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さといも(芋の子汁と『芋煮会』)

秋編、はじまります!


 台所の窓から見える空は茜色。

 オレンジ色に彩られたすじ雲を背に、沢山のトンボが飛んでいる。


「そういえば今度の週末、公民館で芋煮会があるんだって。ハルはどうする?」


 お台所で私と雪姉ぇは並んで夕飯の支度の最中です。


「芋煮会……って?」

 なんとなく芋を煮て食べる会ってのはわかるけど。エプロン姿の雪姉ぇが「ん?」と目を細める。


「あれ……? 『芋煮会』って全国スタンダードな言葉じゃないんだっけ? 秋の今頃になると、ご近所が集まって、持ち寄った食材で『芋の子汁』を作るんだよ。里芋を入れた汁を食べて、まぁ季節の地域交流みたいなものかな」


「『芋煮会』ってお祭りみたいな?」

「お花見、に近いかな」

「あ、あるほどー。行ってみたい」

 気になったので台所仕事の手を休め、早速スマホで調べてみる。


 ――『芋煮会いもにかいとは、主に日本の東北地方で行われる季節行事である。秋に河川敷などの野外にグループで集まり、里芋サトイモを使った鍋料理などを作って食べる行事で……』


「……えーと、なになに? 『味付けにおいてしばしば争いが起きる。宮城県は味噌味派、山形県は醤油味派、岩手県では味噌派と醤油派が混在……』へー! 面白いね」


「そういや、芋煮会の味付けで、宮城と山形出身者が喧嘩になると聞いたことがある」

「あはは……! 芋煮会でけんかって……」


 芋煮会戦争、しょーもなくて可笑しい。


「ちなみに、ハルはどっち味派?」

「私は、お味噌汁というイメージかも」


 そもそも里芋(・・)が入ったお味噌汁をあまり食べたことがない。以前、何処かのファミレスで「秋の味定食」みたいな秋シャケとセットのご飯を食べた時、薄い味噌味ベースの里芋入りのお味噌汁を食べた気がするくらい。


「ちなみに今作っている『芋の子汁』は、味噌味の予定だけど」

「よかったね、味付けで争わなくて」

「家族は同じ味のもの食べるから大丈夫」


 家族。そっか。雪姉ぇとは従姉妹だけど、こうしてひとつ屋根の下で同じものを食べているから家族なんだ……。


「ちなみに、隣の家では薄い醤油味に最後に味噌を入れて、ミックス味にしているみたいだよ」

「あ、それも美味しそう。一番平和そうだし」

「宮城と山形、両方から『邪道だ!』と言われそう」

「あはは……」


 お料理をしながら私と雪姉ぇは他愛も無い会話を交わしてゆく。お芋の煮える小さな音。こんな風にゆっくりと流れる時間が好き。


「よし、茹で上がった。皮を剥くけど熱いから気をつけて」

「はーい」


 茹であがった熱々の里芋をザルに移し、その間に他の材料を刻む。少し冷えてから里芋の皮を剥くことにする。一度茹でこぼしてから皮を剥くとヌルヌルが取れてよいのだとか。

 ジャガイモみたいに最初に皮を剥いて切って茹でるとドロドロになるみたい。


 ちなみに、今日の里芋はお庭の小さな畑で採れたもの。

 里芋は大きなハート型の葉が可愛いくて観葉植物みたい。実際、花屋さんで売っている観葉植物のクワズイモの葉っぱとそっくり。親戚なのかも。

 黒い畑の土をごと里芋の株を掘り起こすと、親芋の周りにボコボコと小芋が連なって付いていた。分球して増えるタイプなので、子供がついているみたい。


 正直、黒くてゴワゴワした毛の生えたお芋は、見た目は美味しそうに思えない。

 

