか)ちゃんがケラケラと笑いながら、道端で休んでいたイナゴをふわりと跳び超える。

 イナゴ怖い。だっていきなり跳ねて飛んでくるし。


「楽しみなんだから仕方ないでしょ」


 色気よりも食い気。まずはこの土地の美味しいものを食べ尽くしてから、将来のことを考えたい。最近はそう思うようになった。まぁ乙女としていいか悪いかは別として。


「ハルちゃんはこっちで新米を食べるのは初めてだもんね。きっとお店で買うのよりも新鮮でおいしいよ。マジで」

 横を歩いていた夏香(なつか)ちゃんが太鼓判を押す。

 稲刈りをしてすぐに農協に売るお米とは別に、農家では自宅で食べる分を確保するのだとか。

 それは天日干しをして甘みを増した特別に美味しいお米。雪姉ぇも知り合いの農家から内緒で少しだけ分けてもらうと言っていた。


「そうだよね! 楽しみー」

「食べても太らないハルちゃんが羨ましいわ」


「そんなことないよー。増えたよ、かなり」

「そうなの?」

「そうだよー」

 と脇腹をつまんで見せる。


 でも実は大丈夫、これは成長。太ったわけじゃないから。

 身長の伸びと体重の増加をノートに書き出して計算し、比率を(適当に)考えて理由をつけてハルカ式体重管理表の増加予想範囲を想定。今の体重は逸脱していない。

 うん、まだ大丈夫。

 謎の計算式を眺めて納得している今日このごろ。


「稲穂一本で、ご飯茶碗でどれぐらいになるのかな」

「すごい質問だね!? 稲がご飯に見えるのねハルちゃん……」


 思わずつぶやいた私に、飢えた子を見るような視線を向ける夏香(なつか)ちゃん。


「あっ、てかその、学問的に? そう思っただけだよっ」

「うーん。たしか一本で八十粒。で、だいたい一株でご飯茶碗一杯ぐらいだったはず」

「へぇ!」


 と、小さな手のひらの人差し指と親指で輪を作る。


 新米を楽しみに歩いていると、無人の野菜販売所の前に差し掛かった。

 手作りの屋根付きのバス停みたいな建物で、中には木の棚が二段。

 棚の上には曲がった大根や、形の悪いニンジン、ちょっと傷のついたリンゴが売られていた。たいていはどれも100円の値札がついている。

 近所の農家の人が、規格外の野菜や庭で採れた果物など、市場に出せないものを格安で販売しているのだとか。


 パイプ椅子が置かれているけれど、お店の人は誰も居ない。手作りの「ミニ鳥居」の前に「代金箱」と書かれた金属の箱があるだけのシステム。

 なんというか、性善説と良心にまかせた売り方は外国の人が見て驚くらしいけれど、盗まれないかと心配になる。


 と、下側の棚に大きなオレンジ色のカボチャが3つ置いてあるのが見えた。


「あ、あれって……ハロウィンかぼちゃ!?」

「そうだねー。オレンジ色で可愛いよね」


 普通のかぼちゃとは明らかに違う形。スイカぐらいの大きさで皮はオレンジ色。

 ハロウィンの風物詩、ジャック・オー・ランタンというカボチャのお化けを彫る時に使うカボチャだった。


「……欲しい!」

「え? 食べられないよ、あれ」


 と夏香(なつか)ちゃんが少し驚いたように言う。私が興味を示すものは、食べる前提という風に思われているのかしら。


「べ、べつに食べるためじゃないもん! 飾ったら可愛いかなって思って」


「煮るとドロドロ、蒸してもベチャベチャ。味は薄くて……ウサギの餌にしかならないって。飾り付け用に庭先でつくる家もあるけど」

「そうなんだぁ……」


 そこまで不味いとは。ちょっと残念。


「でもでも、ハロウィンカボチャって、この時季『夢の国』の飾り付けにもなってて、可愛いよね!」


 玄関前に沢山おいたら某「夢の国」みたいになって可愛いのに。


「うん! それはね。ハロウィンかぼちゃ、可愛いのは認めるよ。小学生の時、私も欲しくて買ってもらったもん。けど……後始末が大変で」


「後始末?」


「食べられないから玄関先に放置して。やがて腐って中身が種ごとドロドロに破れて溢れて……」

「それこそホラー!?」


「どうする? 300円って書いているけど……買ってく?」

「うぅ……やめとく」


 スイカサイズだと重いし家までまだ遠いし。ここは諦めるしか無いか。


 ◇


「でぇええええっ!? こ、これは……何!?」


 私は家の前で思わず立ち止まり、驚きの声を上げた。


 家についた私を待っていたのは、黄色いハロウィンかぼちゃの行列だった。庭先から玄関までずらりと並べられた黄色いかぼちゃが飾られている。


 中でも最大級なのは、体幹を鍛える「バランスボール」みたいな大きさのカボチャ。玄関前に王様のように鎮座している。


「ちょっ……でかっ、怖い!?」


 まるで魔女の家。

 さっき無人販売所でハロウィンかぼちゃを買わなかった事で呪われたとか?


「はは、驚いたべ? どうよハッピー、ハロウィン」


 と、雪姉ぇの声。振り返ると車のガレージの方から、また一つカボチャを抱えてやってきた。


「これ雪姉ぇが……?」

「そうだよ。知り合いが面白がって育てたのはいいけど、今年は天気が良くて採れすぎてな。持て余して、全部で3000円で買い取ってきた」


 数にして20個ぐらいはあるかしら。これだけずらりとオレンジ色のカボチャが並ぶと見栄えもするし、ものすごくハロウィンっぽい。


「な、なんで?」

「なんでって……。ハル、こういうの好きだろ? 可愛いって言いそうだと思って」


 雪姉ぇの言葉が、なんだかとっても嬉しくて。


「うんっ! 可愛い! 超かわいい!」


「そりゃ良かった」


 私は思わずカボチャごと、雪姉ぇに抱きついていた。


「大好きだよ雪姉ぇ……!」

「おうおうっ?」


 ハッピーなハロウィン。

 甘くて幸せな、秋の一日の終わり。


 これが全部甘くて、食べられたらもっといいのに。


<つづく>



★この時期、道の駅では「ハロウィンかぼちゃ」を売っていますね!

一個300円から500円程度なので

ついつい欲しくなって買ってしまうのですが……冬になってから後悔しますw

庭先で朽ちてゆく姿がゾンビっぽくて。

でも飾りたくなりますね。


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