こごみ(山菜の天ぷら盛り合わせ)
5月の連休が過ぎて八重桜が散り、春は終わりを告げる。
待ち焦がれていた北国の春は短くて、あっという間に過ぎ去っていた。
花々が全力で「これでもか」と競うように咲き乱れた季節は移ろい、若葉の緑が眩しい季節へと移り変わりつつあった。
気がつくと庭先の木々の芽ははじけて、可愛い若葉を広げている。
この頃になると、家では不思議な事が起こるようになった。
誰かが時折、玄関のドアにビニール袋をぶら下げてゆくのだ。
「ハル、今度は隣の山根さん家から『コゴミ』が届いた」
「ゴミが!? 嫌がらせなの!?」
「違うよゴミじゃねぇよ、『こごみ』っていう山菜だよ。ほれ」
薄手のインナーの上に白いシャツを羽織り、ジーンズ姿の雪姉がスーパーのビニール袋を差し出した。
開いてみると、先端がくるくるっと丸くなった『ゼンマイ』に似た、緑色の植物の芽が入っていた。
「え? あ、ほんとだ。これ、ゼンマイじゃないの?」
都会育ちの私もゼンマイくらいは知っている。ビビンバの具でおなじみの、くるっとした茶色い繊維質の食べ物だ。
「似てるけど種類が違うんだよ。これは正式名称はクサソテツ。つまりシダ植物だよ」
「ソテツ……シダ、あ恐竜のエサだ?」
私の生物の知識に雪姉ぇがハハハと笑う。
「まぁそうかもな。森の木々の根元、日陰に生えてるシダの若芽だよ」
「やっぱり食べるの?」
「山菜だからな。天ぷらがいいかな、おひたしかな……」
早速、思案している雪姉ぇ。
でも何故、となりの「山根さんの家から」とわかったのだろう?
「どうして山根さん家からってわかったの?」
「そりゃ、中にはいっている『コゴミ』には、杉の葉っぱが交じっていたからな。山根さんの爺さんの持ち山は杉の林。そこには『コゴミ』がたくさん生えている」
「プロファイリング能力!? 雪姉ぇすごい」
「すごくねぇよ」
フッと微笑んで『コゴミ』を指先でまわす。
「探偵になれるね。山村で起きる事件を、鋭い推理でズバッと解決!」
田舎の風習や山野草、山菜の知識を持つ『山菜探偵・雪姉ぇ』が事件を解決。
アク抜きしないと渋い、ハードボイルドな探偵として活躍する。
そしたら私は中学生探偵助手! 中学生の探偵助手とかすごくない?
むふふと勝手に盛り上がっていると、
「いや、山根さんは毎年『コゴミ』くれるんだよ。普通に」
「……そうですか」
中学生の美少女探偵助手になる夢は潰えた。
そして――
夜の食卓は「またしても」山菜定食となった。
焼き魚がメインのおかず。あとは何種類かの山菜のテンプラの盛り合わせだった。
山根さんの家からもらった『コゴミ』もテンプラにされている。鮮やかな緑色のシダの芽が、そのままの形で衣で固まっている。
その姿はちょっとワイルドさにあふれている。
「こっちが『タラの芽』で、こっちが『ウドの若芽』。これが『コシアブラ』、んでそれが『コゴミ』な。うーん最高だな、ビールうめぇ……!」
「うわ、すごいね……」
『タラの芽』や『ウドの若芽』は食べてみると独特の臭みがあり、クセが強い。
『コシアブラ』は茎が黒いモミジみたいな葉っぱでクセは弱くて食べやすい。
肝心の『コゴミ』は、やっぱり苦味が少しあって、ネバっとした食感が残る。
恐竜さんはこれを食べていたのかしら。
「うん、うめぇな」
でも、ぷはっかーっと! ビールを飲み干した山菜探偵雪姉ぇはご満悦。
けれど――
どれも、表面の衣のサクサク感は良いけれど中身は「植物の芽」感が強い。
雪姉ぇや大人たちはこれを「最高だ」「季節の風味だ!」と絶賛しているけれど、正直に言うと、私には少し苦手かも。だってちょっと青臭いし、あまり美味しいとは思わない。
でも、ここは「美味しい」ということにしておこう。
「うん、美味しいよ」
「……ハル」
私の顔を見て、何かを思い出したように立ち上がる雪姉ぇ。
「雪姉ぇ……?」
「ごめんなハル。あぁそうだ……結構、苦く感じるだろ? 中学生ぐらいだとコーヒーや山菜のエグミって舌で敏感に感じるんだったな」
遠い目をして、ビールの空き缶を潰す。
「あ、大丈夫だよ、私こういうの好き」
「無理すんなよ?」
「……」
「大人の味なんて、昔は私も苦手だったのにな……」
雪姉ぇは、ごめんねとつぶやいた。
「そうだ。冷蔵庫に冷凍エビとマイタケがあったから、それもテンプラにしようぜ」
「……うん! 私も手伝う!」
「おうよ!」
雪姉ぇの背中を追って、私は台所へと向かった。
<つづく>
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山菜は大人にとっては美味しく感じても、
子供には苦い場合が多いですね。
次回から「初夏と梅雨の味わい」へと移ります。
新しい食材を求めて、新しいフィールドが広がります
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