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ババヘラアイス(秋田名物)

 7月も半ばを過ぎ、遂に夏休みがやってきたました。

 青い空では大きな入道雲がもくもくと成長中。庭先では真っ赤な立葵(タチアオイ)や、向日葵(ひまわり)が元気に咲いています。


 テレビでは連日のように酷暑に注意というニュースを伝えている。けれど幸いにこの辺りはそんなに大変ってわけじゃない。雪姉ぇの家は元々避暑地みたいな山間部にあるし、気温も湿度も低めで過ごしやすい。


 でも、今は暑い。

 汗がじんわりと滲んでくる。というかこれは雪姉ぇの愛車(・・)に問題があるのだけれど。


「エアコン、効っかないわねぇ……ポンコツ」

 雪姉ぇがエアコンの風量つまみを乱暴に動かす。けれど生ぬるい風が増えるばかり。


「雪姉ぇ、これ暖房になってない?」

「春とか秋とか、外気温が涼しくなると調子いいんだけどね」

「ダメじゃん、それじゃ意味ないよ!?」


 そんなこんなで、夏休みの二日目。今日は車でお出かけの日となりました。


 雪姉ぇの運転する車で岩手県の県庁所在地、盛岡市まで買い物に向かう車中。

 いつもは助手席に座るけれど、今日は後部座席に夏香(なつか)ちゃんと座っている。友達も一緒に誘って良いよと言うので一緒に行こう! と私は夏香(なつか)ちゃんを誘ったのでした。ちょっと仲良しのデート気分。

 私はノースリーブのワンピースにサンダル履き。色は水色で涼しげに。夏香(なつか)ちゃんは赤のチェック柄のキャミワンピみたいな服。夏色少女というフレーズが似合いそうなツインテールの髪と相まってとても可愛い。


「エアコンは諦めて窓開けてよ。あけていい?」


「窓開けると風で髪が乱れるのよね。……しゃぁないか」

 雪姉ぇはエアコンの効きの悪さに耐えかねたように、パワーウィンドゥのスイッチを操作する。

 車の四枚の窓が一斉に半分ぐらい開くと、途端に風が吹き込んできた。


「わー」

「涼しいー」

 風が髪を揺らす。外の風は意外と爽やかだった。これじゃエアコンなんて最初から要らなかったんじゃないの。


 古い四輪駆動車を運転する雪姉ぇが、一瞬だけハンドルを放し器用にシュシュで髪を結う。


「私の家でもさ、去年買ったエアコン一回しか使ってないんだよ」

 夏香ちゃんが苦笑する。


「えー? なんで?」

「お祖母ちゃんが、エアコンの風は体に悪いって信じてるから」

「迷信だよね」

「暑いんだからガンガン使えばいいのに!」


 でも、言われてみれば雪姉ぇの家でも夏になってからエアコンを使った記憶があまりない。扇風機と自然の風だけで耐えられるのはコンクリートの量が周囲に少なくて、熱を溜めないからなのかな。


 車窓からの風景が流れてゆく。


 緑が多いゆるやかなワインディングロードが続き、吹き抜ける風が心地よい。なだらかな里山と田んぼが織り交ぜになった光景を横目に、ドライブは続く。


 眩しいほど青空。山々の緑の濃さを背景の白くて大きな積乱雲が際立たせる。


「アイスでも食べよっか?」

 雪姉ぇがバックミラー越しに言った。いつの間にかかっこいいサングラスをかけている。白いシャツの襟と括った髪が風に揺れる。


「アイス!? 食べたい!」

「でも、コンビニなんてある?」


 民家はぽつりぽつりと見えるけれど、山と山の隙間のような川沿いの道。コンビニはおろか自動販売機すらも見当たらない。


「あるんだな、これが」


 サンングラスの向こうで笑う雪姉ぇ。親指を立ててクイッと外を指差しながら少し開けた路肩に車を寄せる。


「あ……ババヘラ!」

 夏香ちゃんが嬉しそうに指差す。

「え? ババヘ……?」

 そこにはカラフルなビーチパラソルが一本立っていた。(パラソル)の下には、つば付きの帽子を被ったお婆さんがちょこんとパイプ椅子に座っている。

 その横には何やら四角い箱のようなものが。どうやら金属製の筒みたいな、給食当番がシチューやカレーを入れて持ち歩く「寸胴鍋」みたいな容器を覆うカバーみたい。

 そして目を引くのは立て看板。

 

 ――むかしなつかし、みんなの味

 ――元祖、ババヘラアイス


「アイスを売ってるの!?」

 

 ってか、ババヘラアイスって……何味?


