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あずき (小豆)

 いつの間にか、外の雪は降り止んでいた。


 風に運ばれてゆく灰色の分厚い雲の下、グレーに沈んでいた雪が、キラキラと宝石を散りばめたみたいに輝いている。さらに青い空が雪原の白さを引き立てる。


「きれい……!」


 私はコタツの中から思わず感嘆した。映像美いっぱいの風景を雪見障子越しに見入ってしまう。

 

 時折、白い雪の上をグレーの帯が通り過ぎる。空を流れる雪雲の残りが、地上にマーブル模様の影を落としながら北へと帰ってゆく。


 灰色の世界が色鮮やかに変化するさまは圧巻だった。


 雪原――おそらくは田んぼだった場所を、降り注ぐ光が白い輝きで満たしてゆく。あまりにも眩しくて直視できないほどだ。


「おぅ、晴れたな。このタイミングでの『雪かき』が重要だぞ」

 雪姉ぇはそう言うと、コタツから立ち上がり防寒具を身にまとった。男前な分厚いダウンジャケットに手袋、そして毛糸の帽子を素早く。

 

「ゆきかき? ……寒そうだね」


 スコップで雪をかき分けたり運んだりする重労働だ。めんどくさそう。ていうか、やっぱり外は寒そう。

 ぼふ、と雪姉ぇは容赦なく私に防寒具を放り投げてきた。


「なーに言ってんだ。ハルもやるんだよ」

「ぅえぇ!?」

「働かざるもの食うべからず。さっき食べた分のカロリー消費にもなるぞ」

「やる! やります」


 ◇


 眩しい。


 私と雪姉ぇは、家の前にいた。

 目の前は一面の雪、雪、雪。

 振り返ると平屋建ての家の屋根にも、50センチぐらいの雪が積もっている。


 冷たい空気を吸い込むと、雪で限りなく透明に濾過された清らかさ。肺が奥まで洗浄されてゆく気がする。

 

 家の背後には「ついたて」のように大きな杉の木が10本ばかし並んでいる。いわゆる防風林というやつ。その上にもクリスマスツリーみたいに白い雪が覆いかぶさっていた。そこから時折、サラサラと音を立てて雪が落ちてくる。


 午後の三時を過ぎた太陽の日差しは、すこしだけ黄色い。


 光が雪に反射してキラキラと輝いている。顔を近づけてみると雪の結晶が砂糖菓子のトッピングみたいにあちこちに散りばめられている。

 手で持ち上げてみると雪はサラサラでとても軽い。空に向けて放り投げると、空中で粉のように散って光を反射しながら辺りに舞った。


「綺麗! とにかく、とっても雪国にいるって感じ!」


 東京の雪は湿っていてべちょっとしていた。けれどこっちの雪はまるで違う。


「感激するのもいいが、手伝えよ、ハルカ」

「はーい」


 手渡されたのは見たこともない道具だった。背丈よりも長い木の棒に、オレンジ色の「ちり取り」みたいな樹脂製の四角いスコップ状の物がついている。とても軽い。


「そのへん雪を切り崩して、一箇所に集めてくれ。そんで私が『ダンプ』で押すから」


 雪姉ぇの家は庭先が広い。春になると畑や花壇の手入れで忙しいのだとか。けれど今は全て雪の下。車が通る道路までの距離は15メートルぐらいはあるだろうか。向こう側の細い車道を、軽トラがゆっくりと走っていくのが見える。


「あそこまで道を作るんだ」

「シベリアの捕虜みたいな仕事だね」

「どこで覚えるんだそういう比喩は」


 ともあれ、果てしない雪かき作業が始まる。


 雪姉ぇが『ダンプ』で雪をドドドと押しのけてゆく。それは手押し式の「雪を運ぶソリ」みたいなものだった。黒い金属のバーがついていて、地面に置いたまま滑らせて、乗せた雪を押すようにして運んでゆく。


