表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/38

こごみ(山菜の天ぷら盛り合わせ)

 5月の連休が過ぎて八重桜が散り、春は終わりを告げる。


 待ち焦がれていた北国の春は短くて、あっという間に過ぎ去っていた。

 花々が全力で「これでもか」と競うように咲き乱れた季節は移ろい、若葉の緑が眩しい季節へと移り変わりつつあった。

 気がつくと庭先の木々の芽ははじけて、可愛い若葉を広げている。


 この頃になると、家では不思議な事が起こるようになった。

 誰かが時折、玄関のドアにビニール袋をぶら下げてゆくのだ。


「ハル、今度は隣の山根さん家から『コゴミ』が届いた」

「ゴミが!? 嫌がらせなの!?」


「違うよゴミじゃねぇよ、『こごみ』っていう山菜だよ。ほれ」

 薄手のインナーの上に白いシャツを羽織り、ジーンズ姿の雪姉がスーパーのビニール袋を差し出した。

 開いてみると、先端がくるくるっと丸くなった『ゼンマイ』に似た、緑色の植物の芽が入っていた。


「え? あ、ほんとだ。これ、ゼンマイじゃないの?」


 都会育ちの私もゼンマイくらいは知っている。ビビンバの具でおなじみの、くるっとした茶色い繊維質の食べ物だ。


「似てるけど種類が違うんだよ。これは正式名称はクサソテツ。つまりシダ植物だよ」


「ソテツ……シダ、あ恐竜のエサだ?」


 私の生物の知識に雪姉ぇがハハハと笑う。


「まぁそうかもな。森の木々の根元、日陰に生えてるシダの若芽だよ」


「やっぱり食べるの?」

「山菜だからな。天ぷらがいいかな、おひたしかな……」


 早速、思案している雪姉ぇ。


 でも何故、となりの「山根さんの家から」とわかったのだろう?


「どうして山根さん家からってわかったの?」


「そりゃ、中にはいっている『コゴミ』には、杉の葉っぱが交じっていたからな。山根さんの爺さんの持ち山は杉の林。そこには『コゴミ』がたくさん生えている」


「プロファイリング能力!? 雪姉ぇすごい」

「すごくねぇよ」


 フッと微笑んで『コゴミ』を指先でまわす。


「探偵になれるね。山村で起きる事件を、鋭い推理でズバッと解決!」


 田舎の風習や山野草、山菜の知識を持つ『山菜探偵・雪姉ぇ』が事件を解決。

 アク抜きしないと渋い、ハードボイルドな探偵として活躍する。


 そしたら私は中学生探偵助手! 中学生の探偵助手とかすごくない?


 むふふと勝手に盛り上がっていると、


「いや、山根さんは毎年『コゴミ』くれるんだよ。普通に」

「……そうですか」


 中学生の美少女探偵助手になる夢は潰えた。


 そして――


 夜の食卓は「またしても」山菜定食となった。

 焼き魚がメインのおかず。あとは何種類かの山菜のテンプラの盛り合わせだった。

 

 山根さんの家からもらった『コゴミ』もテンプラにされている。鮮やかな緑色のシダの芽が、そのままの形で衣で固まっている。

 その姿はちょっとワイルドさにあふれている。


「こっちが『タラの芽』で、こっちが『ウドの若芽』。これが『コシアブラ』、んでそれが『コゴミ』な。うーん最高だな、ビールうめぇ……!」


「うわ、すごいね……」


 『タラの芽』や『ウドの若芽』は食べてみると独特の臭みがあり、クセが強い。

 『コシアブラ』は茎が黒いモミジみたいな葉っぱでクセは弱くて食べやすい。

 肝心の『コゴミ』は、やっぱり苦味が少しあって、ネバっとした食感が残る。

 恐竜さんはこれを食べていたのかしら。


「うん、うめぇな」


 でも、ぷはっかーっと! ビールを飲み干した山菜探偵(・・・・)雪姉ぇはご満悦。


 けれど――

 どれも、表面の衣のサクサク感は良いけれど中身は「植物の芽」感が強い。

 雪姉ぇや大人たちはこれを「最高だ」「季節の風味だ!」と絶賛しているけれど、正直に言うと、私には少し苦手かも。だってちょっと青臭いし、あまり美味しいとは思わない。


 でも、ここは「美味しい」ということにしておこう。


「うん、美味しいよ」


「……ハル」

 私の顔を見て、何かを思い出したように立ち上がる雪姉ぇ。


「雪姉ぇ……?」


「ごめんなハル。あぁそうだ……結構、苦く感じるだろ? 中学生ぐらいだとコーヒーや山菜のエグミって舌で敏感に感じるんだったな」


 遠い目をして、ビールの空き缶を潰す。


「あ、大丈夫だよ、私こういうの好き」

「無理すんなよ?」

「……」

「大人の味なんて、昔は私も苦手だったのにな……」


 雪姉ぇは、ごめんねとつぶやいた。


「そうだ。冷蔵庫に冷凍エビとマイタケがあったから、それもテンプラにしようぜ」

「……うん! 私も手伝う!」

「おうよ!」


 雪姉ぇの背中を追って、私は台所へと向かった。


<つづく>


山菜は大人にとっては美味しく感じても、

子供には苦い場合が多いですね。


次回から「初夏と梅雨の味わい」へと移ります。

新しい食材を求めて、新しいフィールドが広がります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