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はるか食彩ノスタルジア ~隠れ里の美味しいものたち~  作者: たまり
~幕間~ ご当地探訪編②(花巻市)
12/38

ホロホロ鳥(キジ肉)


「田舎は車がないと生活できないんだよ」


 雪姉ぇはそう言うと、グラスの中の氷を噛み砕いた。

 とある喫茶店のランチメニューを待つ間、雪姉ぇは喫茶店の窓ごしに、自分の愛車を眺めている。

 車高の高い4WDとかいうタイプ。ごつくて色は紺色。まるで山男のおじさんが乗る車みたい。

 女子なんだから、可愛くて小さいのにすればいいのに……。


 ちょうど、向こうがわに見える道路を、プコココ……ピンク色の軽自動車が、田舎道をのんびり走ってゆく。雪姉ぇのとくらべると大きさの差は歴然だ。


「バスも列車も少ないもんね……」


 確かに家から歩いて15分の場所にポツンと立っているバス停の時刻表には、午前中に4本、午後5本ぐらいのバスの時刻が書いてあるだけ。つまり一時間に一本ぐらいしか来ない。これじゃぁ確かに不便かも。

 ちなみに駅までも()で20分ぐらいかかる。そこから更に少ない列車の時刻に合わせて乗るくらいなら、そのまま車で移動したほうが早い……という事らしい。

 もちろん、列車はだいたい50分に一本ぐらいはくるのだけれど。都会に比べたら、ものすごく少ないよね。


 雪姉ぇと私は、春休み最後の週末ということで、買い物がてらドライブをして隣町まで来ていた。


 ――交換した夏タイヤの調子をみないとな!


 そう言って雪姉は私を助手席に乗せて出発したのは一時間ほど前。


 4月になる直前のよく晴れた日は、「少し早めのタイヤ交換の日」なのだとか。

 雪姉ぇは車の整備士さんみたいに、自分で車をキコキコとジャキでもちあげて、ギコギコとタイヤを外して自分で交換していた。


 ……凄い。逞しい、まるで男の人みたい。

 これぐらい普通だ。と言って笑う雪姉ぇだけど、スタッドレスタイヤ(?)とかいう冬用のタイヤを夏用に履き替えた……ということみたい。


 車もタイヤを靴みたいに履き替えるんだね。知らなかった。


「いらっしゃいませー」


 カランコロン――と、ドアベルが心地の良い音を奏でた。お昼時ということもあり、他のお客さんが来たみたい。


 重厚な木製の扉には、店名を刻んだ小さな真鍮プレートが貼り付けてある。


 『自然派フレンチレストラン・しゃるる』


 町外れの……田んぼの中にポツンと一軒だけある喫茶店。でも実はここ、知る人ぞ知る本格フレンチレストランなのだとか。


 古民家をオシャレな洋風に改装した店内は温かみのある色合いの照明で照らされている。囲炉裏の煙で燻された黒い梁と、ランプシェードの赤と黄色い光が落ち着きのある空間をつくりだし、隠れ家的な雰囲気を醸し出している。


 壁に掛けられた振り子時計は、午後1時を指し示している。


 店内はコーヒーの良い香りと焦がしバターの芳醇な香ばしさで満たされている。


「おなかすいた……」


「ランチタイムだからすぐ出てくるよ」


 と、店の厨房の奥からランチ用のトレイを持ってきたのは可愛い「メイド服」みたいな制服を着た女のひとだった。黒いロングのワンピースに白いヒラヒラレースのエプロンで、黒髪を一つに結っている。どうも高校生ぐらいにみえる。