「腰が入ってない! もっと深く突き刺して崩す! そう!」

「ふぇえ!? なんか重労働なんですけど!?」

「キリキリ働かんと、明日の朝に新聞がとどかねぇぞ!」

「その程度の問題なの!?」


 慣れない私は悪戦苦闘。いつもは雪姉ぇ一人でこれをやってるんだ……。


 雪を運搬するのは道路脇の小さな小川。そこに雪を捨てると、ようやく通れるぐらいの雪の通路ができた。なんとか車が通る道へとつなげることが出来た。


「よーし、こんなもんだろ」

「ふぅ……!」


 腰を伸ばして、一息。


 と――。

 

 隣の家――というか100メートル以上離れているのだけれど――でも雪かきをしていた。その反対側の家でも。


 その光景を見た時、私は不思議な感じがした。

 

 離れている家々。隔絶された世界。

 白い雪原の中に浮かぶ、離れ小島のような家々。


 なのに、一体感のようなものを感じたから。

 みんな同じことを、同じ気持ちでやっているのかな……と、そんな気がした。


「こうしておかないと、自分だけが取り残された気持ちになるからな」


 雪姉ぇは、まるで私の気持ちを見透かしたみたいだった。


「そっか」


 眩しさに目を細めてよく隣家を眺めてみると、赤いダウンジャケットを着た女の子だった。小学生? いやもしかして、同じ中学生ぐらいかな?


 一瞬、こっちを見た気がした。


「あ、隣にも女の子がいるんだった。同じ年だったかも」

「まじっスか……」


 どうしよう。

 同じ中学ということは、先手を打って挨拶にいくべきか。


 いや、しかし。どういう風に?


「いい手がある。隣の家まで道を作れ。掘り進んで行けばつながるから、そこで自然に友達になれる」

「遠いよ! 100メートルもあるじゃん!?」

「ははは。ま、そのうち会う機会もあるさ」

「うん」

 意外と人見知りで引っ込み思案な私。


 でも、確かに雪姉ぇの言うとおりだった。

 出会いは案外はやくやってきた。


 30分もしないうちに、その子が小鍋をかかえてやってきたのだ。


「これ! うちで煮た小豆なんだけど、よかったら食べて!」


 やたら元気のいい「夏が来た!」みたいな女の子だった。

 セミロングの黒髪をツインテールに結って、少し雪焼け(?)した肌にくりっとした大きな瞳。はっきりした顔立ちの、私とは違うタイプの女の子だった。


「あっ、ありがとう! えと、私……ひっこしてきた」

「聞いてるよ、東京からきたんだって? あ、私は夏花(なつか)。ナッツーでいいよ」


 びし! と軽いノリで親指を立てる。


「夏花……さん。私はハルカ」

「ハルちゃんか、よろしくなっ!」


 私もハルでいいよ! と明るく言えない自分がもどかしい。

 けれど、夏花ちゃんは白い歯を見せて微笑むと、「んじゃ、こんどゆっくりね!」と言って帰っていった。

 気がつくと外は夕方で、日が暮れかけていた。

 

 熱いお茶を入れ、頂いたばかりの「小豆」を食べることにした。

 小豆はまだほかほかと湯気を立てていて温かい。煮込んだ小豆と言っていたけれど、「つぶつぶ」がそのままの形だった。

 コタツに入って食べてみると……! 

「うんまぁあああい!?」


 信じられないくらいに「ザ・小豆(あずき)」という感じの、濃い風味が口いっぱいに広がった。


「これは隣の小林さんちで育てた小豆なんだけど、美味いべぇ?」

「うん! 美味しい! これ、アンコじゃなくて小豆(あずき)なんだね」


「そう『あずき』。練ったり潰したりするのも美味しいけど。煮豆みたいに、こうして食べるのもまたいい。つぶつぶ感がいいんだよなー」

 と熱いお茶をすする雪姉ぇ。


「うん、柔らかくて……口の中で潰すとアンコの香りがいっぱい!」


 小豆は舌先でつぶれる位の柔らかさ。中身はホクホクで、小さなサツマイモみたい。甘くてほのかに香る。

 優しい甘さに雪かきの疲れも取れて、そして心も軽くなる。


 何も無い所だけれど、もしかして素敵なことがもっとありそうな予感がする。

 私は夏花ちゃんとの出会いと、これから始まる新生活に心踊らせていた。


「美味いのだが……雪かきで消費したカロリーは全回復しちゃったな」

「ふごっ!?」


<つづく>


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