かたくり(片栗の花)
「あのお花、可愛いね。何ていう名前なの?」
学校からの帰り道、夏香ちゃんと一緒に歩いているときだった。
果樹園みたいな場所に差し掛かったとき、地面の上に可愛い紫色の小花がたくさん咲いているのが目に留まった。
ぽかぽかと暖かい春の日差しを浴びて、無数に地面を這うように咲いている。
「あ、あれはカタクリの花だよ」
今日もツインテールがよく似合う夏香ちゃんが教えてくれた。
「カタクリ……? って、あの片栗粉のカタクリ!?」
「そだよ、昔は片栗粉の原料にしてたんだって。可愛いお花だよねー」
「へぇえ!?」
二人で足を止め、しゃがんで花を観察する。
ユリをうんっと小さくしたようなお花は、明るい紫色。恥ずかしいのか、太陽が眩しいのか、うつむき加減に咲いている。
花の高さは地面から10センチくらい。葉は笹の葉に似ていて、手のひらの半分ほど。ふちに淡い緑の斑が入っいて結構おしゃれ。
遠くからでもよく目立つピンクと紫の中間色みたいな花の色が、鮮やかで可愛らしい。
落ち葉が茶色く乾いた地面の上に無数の「カタクリの花」が群生している。
目が慣れてくると、それこそ絨毯みたいに広がっている。
「わぁ……!」
ここは、下草の無い果樹園のような場所で、通学路に使っている。合間を縫うように道がゆるやかに通っている。
左右には高さ2メートルぐらいの木が沢山植えてあって、芽吹き始めたばかり。枝の先に、淡い新緑の小さな葉が顔をのぞかせている。
どこからともなく、カッコー……と鳥の声がする。
暖かい陽気の春の午後。帰り道の陽はまだ高くてのんびりと気持ちが良い。
道端の両側には、タンポポさんたちが私達を見送る観客みたいに、ずらーっと果てしなくならんで咲いている。
「すごいね、カタクリの花畑みたい。育ててるのかな?」
「ちがうよー、栗畑って下草がないから、勝手に増えてるんだよ」
「ここ栗畑なの?」
「うん、うちの栗畑なの」
なんと小高い丘のような両側は全て夏香ちゃんの家の栗畑なのだとか。すごい、豪農の娘さんだったのか。
「やっぱり栗の木だから、片栗が育つの?」
そういう語呂合わせなのかな? とつい質問攻めにしちゃう私。
「あはは、ちがうよー。たぶん、それは関係ないと思う」
「そうなんだ」
「片栗粉は花の根から取れるんだって、おばあちゃんが言っていたけど」
「麻婆豆腐の粉がこの花から……!」
何の気なしに使っている麻婆豆腐の素に入っている「あの粉」。水で溶いて熱を加えるとプルプルになるアレ。その花がこんなに可愛いなんて、ちょっと感動。
「でも今はジャガイモの『でんぷん』から作るみたいよ。カタクリの根は使わないんだって」
「すごい、ものしりだね」
「いや今はグーグル先生があるから」
謙遜しつつも、知恵袋的で物知りな夏香ちゃん。いろいろとおばあちゃんから知恵を伝授されているのだろう。
「でもこんなにたくさん咲いているのに、麻婆豆腐の粉にしないなんて……なんだか勿体無いね」
「花は綺麗だけど、掘り起こして根を100個ぐらい集めて、すりつぶしてでんぷんを取って……ようやく小皿一杯ぐらいなんだって」
ほぇ……と頭の中で工程を考えると大変そう。
「あの麻婆豆腐の粉、貴重なんだね」
「ハルちゃん、とりえず麻婆豆腐から離れて!」
「えへへ……」
そんな事を話しながら歩いていくと、腰の曲がったおばあちゃんが道端の石に腰掛けてカタクリの花畑を眺めていた。
こんにちはー! と挨拶をすると、夏香ちゃんの家のおばあちゃんだった。
腰掛けていた石の横には小さな籐籠が置いてあって、中にはカタクリの花と葉っぱがたくさん入っていた。
「お花摘みですか?」
「はなっこ、おしたしにしてくうのっす、んめよ?」
――!?
最後の「んめよ」は疑問系?
「おひたしにして花を食べるの、美味しいよ。だってハルちゃん」
「へ、ぇ!?」
一瞬おばあちゃんのネイティブな言葉がわからなかった私に、夏香ちゃんがすかさずフォロー。というか翻訳してくれた。
こっちの方言では、語尾に「っす」とか付けて語感を柔らかくするみたい。
あと「っこ」を付けたがる。「花っこ」「根っこ」みたいな。
そして難しいのは、時々語尾が「疑問系」に聞こえること。(※諸説あり)
けれどそういうイントネーションであって、疑問ではないらしい。日本語、いやご当地訛りって難しい……。
「根じゃなくて、花とかをたべるんですか?」
「だんよー、ほれ、ぺっこ持ってけー」
にこにことおばあちゃんが一束くれた。まるで春のブーケ。可愛いカタクリの花束に、私は思わず顔がほころんでしまう。
「ありがとう! おばあちゃん!」
「めんけぇごど」
「可愛いって」
「まじかー、照れるな」
嬉しい春の香りを感じながら、私は花束を抱えて帰ることになった。
別れ際、お婆ちゃんと夏香ちゃんは「茹でて、酢味噌和えが美味しいよ」と教えてくれた。
家に帰って早速、雪姉ぇに春のプレゼントとして手渡す。
雪姉ぇはすこし驚いていたけれど、事情を話すと「んじゃ酢味噌和えにすっべ」といって調理して、その日の晩御飯の一品として食卓に並べてくれた。
淡い緑の葉っぱと、白っぽい茎。そして淡い紫色になった花。
それらに酢味噌がかかっている。
とても色合いの綺麗な、カタクリのお浸しが出来上がった。
「酒のツマミ、春の一品が出来た!」
実に嬉しそうな雪姉ぇは、早速焼酎をロックで呑んでいる。
「うん……! 春を食べてるみたい」
しゃきっとした歯ごたえと酢味噌がよく合う。
香りは殆どしないけれど、なんとなく、野に咲いていた可憐な花を思い出して、ほんのり香りたつような気がした。
<つづく>




