表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/38

夏野菜の『だし』(山形名物)

 じーわじーわとセミが大合唱する昼下がり。


 夏空には綿雲が浮かんでいる。


 私は庭先で()をかき分けていた。

「うぅ、ヤブ蚊が……」

 ヤブ蚊を払い除けながら、両手で親指ほどの太さの植物の茎をかき分ける。

 顔を突っ込んで進む小さな林の正体はミョウガの畑。

 根を食べる種類がショウガで、花芽を食べる種類がミョウガなのだとか。

 人の腰ほどの高さに伸びた茎からは、左右に笹の葉を縦にしたような形の大きな葉が生えている。手で触れると、ほんのりと独特の爽やかな香気が漂ってくる。


「あ、あった!」

 地面をよーく見てみると茶色い芽が顔を出していた。先の尖った球根みたいな形をしているのが、花芽。つまりはミョウガなのです。

 そうめんの薬味や冷奴の薬味として、この季節はシソと共に欠かせない野菜。ちなみにこうして摘み取っているのはお昼ご飯用。


 指先でつまむと、簡単にぽつりと採れる。一つ見つけるとすぐに次が見つかる。まるまると太ったミョウガは手に持った瞬間から独特の香りがする。


「こんなものでいいかしら」


 小さなざるに15個ぐらい。これぐらいあれば私と雪姉ぇのお昼ご飯だけじゃなく、数日食べる分にはなりそう。


 腰を伸ばして立ち上がる。見回すとミョウガの畑は庭の端にあった。日当たりのあまり良くない山側の斜面までミョウガの畑が、まるでミニチュアの林みたいに続いている。


 その手前の日当たりのいい場所に広がるのは、家庭菜園。

 10メートル四方ぐらいの畑は、トマトにキュウリ、ピーマンにナス、インゲンマメにカボチャなどなど。いろいろな種類が植えられている。


「ハルー、昼飯にしよう」

「はーい」


 雪姉ぇがザルに夏野菜を抱え、私を呼んだ。


 夏になってからというもの、朝取り野菜がとても楽しみ。

 もともと野菜はあまり好きではなかったけれど、真っ赤に完熟したトマトの味を初めて知ってから好きになった。だってスーパーで売っているトマトとはぜんぜん違うんだもの。陽の光を浴びて育てられた野菜の味は格別で、とってもジューシー。


「お昼ご飯は何?」


 昨日はナスとピーマンの味噌炒めだったけど。流石に2日連続ピーマンは嫌ね……。


「そうだなぁ、キュウリとナスがある。それにミョウガ」


 雪姉ぇはカゴの中の夏野菜と、私のミョウガを見てしばし思案。そして何かを思いついたように、畑の隅に生えていたシソの葉を何枚か収穫した。


「何、なに?」

「うふふ、当ててみよ」


 タンクトップ姿にホットパンツ。大人の休日といった雰囲気の雪姉ぇがいたずらっぽく笑う。


「……まさか野菜のテンプラとか?」


「惜しい。暑いから油は使わない」

「うーん? じゃぁマーボーナス?」

「辛くないし油も使わない。冷たくて美味しいやつにするよ」


「えー? 冷たい野菜の料理? サラダしか思いつかないよ」


「よし、じゃぁ続きは台所で」

「う、うん」


 私は昼ごはんのメニューがわからないまま、雪姉ぇの後に続いて台所へと向かった。

 

 ◇


「まず、使う材料は畑で採れたてのナスを一本、キュウリを一本、それにミョウガ3つ、シソの葉を4枚」


 新鮮な野菜を水で洗う。


「ふむふむ?」


「ちなみに野菜の分量は適当で、家ごとにも違う。今から作るのは二人分ぐらいかな」


「他に材料は使うの?」


「トロロ昆布がないので、刻みめかぶを使う」

「めかぶ?」


 冷蔵庫から刻んだ「めかぶ」を取り出す。確か1パック100円で売っていたもの。ワカメの根みたいな部分を茹でて切り刻んだもの。色は鮮やかなグリーン。ドロドロで糸を引くけれどポン酢味にするととってても美味。


「で、野菜を刻む! ……ひたすら刻む!」


 ズガガ、ドドドド、ダダダダダと、ナスとキュウリ、ミョウガ、シソを徹底的に刻む雪姉ぇ。みじん切りにした野菜をザルに入れる。

 水道の水でさっと洗う。


「ナスは水に浸けておくとアクが抜けるけれど、面倒くさいからこれで」

「なんか適当だね!?」

「いーんだよ、適当にやっても美味しい料理だから」


「料理……」


 どうみてもただの野菜のミンチ、刻んだ野菜ミックスが出来た。洗った刻み野菜を大きめの器に移して、そこへ「刻みめかぶ」を混ぜる。


「緑に緑のドロドロが……!?」

「味付けは、醤油と『めんつゆ』だけでオッケー」


 だばだばっとめんつゆを入れて、お醤油をちょっと入れて。ぐるぐるっとかき混ぜる。


「はい、完成!」

「えぇ!?」


 ドロッドロの緑の夏野菜ペーストが完成した。なんというか、凄い緑。


「見た目はアレだが、まぁひとくち食べてみ」


 スプーンでひとすくい、「あーん」としてくる雪姉ぇから恐る恐る食べさせてもらう。


「…………ん? んんっ? これは……美味しい!?」


「な? 爽やかな野菜の味がするだろ?」


「うん!」


 ナスとキュウリだけだと単なる野菜だけど、ミョウガとシソの風味、それにめんつゆの味が引き立てることで立派な料理になった。


「これは『だし』っていう、元々は山形の郷土料理なんだ。夏野菜があれば簡単に作れるから重宝するんだよ」

「だし……」


 出汁味だから? 名前の由来はわからないけれど。夏ならではの食べ物みたい。

 雪姉ぇは、電気ジャーからホカホカのごはんをお椀に盛った。


 いただきます! を合図に白いご飯の上に『だし』ぶっかけて、ご飯を食べる。


「熱々のご飯にこれをかけて」

「おおぅ……! これは」


 ご飯をさらさらと流し込む。野菜と薬味の風味がとても爽やかで、食欲をそそる。なによりも刻みめかぶのヌメヌメがご飯を胃にするすると送り込む。


「止まらない……!」

「だろう? これだけでご飯が2杯は行ける」


 美味しい! なによりも野菜だけなのでとってもヘルシー。これならば正直、ご飯3杯でも……。ってそれじゃヘルシーじゃなくなるわ。


「美味しいね!」

「あぁ、自分()で採れたもので食べられるってのが、至福なのよ」


 野菜のぶっかけごはん、『だし』はとても美味しかった。


 縁側から見える夏の畑には、元気な野菜たち。

 まだまだ収穫は続きそう。


 単純だけど夏の味。


 ちりん……と風鈴が涼しげな音を立てた。


<つづく>


★『だし』

 この時期は夏の味、夏休みのお昼ご飯の定番でした。

 野菜の種類にはキュウリとナス以外に、オクラをいれたり青南蛮を入れてピリ辛にしたり。

野菜は細かいほうが美味しい気がします。

 ハル達は「刻みめかぶ」を使いましたが、本場では「昆布納豆」とか。

 既に全国区のお料理かと思いますが(ですよね?)

 冷奴に載せても美味しいです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