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しみだいこん (凍み大根)


 ゴーン、と振り子時計が午後3時を告げる。この音にはドキッとする。


 この古民家はお爺さんが戦後からずっと使っていた家らしい。雪姉ぇさんが譲り受けて暮らしている。


「ねぇ、雪姉ぇそれ何?」


 私は居間のコタツに下半身を囚われたまま、窓の外を見て尋ねた。


「ん? 薪ストーブだよ。オシャレだろ」

「えー……? なんかテレビで見たのと違うよ」

「違うか? 薪を入れて燃やすのは同じだろ」


「いや、ほら北国だと、シチューのコマーシャルとかで、あるじゃない? 山荘の部屋の中に薪ストーブが……」


「あの西洋式か。あんな西洋かぶれのじゃねぇよ」

「西洋かぶれなんて、最近言う人居ないよね!?」


「純国産のダルマ式こそ最強よ」


 そう言って雪姉ぇさんはニッと微笑んだ。


 雪姉ぇがトレーナーの上にハンテン(このあたりでは「どんぶく」と呼ぶらしい)を羽織って、土間の方から戻ってきた。

 土間の薪ストーブに薪を付け足して来たらしい。


 なんだか家の中に「火」があるなんて驚きだ。けれど人々は昔からこういう暮らしをしていたのだろう。私もあとで薪を入れてみたい。


 土間にある薪ストーブ――といっても、オシャレな西洋ログハウスにあるやつじゃなくて、国産の「ダルマ式」の薪ストーブ。

 

 前方後円墳みたいな形の黒いストーブの上では、真鍮色の鍋がくつくつといいながら、湯気を立てている。


 ちなみに居間にも「反射式」のストーブがある。こちらは餅を焼いたりするので天板が焦げている。そういえばさっき、「まめもち」を焼いて食べたのだけれど。

 お腹がいっぱいで動けない。やばい。


 と、窓の外を見るとまたもや謎の物体が見えた。気になった私は雪姉ぇに問いかけた。


「雪姉ぇ、あれは何?」


「今度はなんだよぉ?」


 少しめんどくさそうに、けれどからかうような口調で、声色で雪姉ぇが視線を追う。


「ほら……軒下にぶら下がってる白いの。ヒモで結ばれてるの」

「あぁ、あれか」


 それは軒下に沢山吊り下げられていた。大きさはスマホぐらいで、白っぽい。見た感じ乾いているのか風に短冊みたいに揺られている。

 

 ビニールの紐で物干し竿か何かに結んである。それも結構沢山。魔女の家だとこういう謎の物体を干していたりするんだっけ……。


「ありゃぁ、『しみだいこん』だよ」


「しみだいこん? 初めて聞いたけど、何それ。食べ物?」

「これも知らんのか。まったく都会っ子は」


 腕組みをしてフッと顎をさする。オッサン臭い仕草。


「雪姉ぇも都会人だったくせに!」

「あはは、まぁな」


「で、何あれ?」


「しみだいこんは、『()みた大根』のこと。つまり凍らせて乾かした大根だよ」

「へぇ!? なんで凍らせるの? 呪術?」

「違うわ! さすがは中二病の真っ最中だなハルは」

「違うもん」


 呆れ顔の雪姉ぇ。私を親しみを込めてハルと呼ぶのは結構すき。


 居間の窓を開けて腕を伸ばすと雪姉ぇは、軒下から「しみだいこん」の束を一つ取った。そして私に見せてくれた。持ってみると軽くてカサカサ音がする。

 香りは……少し臭い。大根おろしみたいな匂い。


「わ、意外と軽いね、カサカサしてる。水分量がないというか」

「このあたりの保存食さ。冬に干して天日と寒風で、完全に水分を抜くんだ。天然のフリーズドライだね」


「天然の乾燥保存食なんてすごい! で……このまま食べられるの?」


「……言うと思った。実は今夜の夕飯用に……用意してある」


 雪姉ぇは立ち上がると、さっきの土間の鍋のところに行って、真鍮製の鍋を開けた。途端に醤油とみりんのいい香りが漂ってきた。

 おたまで小さな器に中身をうつして、居間の方へと戻ってきた。手には器に盛り付けられた茶色の煮物と箸。


「わ、煮物なの? 薪ストーブで?」

「そうさ。まずは味見な。夕飯のおかずだけど」


 私は雪姉ぇがコタツの上に置いた器に顔を近づけた。しょうゆのいい香りがする。おでんのような、懐かしい香り。

 

「それ、少し繊維質で半透明の茶色いのが、元『しみだいこん』さ。水で戻して煮込むと、汁を吸って絶品なんだ」


「マジっすか……頂きます」


 私は箸で摘んで、煮込まれた元『しみだいこん』を食べてみた。

 

 熱いのは分かっていたので少し。


「――なっ!?」


 歯ごたえが新感覚だった。しゃく、でもなく、ふんわりでもない。程よい弾力と、繊維質を歯が切断する心地よさ。汁を芯まで吸い込んだ大根だ。

 

 それはおでんとは全く違う。やわらかさに、濃厚な大根の風味。おまけに繊維の食感がブレンドされて……初めての味わいだ。


「おいしいわよ、なにこれ!? えっ? 大根?」


「美味いだろう? 凍らせることで水分が抜け、旨味が凝縮されているのさ。それに出汁の旨味がミックスされて……」


「ご飯が食べたい! ねぇ! 雪姉ぇ、ごはんは!? 温かい白いごはん!」

「おちつけハル! 今はまだ3時だぞ!?」


「――ハッ!?」


 やばい、なんだこの家。

 私を肥え太らせてどうするつもりなんだ。


 やっぱり魔女の家か何かなの!?


<つづく>


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