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りんご(「つがる」と「わせふじ」)

 空高く余計なものも肥ゆる、秋。乙女心は複雑です。


 最近ご飯がとっても美味しくて、じわじわ、と体重が増えている。明らかに身長が伸びて増えた……という枠を越えつつ有るような気がしてきた。


 今も目の前には美味しそうな林檎(りんご)がある。艶々(つやつや)の赤い皮を残して切り分けられた果実。果肉はやや白くて、ふわりと林檎特有の甘酸っぱい香りもする。


「どうぞ、めしあがれー」

 (しずく)ちゃんがニコニコと差し出したお皿の上には、切り分けられた林檎が載っていた。。


「しずくちゃんありがとう、遠慮なく頂くね!」

 制服姿のツインテールな夏香(なつか)ちゃんが即答。手を伸ばして爪楊枝をつまむと、林檎をシャクっと食べた。美少女が林檎を食べるのって、なんて絵になるのかしら。


「うわぁ……これ、おいっしい! ハルちゃんも食べて食べて!」

「うん! 美味しそう、いただきます!」


 私も口に入れて、シャクッ……と食べる。心地のよい歯ごたえと共に溢れ出す果汁。100%間違いなくフレッシュな林檎の味が広がる。

 甘くて、ほんの僅かに爽やかな酸味があって。そして香りがすっと広がる。採れたて新鮮さは他では味わえない。


「っ……! わぁ、甘ぁい。美味しい……これ、すっごい新鮮だね!」

「そりゃ文字どおり採れたてだもんね」


「ですねー、さっき木から採ったばかりですー」

 にっこりと雫ちゃん。


 私達の周りは全て、林檎(・・)()

 三人がいるのは林檎の果樹園の中。赤い実がたわわに実った木々の間です。八百屋さんの店先で見かける黄色いプラスチックのケースをひっくり返して椅子代わりに、見渡す限りの林檎の木の間に腰掛けている。

 見上げると空は青くて、赤とんぼが猛烈に飛んでいる。


 今ごちそうになったのは、甘くてちょっと酸味のある「つがる」という品種と、甘さに加えて香りも良い「早生(わせ)ふじ」という品種なのだとか。


「こんなに林檎があったら食べ放題で、体重が大変なことにならない?」


「わたし毎日一個は食べてるけど、平気ですよー」

 (しずく)ちゃんがちょっと恥ずかしそうに、おっとりとした口調でうふふふ、と笑う。じつに可愛らしい細身の彼女は、お家が林檎を育てる農家でした。


 私達は放課後、(しずく)ちゃんの家に寄り道して、おじゃましています。

 ぜひ遊びに来て、と誘われたのでお言葉に甘えて。

 (しずく)ちゃんは私と夏香(なつか)ちゃんと同じ『家庭科部』の仲間。目尻の下った優しい顔立ちと性格がとても可愛い。

 こんな豊かに林檎が実る風景を見て育てば、こうなるのも納得できちゃう。


 林檎の果樹園は、通学路から見えていた果樹園だった。実はそこが雫ちゃんのお家のものだったらしい。

 シャクシャクと林檎の新鮮な歯ごたえを楽しみながら果樹畑を見回すと、背丈を超えるほど大きな木がずっと続いている。横に広がるように枝を誘引して育てている林檎の木々には、赤や黄色の果実が、それこそ無数にぶら下がっている。


「りんごの木って、可愛いね……。赤い林檎が実る光景ってなんか、良い」

「うん、幸せな気持ちになる」

 

 なぜだろう? 本当に豊かな気持ちになる。

「太古の昔から、女性は赤い果実を見ると幸せな気持ちになる、そんな遺伝子がある……ってお母さんが」

「なんだか説得力がものすごいね」

「分かる気がする……納得」

 雫ちゃんの言葉に、夏香(なつか)ちゃんも私も思わず納得する。


 春に甘い香りの白い花を咲かせて、夏に青い実を付けた林檎の木は、秋になってこうして赤く色づいている。

 品種が違う黄色い林檎の木もあれば、同じ赤でも色が違うものもある。どの果実も、袋掛けしていないので、やや傾斜した南斜面全体が林檎の果実で、鮮やかな飾り付けをしたみたい。


 車も人も通る普通の道路の両側に、こんなふうに林檎が鈴なりになった木々が立ち並ぶ光景に、ちょっと驚く。

 雫ちゃんが言うには、林檎といえば青森と長野が有名だけれど、東北ではどこでも見られる光景なのだとか。

 雫ちゃんのご両親は、この時季は収穫と出荷で大忙し。おっとりと細身の彼女も、収穫を手伝ったり、黄色いプラ箱いっぱいの林檎を運んだりするらしい。


「すごいね、意外と力持ちなんだね」

「慣れるとへいきだよー」


 けれど、果樹農家さんの苦労は並大抵のものじゃなくて、沢山の苦労と手間があるってことを、私もここに来て、ようやく知ったばかり。


 花が咲いてから行う手での受粉、良い実に育てるための摘果、そして害虫防除。台風が来れば気が気でない。

 通学途中や帰り道に目にして、店先で並んでいる「果実」が突然どこからか出てくるわけじゃないって、苦労と努力によって届けられているんだって、現実(リアル)を知った。

 だからこそ、林檎もどんな作物も美味しいのだ。誰かに食べさせたくて、一生懸命、丁寧に、丹精を込めて育てているのだから。


 帰り際、ビニール袋に入った、山のような林檎(りんご)をお土産に貰った。

 ずしりと重い。


「こんなに、もらっていいの!?」

「うん、風で落ちたり、枝で傷ついたりしたものだから。お店には出せないの。あ、もちろん綺麗だし味は大丈夫よ!」


「嬉しい!」

「ありがと雫ちゃん! 貰うね!」


「いーの。じゃないとジュースにして毎日1リットルぐらい私が飲む羽目に……」


 雫ちゃん、それはそれで羨ましいけど。


 そして、何よりも……。


「肥えてしまうわ、絶対」


 思わずつぶやく私。


「大丈夫だって、ハルちゃん。リンゴは体にいいし、健康的な果物だからダイエットにも効果があるって! テレビで言ってた」

 夏香ちゃんが自信満々に言う。

「またそういうことを……ホントに?」

「確か、たぶん」

「そのダイエットって、ご飯を減らして林檎を食べると良い、とか?」

「あ、そうそれ!」

 それならテレビで視たわ。


「あたし無理、ご飯を食べた上で、林檎もたべたいの!」

「……ハルちゃん、自分の欲望に正直ないい子に育ったね!」

「もう!」


 きゃははっ! と明るい笑い声が、秋の空に吸い込まれてゆく。


 空高く私肥ゆる秋――。


 林檎は味も、見た目も人を幸せにする果実でした。


<つづく>


★この季節、道の駅はどこも林檎やブドウをたくさん売っています。

 もう安くて種類も豊富♪

 ドライブすると両脇に続く林檎の木々には実が鈴なりに。

 これを見ると秋が来たなぁって思います。

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