たけのこ(根曲がり竹)
6月に入った庭先では色とりどりの小花が咲き乱れ、とっても綺麗。
花壇に植えたパンジーやビオラは並んで「お行儀よく」咲いている。
けれど庭木の根元や日当たりの良い場所には、自由奔放な野味溢れる花たちがが咲いている。名前はよくわからないけれど、黄色いキンギョソウみたいな花や、白い小花の群れ、極小のユリみたいな青い花……。目にも鮮やかな花々は、お日様の光を浴びてとっても気持ちよさそう。
暑くもなく寒くもなく。実に心地の良い季節。
休みの今日は朝から「庭仕事」に駆り出された。働かざるもの食うべからず、である。
「ちゃんとがんばったらお小遣いもやろう」
「うん、やってみる……!」
「じゃぁ、ハルはそっちをお願いね」
青い農作業用のツナギを着た雪姉ぇが庭の果実の木を指差す。
長い髪を結って麦わら帽子を被っていて、農家のお嫁さんみたい。そして私は……中学指定のジャージに長靴という姿。
ジャージは派手なエンジ色に白いラインがすごくダサイ。
おまけに名札が縫い付けてあるという、個人情報保護はどうなってるの? といいたくなる田舎仕様。この地区でこれを着て歩いていたら、ひと目で小学生か中学生かわかるし目立つ。きっと悪いことは出来ないように、という学校と地域ぐるみの陰謀に違いない。
向こうの畑では、雪姉ぇは手押し式の小型耕運機を押しはじめた。
ゴッゴッゴッ……とエンジン音を響かせながら、回転する金属のブレードが家庭菜園の土を掘り起こしてゆく。
なんだかとても面白そう。
耕している家庭菜園は結構な広さがある。半分は5月に耕してジャガイモや野菜の種を蒔いたけれど、半分は手付かずだった。
例えるならお部屋2つ分、12畳ぐらいの広さがあって、半分だけジャガイモの芽や、トウモロコシの芽なんかが顔をのぞかせている。
これだけ広いと手で耕すのは骨が折れそう。
北国の季節はのんびりで、このあたりでは6月に入って暖かくなると、ようやく野菜の苗を植えるのだとか。
ダンボールには近所の直売所から大量買いしたトマトやナス、キュウリの苗が沢山詰まっている。
私は……といえば「芽摘み」を任された。「芽かき」とも言うらしいけれど、柿の木やブドウの蔓から出た新芽のうち、弱くて小さい方を取ってしまう作業だ。
「えい」
小さな若葉を伸ばし始めた緑芽を指先でつまむと、ぽろっと取れる。
成長するはずだった芽は、私の掌の上。なんとなく可哀想だけれど、いい実を付けるには元気な芽を残す必要があるんだって。
しかし、肩が疲れてきた。ブドウの棚の蔓は腕を上げないと届かないし、柿の木は大きくて脚立を動かして、手の届く範囲でなんとか取る。
手の指先は少し緑色になったけれど、不思議なことにスベスベで潤い感が増す。若芽の汁にはヘチマ水みたいな効果があるのかしら?
と、やがて軽トラが一台やってきた。遮るもののない田んぼと畑の景色の中を白い軽トラがやってきて曲がり、雪姉ぇの家の前に停まった。
降りてきたのは日焼けした顔のお兄さんだった。年は雪姉ぇとおなじくらいに見える。
あっさりとした顔つきで、取り立ててイケメンというわけでもない。けれど庭先の私と雪姉ぇを見て、初夏の風のような爽やかな笑みをうかべた。
「ユッキ、タケノコもってきたどー」
軽トラの荷台から白いビニール袋をとりだして掲げて見せる。
「おぅヒロ、サンキュウな」
名前を互いに呼び捨てだ。これは……もしかすると、仲良しさんなのかしら!?
「ぺっこばり、親父さ」
「どこで?」
「マンタイ」
私の頭越しに、謎の単語で会話する二人。単語が短いけど、わかりあえるものなの? 暗号なの?
「ハル、受け取っておいて」
「は、はい!」
近くに居た私が駆け寄ってお兄さんのの傍に行って、袋を敬々(うやうや)しく頂戴する。
「ハルカちゃんだっけ。ユッキから聞いてたけど。ちょっと似てるね」
「はい、こんにちは」
標準語でちゃんと話してくれたお兄さん。名前はヒロさん。見た感じ悪い人では無さそう。よし、雪姉ぇの婿候補みつけた。
「剥くの大変だけど食べてみてね、じゃ」
そういうとヒロさんはブポポポと軽トラのエンジン音と共に去っていった。
「お茶とか出さなくて良かったの?」
「いーのいーの。あとで職場でお礼いっとくし」
「職場?」
「あぁ見えて村役場の人だよ。実家は隣の地区で農家やってるけど。今は役場で同じ部署で……まぁ同級生だしな」
「おー同級生なんだ! ふぅん」
「なに喜んでるんだ……」
いわゆる幼なじみね。これは脈アリと見たわ。勝手に盛り上がるわたし。
「あ、そういえばさっき『マンタイ』とか言ってたけど、何のこと?」
謎の暗号についてたずねてみる。モーマンタイ、無問題とかそれ系の言葉かしら。
「マンタイ……八幡平のことだよ。ここから車で1時間以上かかる、ずーっと北の方にある山脈で、秋田県との県境に広がる広大な国立自然公園。タケノコはまぁ……そのへんで採るんだ。地元民は」
国立公園というあたりで言葉を濁すけれど、昔からそのへんの人達は山に入っているのだと付け加える。
「ふぅん……あれ、えっ!?」
私はタケノコの袋を開いてみて思わず声を上げた。
細い。
イメージしていたタケノコとぜんぜん違う。
見た目は指ぐらいの太さしかなくて、長さは20センチから30センチぐらい。イメージするタケノコと引き伸ばしたような「細い」タケノコがたくさん入っていた。
「なにこれ、細いよ! ……食べられるの?」
「ネマガリダケって、笹竹っていうんだよ。このへんじゃ季節のタケノコってぇと、たいていコレだな」
「えー……。かぐや姫とか絶対入ってないやつだ」
「あはは、確かに」
根曲がり竹、つまり笹竹ともいうらしく凄く細い。
雪姉ぇはその場で一本の皮を剥いて、中身を見せてくれた。何枚かタケノコの皮を剥くと黄緑色の綺麗な中身が出てきた。中身は細く、サインペンぐらいになった。
「……ふむ、甘くて美味いなぁ」
「生で!?」
雪姉ぇは生で食べた。美味い新鮮だ。というので、私も生のタケノコを初体験……。
「な? 柔らかくて風味があるだろ?」
「うん……! 確かにタケノコ風味が強いね」
なんだろう? これは例えるなら柔らかく茹でたアスパラガスみたい。味はちゃんとタケノコな感じがする。
「茹でてマヨネーズをつけて食べたり、煮物にしたり……。今夜は何にしようかな」
「そうだね! で、ヒロさん家にもお礼をしなきゃダメだよね」
「やけに食いつくなぁ……」
その後も芽かきを続けながら空を見上げ、ふと考えた。
でも私がいたら雪姉ぇがデートしたりするとき邪魔なんじゃ……?
<つづく>




