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桜餅(さくらもち、関東風)


 入学式は桜の季節……だと思っていたのに咲いていない。


 桜の蕾は固いまま、梅と水仙がようやくちらほらとほころび始めたばかり。


 4月といえば桜の花びらが舞うイメージは日本全国に当てはまるわけじゃないらしい。そんな「世界の真実」を知ってしまった私は、少しだけ大人の階段を登ったのかしら?


 私達の住む北国では、桜の季節はまだすこし先みたい。それでも確実に世界は彩りを増しつつあるようです。


 帰り道、田んぼの畦道には大きく開いた「ばっけ」がおひさまを浴びて、水仙の花が黄色い花弁を輝かせている。


 今日から私は中学2年生。

 午前中で終わった始業式の後は入学式。今日は式典ばかりで忙しい日だったな。


「ハルちゃん、部活どうするの?」


 夏香(なつか)ちゃんが、制服のスカートの裾をふわりと揺らしながら、私の顔を覗き込んだ。


「うん。私ね、家庭科部にしようと思って」


 運動部は2年からだとハードルが高い。前の中学では部活は必須じゃなかったし。私は運動がそもそも苦手。

 

 となると選択肢は、声楽部。あとは……吹奏楽部や美術部となる。


 特技のない私には絵も音楽も挑戦してみるにはちょっと遅いかも。来年は受験だし。そんな事を考えていたら気楽な部活がありました。

 

 その名も『家庭科部』


 謎部扱いされがちだけど、活動内容は、季節のお料理をしたり、裁縫をしたりする。気楽で楽しそうだし、何よりも夏香(なつか)ちゃんがいる。


 まさに女の子向けの部活。私にピッタリかも。


「よかったー。声楽部が狙ってたけど、ハルちゃんはウチがいただくわ!」

「連れ去られるー」

「うひひ!」

 がっしりと肩を組んで笑い、一緒に歩く私と夏香(なつか)ちゃん。ツインテールが頬にこそばゆい。


「明日からよろしくね」

「おぅ! 赤飯炊いて待ってるから」


 私と夏香(なつか)ちゃんは、いろいろとお話をしながら帰った。

 途中、二人で少し寄り道をすることにする。


 少し足を伸ばし田中商店に立ち寄った。外観は昭和レトロな雰囲気の『駄菓子屋』的なお店で、何故かコンソメ味のポテトチップスが各社揃っているという謎のこだわりのお店である。

 妙にインテリ風のメガネ大学生みたいなお兄さんが店番をしていた。夏香(なつか)ちゃんと一緒にジュースを買い店の前のベンチに腰掛ける。


 日差しは暖かいけれど、山並みはまだ寒々しい冬のような色合い。近くの田圃や畑から、徐々に緑や黄色のグラデーションが広がってゆく感じがする。

 

 私は、着実に季節が移ろいつつあることに、喜びを感じていた。今まで、こんな事感じたことなんて無かったのに。


 桜が咲くのがとても待ち遠しい。


「あ、そうだハルちゃん。入学式でもらったお菓子あるよね、食べようよ」

「え? 食べちゃう?」

「別にいいんじゃない?」


 カバンから「お祝い」と紅白の紙が巻かれた小さな箱を取り出した。


 開けてみると、小さなお菓子が2つ入っていた。

 お餅みたいな一口サイズの桜餅。


 可愛らしいピンク色に葉っぱが巻き付けてある。ふわり……と桜の香りがした。


「あ……! 桜餅、可愛い」

「私も大好きなんだー」


 夏香(なつか)ちゃんが早速食べようとしたところで、私はあることに気がついた。


「あれ、なんか違うね?」

「はむ……? 何が?」


「だってほら、これ……桜色のクレープみたいなもので、(あん)を巻いているよ? 普通さ、オハギみたいにお米で包むんじゃないの?」


 私がよく食べていた桜餅は、ピンク色のお米でアンコを包んで、桜の葉っぱの塩漬けを巻いていた。独特の香りは同じだけど、その包む部分が少し違う。


「あー、ハルちゃん。それは関西風だね」


 夏香(なつか)ちゃんが指先をペロリと舐めながら言った。まるで名探偵みたいな顔つきでむふふ、と笑う。


「関西風……桜餅?」


「そっ。関西風は上方風桜餅とか呼ばれれて、もち米を一度蒸してオハギみたいに餡をつつむの。でも、関東風はこれ。クレープみたいでしょ」

「うん」


 私は桜餅を食べてみた。餡はお餅みたいに柔らかくて、弾力のある薄い生地。多分、小麦粉も混じっているのかしら?


 もちろん、桜餅の味であることは確か。


「美味しい。これが関東風? 私も関東から来たけど、あまり見たことないよ?」


「地域によって勢力図があるんだってね。関東風は確か『江戸風桜餅』だっけ? それこそ家庭科部で習ったのよ! 小麦粉を使った生地を薄く焼いて、あんを包むの。スーパーなんかだと関西風を売ってるけど、道の駅では関東風もあるし……。どっちもあるかな」


 うーん、と少し悩ましげな夏香ちゃん。桜餅に勢力図なんてあるんだね。


「そうなんだ……知らなかった」

「ますます家庭科部に来たくなったでしょ?」

「なった! ていうか、桜餅作って食べたりするの?」

「そうだともさ、ハルちゃん。運動しないと太ること請け合いの、恐ろしい部活でもあるけれどね!」


「やっぱりそこ!?」


 家庭科部で食べて、運動する。なんだかワケがわからないけれど。楽しいことが起こりそうな予感がする。


 私は、桜の香りと美味しいお餅の味を存分に楽しんだところで蓋を閉じた。


 もう一つは、残しておくことにする。

 帰ったら雪姉ぇにあげよう。そして関西風と関東風の違いをクイズしちゃうんだ。


<つづく>


皆さんの地域では関東風、関西風。どちらが多いでしょうか?

東北は関東風が多いみたいっです。作者の家の周りでは五分五分でしょうか。


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