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山ぶどう(山ぶどうジュース)

 秋晴れの、日曜日。


 澄んだ朝の空気を吸い込むと冷たくて、すっかり季節が変わったことを実感する。

 朝日を浴びて輝くススキの穂は、田んぼの横で集会中。空は高くて気持ちがいいし、今日もいい日になりそうです。


 パジャマ代わりのトレーナー姿のまま、玄関を出て10メートル程先の郵便受けへ。

 雪姉ぇの家は敷地が広いので、郵便や新聞は、敷地入り口に門番のように立つ一本足の郵便受けに入っている。


「あら……?」


 新聞を抜き取ると、郵便受けの横にビニール袋がぶらさがっていた。


 近所のスーパーの白いビニール袋に、何やら黒いものが入っているのが透けて見える。

 都会なら不審物騒ぎになりそうだけど、これはご近所さんからの「おすそわけ」。季節の山菜や野菜など、こうして分けてくれる事があるのです。

 皆さんシャイなのか、笠地蔵のように黙って置いていく事が多いみたい。

 雪姉ぇはおすそわけしてくれた人に後でお礼をする。けれど、名前も書いていないのに誰が持って来てくれたのか、判断がつく理由は謎のまま。聞いても「経験上」としか言わないし。


 ぶら下がっていたビニールの袋を開けてみると、中には黒い丸い粒が沢山入っていた。

 一粒は小指の先ほどの大きさで、表面はぴかぴか。まるで黒い真珠みたい。粒は枝につながっていて、つまみ上げてみると房状になっていた。


「あ、これブドウなのね! でも、小さいね」


 持ち上げてみるとブドウには間違いなさそう。けれどお店で売っている小粒のブドウ、デラウェアよりも更に小さい。可愛いけれど、少なくともお店では見たこと無い。

 触ってみると粒は硬いし、正直、あまり美味しそうには見えない。


 早速、起きてきた雪姉ぇに見せる。


「また笠地蔵さんのお土産が!」

「……あぁ? これは佐々木さんとこの『山ぶどう』か。もうそんな時季か」


 あくびをしながら、やっぱりくれた人を特定する。


「山ぶどう?」

「山に自生する野生のブドウだよ。洗って食べてみ。目が覚めるよ」


 聞いたことはあったけれど見たのは初めて。なるほど、野生種ならば納得。珍しいのねきっと。

 早速台所でザルにあけて水洗い。一粒口に放り込んでみる。


「――――っぐは!? すっぱい……!」


 私はのけぞって悶絶した。

 もう酸味しか感じない。甘みは舌先3%ぐらいで、残り97%が酸味。


「な? 目が覚めたべ?」

 にやにやと雪姉ぇ。私すっぱいの苦手なんですけど。

「ひどいー」

「ごめんごめん」

「これ、食べ物なの!? 無理無理……ギブ」


 しかも果肉が殆ど無い。中身は種が殆どを占めている。すっぱい果肉は薄くて少ない。

 ブドウの原種ということなら、確かに納得だけど、ぱくぱく食べたいとは思わない。これを改良して今の甘くて美味しいブドウになったのかな。


「岩手県は『山ぶどう』の生産量に関しては全国一位だぞ。特産品として加工して、ジャムとかお菓子とかあるし。鉄分やミネラルが豊富で健康に良いとか」


 そういって私に勧める雪姉ぇ。自分は決して口にしようとしない。


「いくら体に良くてもこれは無理ー」

「うーむ。実は困るんだよな。生で食べるのは苦手だし……ジュースにするか」


 もらって困る特産品て一体……。


「それ、甘い?」

「お砂糖で甘くするからね。甘酸っぱくて、炭酸で割ると最高だよ」

「そうしようよ!」


 結局、山ぶどうを鍋で水と煮て簡単なジュースをつくる事に。


 まず、山ぶどうを、房からていねいに粒をとる。これが結構な手間で、おまけに手が赤紫になった。


「房から外した粒を洗ったら鍋に入れて……と」


 あとは鍋を弱火でゆっくりと加熱。

 やがてぶどうから水分が出てきたらお砂糖を同じくらい投入して、火を止め、すこし冷ます。

 あとは目が粗いキッチンペーパーで、皮や種などを濾し取って、完成。

 絞り終わった果汁はちょっと、トロリとしていた。ジュースの原液(・・)だけど、煮詰めればジャムにもなりそう。


「さて、飲んでみよう」


 グラスの三分の一ほど、山ぶどう原液を入れる。

 何故か冷蔵庫に常備されている炭酸水で、原液を割ると綺麗な紫色のジュースに。

 さらに、庭先で摘んだミントの葉をグラスに飾ると……


「可愛い! オシャレな喫茶店(カフェ)のドリンクみたい!」


 飲んでみると、酸味と甘味が丁度いい。生食だと辛い酸味も、ジュースなら絶妙の味わいに変わっている。ふわっと広がる野味はブドウの味とわずかに感じる渋みのせいかな。


「わぁ……! 美味しい」

「いいな、いい感じだ」

 雪姉ぇも納得の出来みたい。


「……甘いケーキがあるといいなぁ」

「これは……焼酎だ! ……焼酎と山ぶどう原液を炭酸で割りたい」


 私と雪姉ぇは、思わず顔を見合わせると立ち上がった。

 目指すは、甘いケーキと、晩酌の焼酎。


 心は一つの呉越同舟。今から車で買い物にいこう。


<つづく>


★山ぶどう生産量一位なのですが、山から採集するだけでなく

 山の畑で葡萄棚をつくって育てています。

 強い酸味は女の子には辛いかも。体にいい栄養素は多いですが沢山はたべられないですねw


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