 ――高校生かな? 近くにも高校あるもんね。


「おまたせしましたー! ランチメニュー2つですね」

「あ、どうも」


「スープも持っていってね、キノカちゃん」

「はーい!」

 厨房の奥からメイド服のお姉さんを呼んだのは、まるで鬼軍曹のような風体のシェフだった。上腕筋とかが凄い。

 あれは絶対テロリストに立ち向かうタイプね……。とでも言わんばかりに雪姉ぇが眼光を鋭くする。いや、もしかしてタイプなのかしら。


 運ばれてきたランチは鶏肉(?)のソテーと、付け合せの数種類のバターソテーされた温野菜。それに色野菜のサラダに、美味しそうなコンソメスープのセットだった。更にご飯お代わり自由でドリンクまでついて、これで780円! うんお得感あり。


「美味しそう……! いただきまーす!」

「おぅ、いいね、美味そうだ」


 雪姉ぇと私は、お祈りのポーズみたいな感じで手を合わせてから、フォークとナイフをとった。お箸もあるけれど、ちょっと大人っぽく。


 食べてみると、濃厚な肉が美味しい。香ばしく表面は焼けていて、ジュワっと肉汁が溢れ出した。鶏肉特有のほどよい噛みごたえもある。それが少し酸味のあるポン酢みたいなソースと絡めると美味しい。


「これは……ご飯が進むわ」


 ばくばく、と食べる私。フォークじゃらちが明かないので、箸に装備を変更する。


「ここの店長な、東京の有名店でシェフ長をしてたんだと。で、自分の店を開きたいとかで家族で引っ越してきたんだって」


「ふむむ、家族で引っ越しかぁ。ウチも引っ越せばいいのに」

「だな、ハルみたいな可愛い子なら手放さないな」

「うぐ……ありがと」


 さりげない言葉が、ちょっと嬉しい。


 でもあのメイド服のお姉さんはシェフの娘さんかな? あ……でも「ちゃん」付けはしないものね。多分バイトさんなんだ。

 私みたいな黒髪のメイドさんは、パタパタと忙しそうに給仕をしている。けれどとても楽しそうだ。


 このあたりは雪姉ぇの家のある場所と大差のない山深い小さな町はずれ。

 窓の外には山並みと田んぼ、そして転々と見える農家の赤や青の屋根が見えた。お店脇を通る農道を時々走っていく軽トラック。犬とのんびり散歩する老人がみえる。


 こんな辺鄙な山村でフレンチのレストランを開いても潰れてないところを見ると、なかなか味にこだわりのある店なのね。


「ちなみに、このソテーされた鶏肉は『ホロホロ鳥』だって」


「……何……それ」


 ぎょっとして肉を見直す。

 半分以上食べてから、聞いたことのない名前を出す雪姉ぇ。


 普通の鶏肉に見えるけれど……どんな鳥なんだろ?


 意地悪くニヤリと笑い。口元を紙ナプキンで拭く。


「この町の名物らしいよ。『ホロホロ鳥』」

「もー!? だからどんな生き物なの!?」


「検索すると出てくるかもな。あ、店の壁にもポスターがあるな」


「えっ? あ……あれか」


 ちょっとホッとするわたし。


 そこには地元の名物『ホロホロ鳥』のポスターが貼ってあった。

 

 写真では、黒っぽい羽毛の、鶏冠のないニワトリみたいな……いや、七面鳥みたいな鳥が堂々とした風貌で立っている。


 説明を見ると外国の「キジ」なんだって。


「キジかー……ってキジってあの、桃太郎の?」


 キジってだけで十分凄いけど。


「高級な肉らしいのに、ランチで出すなんて凄いもんだよ」

「そうなんだ……、美味しかったよ」


 ごめんね『ホロホロ鳥』さん。ニワトリだと思って食べてました。


 こんどは友達と一緒に食べに来たいなぁ。

 いつか、私が車を持つ日が来たら……かな。


<つづく>


【さくしゃより】

 『ほろほろ鳥』は作中で紹介されたとおり、外国のキジです。

 原産はアフリカのギニア地方。寒さに弱いのですが

岩手の県鳥が「キジ」なので、花巻市の石黒農場さんで頑張って育てて名物になりました★


(※あっ、作中のレストラン「しゃるる」は作者の某作品で出てきた架空のお店ですw)


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