「南米のジャングル奥地で原住民が食べている芋みたいな感じが……」

「何か言ったか?」

「あ、いえ、何でもないですー」


 冷めてきたお芋の片方を、押しつぶすと「つるり」と剥けた。白い粘り気のあるお芋を水を張った鍋に入れておく。


 そして、大きな金色の鍋にお湯を沸かし、刻んであった人参とゴボウ、それに白菜も投入する。あとは黒いコンニャクに豆腐。市販品のシメジと椎茸も入れてぐつぐつと。

 豚肉も入れたところに茹でこぼした小さな里芋を入れてゆく。更に沸いたらアクを取り、赤味噌と白味噌の中間ぐらいの色合いの味噌を入れて、味付け。


「完成!」


 こうして、芋の子汁が出来上がった。


「そして、もう一品!」

「おぉ……?」

 茹で上がった里芋の中も、特に大きな親芋はイカと一緒にお醤油と砂糖で煮込むことに。良い香りが台所を満たしてお腹がぐぅと鳴く。


 三陸産の秋刀魚(サンマ)も焼いて、見事な「秋の味定食」の完成です。


 ◇


 いただきまーす、と夕飯をいただくことに。食卓には、ごはんに秋刀魚の塩焼き、里芋とイカの煮込み、それに『芋の子汁』が湯気を立てている。


「うーむ、今夜は秋の味定食だな」


 雪姉ぇがビールのプルタブを開ける。一口のんで「くはー!」って、この様子はいつ見ても「おっさん」くさい。都会で働くキャリアウーマンな独身女性は、優雅にワインやシャンパンを傾けるイメージなのに。


「……ハルも飲みたいのか?」

「い、いえ、結構です」

「さて、食べようか!」

「うんっ!」


 まずは……やっぱり芋の子汁。お野菜からの出汁が甘くて、採れたての里芋は、独特の土臭さはあるもの、粘り気があってほっくりとした食感が楽しい。

 実際に自分で採った里芋を食べて、実りの秋が来たんだなって実感する。


「美味しい! これが大地の味?」

「上手いこと言うなぁ。この『土臭さ』が良いんだよ」


 そして、秋刀魚はもちろん初物なのでふわふわで、香ばしくて最高。大根おろしがまた新鮮で香りがよい。大根は、道端の無人販売所で100円で売っていたものだけど。

 

 そしてイカと里芋の「煮っころがし」が格別だった。

 醤油で色付き、引き締まった里芋に、リング状のイカのニクニクした食感と香りが加わる。ビールを一缶空けた雪姉ぇが、「うめぇ!」と完全にオッサン化してしまうほど。


 窓の外はすっかり暗くなっていた。


 賑やかな演奏会を始めた虫たちの声が、季節の移ろいを教えてくれる。


「ついに、食欲の秋がきたって感じだな」

 本日、二缶目のビールに手を出す雪姉ぇ。


「体重、気にしてるんだけど」


 お腹をつまんでみせる。実は、雪姉ぇの家にお世話になってから2キロ近く太った。すると雪姉ぇは酔った目をしたまま、ぐびーとビールをのむ。


「ハハハ!? ハル……いいか、よーく聞け。中学生から高校生ぐらいの年頃は、体重ガーとかダイエットガーとか言うけれど、無駄!」


「無駄!?」


「だって成長期だから!」

「成長期と太るのは違う気が……」

「大丈夫、心配ない。いいかハル、例えば背が1年で2センチ伸びたとしよう」

「うん」

 確かに身長は2、3センチ伸びた。


「人間、一センチ伸びるってことは骨の量が増え、皮膚の表面積が増え、筋肉量が増え、腸の長さが増すってことなんだ。偉い学者先生の計算では重量は体積に比例する、1センチ伸びたら1キロ増えるのは計算上むしろ正常!」


 酔った雪姉ぇの奮う熱弁はスラスラっと、妙な説得力があった。なるほど、2センチ身長が伸びた分の2キロ増加なら問題ないのね。


「うーん? なるほど」


「な! だからちょーっと体重が増えたぐらい気にするな。思いきっきり味覚の秋を楽しもう!」

「うん!」


 いよいよ本格的な味覚の秋。こうなったら楽しまなくちゃ。


<つづく>

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