さるなし(猿梨ドリンク)
「もう7月か、コタツを片付けるか」
「雪姉ぇ、それ日本語としてなんかおかしいよね」
コタツは冬に使うもの。
カレンダーは7月、朝顔とスイカの絵が描いてある。北国の梅雨明けはまだ先だけど、気分はもう夏目前だ。
けれど、家の居間にはコタツが出しっぱなし。
北国の暮らしで驚いた事の一つは、コタツがとても長いあいだ活躍するってこと。
山間部なんかでは6月末、下手をすると7月の初めまで出してあったりするみたい。
雪姉ぇの場合は単にズボラで片付けが面倒くさいということだけど。
それでも、確かに5月は朝晩一桁台に気温が下がる日もあったのでコタツは必需品だった。6月になっても朝晩は意外と冷え込むので、肌寒い時はやっぱりコタツがとてもありがたかった。
スイッチを入れなくても、布団に足を入れているだけで暖かい。
しかし、流石に7月になると暑苦しい。
というわけでついにお蔵入りされる運びとなった。
「そっち持ってちょうだい」
「はーい」
二人で丸い天板をどかせてから、布団を取り去る。するとようやく普通の「ちゃぶ台」みたいになった。
見た目も涼しいし、いい感じ。
「これで夏がくる」
「あはは……。なんか違う気もするけど」
「もうすぐ夏だな」
「うん」
窓は開け放しているので、通り抜ける風が心地良い。
山野と田んぼを渡ってくる風は涼しくて、独特の草の香りがする。
居間にゴロンと寝転がる。四角いサッシの枠で切り取られた空は青くて、真っ白な入道雲がもくもくと育ち始めている。
そういえば梅雨は関東以南まで明けました、とニュースでやっていた。
「なにか飲むかー?」
隣の台所で、雪姉ぇが冷蔵庫を開けながら言った。
青いワンピースが涼しげで、髪を一つに結わえている。ビールのCMでよく見る構図みたい。
「えーと、なにかジュース」
「おう、去年貰ったジュースが各種あるぞ」
「コーラがいい。ダイエットのやつー」
ぐだーとひっくり返りながら言う。小学校の頃、夏休みに従姉妹の家に遊びに来た感覚を思い出す。
「無い。ご当地ジュースだよ」
「なにそれ……?」
むくりと起き上がり、冷蔵庫に向かう。
冷蔵庫の上段に、カラフルなスチール缶が並んでいた。180ミリリットル入りの小さな缶は2種類並んでいた。
リンゴの絵が描いてあるのは果汁100%のリンゴジュースの証。
けれど、もう一つは緑色の丸に「さるなし」とだけ描かれている。
――さるなしドリンク。
「さるなしドリンク!?」
「お歳暮でもらったんだよ。あんま飲まないし、ハルが飲んでいいよ」
「って、リンゴはわかるけど……『さるなし』ってなに?」
「さるなしは猿梨だべ、県北の軽米町の特産品で……まぁご当地ジュースだな」
「珍しいね!」
パッケージには果物の絵がイメージだけ描いてあった。緑色のナシみたいな果物。
缶を受け取って、プルタブを開けて開けてコップに移すと、メロンソーダみたいな色のジュースだった。
「他じゃ味わえないと思うぞ。飲んでみ」
雪姉ぇはそう言いながらリンゴジュースを直飲みでグビグビと飲んだ。
私は、やや警戒しながらちびっ……と口に含む。
「……ん? んー?」
果物の甘さに、爽やかな酸味を感じる。鼻に抜ける香りはちょっとだけ青臭くて、何処かで嗅いだことのある匂い。
「美味いべ?」
私の微妙な顔を見て雪姉ぇが笑う。
美味しいか不味いかと聞かれたら「美味しい」のは間違いない。
「おいしいよ? けどなんだろうこれ、どこかで……」
「キウイ」
「あ! それ! キウイ味だよね!? 似てるぅ」
やっと納得してぐびーと飲み干す。美味しい。キウイ味だと思うと、トロピカルなドリンクに思えてくる。
「さるなしは野山に自生するマタタビの仲間さ。実は小さいけれど、切るとキウイに似てるんだよ」
「へぇ!? マタタビ」
ネコちゃんが大好きな小枝。その木の実なんだ。
雪姉ぇがスマホの画面を操作して、画像を見せてくれた。
そこには確かに蔓にぶさ下がる親指の先ぐらいの青い実と、切り口が映っていた。細かい種が並んだ切り口はまさにキウイそっくり。
「キウイの赤ちゃんみたい!」
「夏になると裏山でも採れるかも……。最近見ていないけど」
ジュースの味は夏にぴったりな気がする。
生の果物も食べてみたい。
「すごい、キウイなんてニュージーランドっぽいね」
「ちなみにキーウイ鳥に似ているのがキウイか、キウイに似ているのがキーウイか?」
雪姉ぇは突然難しいことを言い出した。
「う、うーん!?」
これじゃ、飲むたびに考えちゃうじゃないの。
<つづく>