 私は車から降りて、先をゆく雪姉ぇと夏香ちゃんについてゆく。

 

「ババヘラアイスって、路上販売アイスのことだよー」

「路上アイス売り!?」


 すごい、なんだか想像を越えていた。

 夏の海とかまつり会場とかで見かけるアイス屋さん。けれど、ここは山の中の普通の道路端なんですけど。

 交通量はあまり多くない山間部の道に、何故にアイス売りが!? 私は狐につままれたみたいな気分だった。


「秋田が発祥の名物なんだよね」

「ここって……岩手だよね?」

「うん。でも暑い日には越境して売りに来るみたいよ」

「えぇ……!?」


 周囲には駐車している車もない。ババヘラ売りのお婆さんはどうやってここに来たのだろう? 謎が謎を呼ぶアイス売のお婆さん。雪姉ぇが親しげに話しかける。


「なんぼ?」

「にひゃぐえん」

「3つけれ」

「あいー」


 お婆さんと雪姉ぇの間に謎の言語が飛び交ったけれど、私だって伊達にここに半年暮らしてない。

 訳すと「幾ら?」「二百円」「3つください」だ。


 二百円とかとても良心価格な気がする。

 雪姉ぇがお金をわたす。

 すると、お婆さんは四角い箱の中に格納された金属容器の蓋を開け、コーンにアイスを盛り付け始めた。


「今日は暑いなっす。可愛いお嬢さんに、ほいほい……」


 やや黄色みかかったアイスをヘラで薄くかき取って、ペタペタ。次にピンク色のアイスを薄くすくい取って周りに貼り付けてゆく。コーンの上に盛り付けられたアイスは、黄色の周囲をピンク色で縁取られた形になった。


 受け取るとまるで「バラの花」みたい。


「可愛い! 超かわいい!」

「ねー! 可愛いよね」

 私と夏香ちゃんは思わず歓声を上げながらアイスを受けとる。

 私はスマホで撮影。インスタはやってないけれど、こんな可愛いアイスの花びらなんて、オシャレなお店だって出してない。

 お婆さんが二つ目三つ目と手早く盛り付ける。見事なヘラさばきはまさに職人技だ。


 早速アイスを食べてみる。するとピンクの部分はいちご味で、黄色っぽい部分はバナナ味。

「美味しい……!」


 食感はシャコシャコッとしたシャーベット風で爽やか。口の中でしゅっと潰れてサラサラと溶けてゆく。冷たくていい感じ。

 コーンにたどり着く頃には口の中でいちご味とバナナ味が混ざってトロピカルな風味に感じられる。


「これは良いわぁ」

「夏はやっぱりババヘラたべないとね」


「めんけぇごどぉ、花火さ見に行くのっす?」

 お婆さんが蓋を閉めて椅子に腰掛けると話しかけてきた。

「いえ、私達はいまから盛岡に買い物に」

「んだっか、いいごと」


 ユキ姉が言うには、今夜は秋田で花火大会があるから花火を見に行く人が多い。だから車通りが多いここで商売をしているということらしい。

 雪姉ぇはサングラスを額に載せてアイスを頬張りながら車のボンネットを開けている。見てもエアコンは直らないと思うけど。


「ねぇ、夏香ちゃん、ババヘラって名前ってさ……バラみたいにヘラで盛るから?」

「違うよぅ。おバァさんがヘラで盛るから『ババ』『ヘラ』アイス!」

「えぇええ!? そっちなの!?」

「そだよ」

 小声で尋ねると、あっけらかんと笑う。


 なんというネーミングセンス。

 最初にこれを考えた人の勇気がすごい。ババヘラアイス。


 山間の空に映える極彩色のパラソルと爽やかなババヘラアイスの味。

 それは、私の夏の記憶に確実に書き加えられることになった。


<つづく>


ババヘラアイスは秋田の名物、路上販売のアイスです。

(作中にあるように岩手側などにもたまに遠征してきます)

お婆ちゃんの腕の違いで花の形に個人差があって面白いです。

あと、出店する場所は決まっておらず、天気の良い暑い日に出現率が高いようです。

まるでゲームのイベントみたいですねw




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