豆すっとぎ (豆しとぎ) ★イラストあり
――東京では桜が八分咲き、お花見が始まっています。
テレビのニュースキャスターが嬉しそうに伝える3月の末。私が暮らす北国では、桜のつぼみは固くて小さくて、梅や水仙さえも咲いていない。
けれど庭を見回してみると、早春の日差しを浴びて咲いている小花が見える。
黄色い福寿草と、雪の下で健気に冬を生き延びていたクリスマスローズ。それに真っ白で小さい妖精みたいなスノードロップ。
季節感のズレたネームングがなんだか微笑ましい「クリスマスローズ」は、庭のあちこちに株立で冬越し。うつむき加減のピンクや赤の花を咲かせている。
「福寿草とクリスマスローズはどちらもキンポウゲ科の花、だから同じ時季に咲くんだよ」
と、雪姉ぇは言っていた。
可愛い小花たちは、枯葉色の庭先にようやく春の色彩を運んできてくれた感じがする。
「今日はずいぶん暖かいなぁ」
空を見上げると春先特有の淡い青。
本格的な春はまだ遠い。
けれど、お隣の夏香ちゃんの家に遊びに行った私は、思わぬ春の到来を目にすることになった。
彼女のお母さんに案内され、通された居間には先客の「男の子」が居た。
「えっ?」
男の子が一人、夏香ちゃんとコタツに並んで座っている。夏香ちゃんと仲良く、最新のニンテンドーのゲームをしていた。
「あ! いらっしゃいハルちゃん!」
テレビ画面の中では、ドラゴンみたいなモンスターを狩っている真っ最中だった。ガガガ、ドドドと音を響かせながら、二人で肩を揺らしてコントローラを操作している。
「あっ……!? おじゃましましたー……」
察した私は、そっと一歩下がる。
春が来たんだね夏香ちゃん。
コントローラを投げ捨てると慌てて駆け寄って私の手を握る夏香ちゃん。
「ハルちゃん! コタツ入って、ぬくたまって!」
「邪魔しちゃわるいよぅ」
「いいからいいから」
テレビの前に残された男の子が「ちょっ!? 夏! ばか!」と叫ぶ。
画面の中で大きな剣を持った戦士がドラゴンに吹き飛ばされ、また叫ぶ。どうやら夏花ちゃんが対ドラゴン戦を支えていたみたい。
「かっ……、彼氏さん?」
「きゃはは! もう違うよ! 従兄弟の政光だよ」
「えっ? ……イトコ?」
元気なツインテール少女の夏香ちゃんの家に居たのは、従兄弟だという男の子だった。年は同じぐらいだろうか。
「そっ。姉弟みたいなものよ、置物だと思って気にしないで」
「モブってなんだよ、ナツ」
「じゃぁNPC?」
「ぶっとばすぞ」
首だけを曲げて文句を言う政光くん。なんだろこの仲良し感。
「そう言われても……」
邪魔しちゃったかな。イトコという存在は、私にはいない。考えると不思議な感じがする。姉弟のような、でも年が近いと友達のような……? どんな感じなのかしら。
それに「政光」とはまた古風な武将みたいな名前。
だけど顔は今風のスッキリ顔。
適当に整えた短めの髪と、夏香ちゃんの眉だけをキリッと太くしたような顔をしている。従兄弟だけあって、赤みがかった髪色が似ているかもしれない。
っていうか、どこかで見たような……?
「コイツさ、隣のクラスだけど見たことない?」
夏香ちゃんが私の腕を引いてコタツに座らせる。コタツの暖かさにホッとする。
「あ……! そういえば見たような」
確かに、隣のクラスに居たかもしれない。ってことは同い年なんだね。
「オレって影が薄いのか、ショックだわ」
「あ、いやそういう意味じゃないけど」
隣のクラスの男子なんてよっぽどじゃないと覚えてないし。
「都会さからきた地味っ子にもにも覚えられてないなんてよ」
「黙れマサ」
「痛ェ!?」
ドガッとコタツの中で政光くんを蹴飛ばす夏香ちゃん。
「地味子でわるかったわね」
ドラゴン狩りに失敗したからか、つっかかってくる。確かに私は地味だけど。何さこいつ。感じ悪い。
「ごめんね、ハルちゃん。ミツは寂しいやつだから可哀そうな目でみてあげて」
「あはは、いいよ気にしてない」
「うるせぇぞナツ」
それから私達はしばし、三人で交代しながらモンスターと戦った。
うん、楽しい。
「あ、もうこんな時間か、帰るわオレ。じゃな、ナツ」
「あそ。じゃねーミツ」
実にサラッとした感じで手を振って、政光くんは帰っていった。コントローラが2つコタツに取り残された。
「見送らなくていいの?」
「いーのいーの。家が近いから用事があると時々こうして遊びに来るし。最近は私のゲーム機狙いだけど……」
「なんだか羨ましいな」
「いやいや、ウザいだけだし。子供の頃は晩ごはんのとき一人増えてたりしてさ。座敷わらしかって」
「あはは、面白いね」
「うん、まぁね」
姉弟で友達で、そして幼なじみみたいな。とても不思議な距離感に想いを馳せる。
2つのコントローラーを片付けながら、夏香ちゃんは、少しだけ遠くを見るような眼差しをしていた。
「あ、そだ。これ食べてみて」
夏香ちゃんがコタツの上のお皿に、被せてあったラップを取った。
そこには緑色の羊羹みたいな食べ物が載っていた。
「お彼岸だからって、政光の家からお裾分けなの。あそこのお家、こういうの上手だから」
「へぇ!? これって何? 綺麗な色だね」
若草色の何かの「練り物」みたいな食べ物だった。大きさはお刺身の切れ端ぐらい。黄緑色のぶつぶつの粗い粒が表面に見える。
「これはね『豆すっとぎ』、えぇと正しくは『豆しとぎ』っていうの。うちらのお婆ちゃん、もともと九戸出身だから」
うちら、というのは政光くんとの事だろう。ちなみに九戸というのは岩手県の県北にある地方の名前だったはず。
県内には南から一戸、二戸……と昔の関所の名残の地名が残っている。そこの名物なのかしら。
「『豆しとぎ』って初めて。草もちみたいなもの?」
「大豆だよ、ヨモギじゃないの」
「季節のものなの?」
「うん。春にウグイスを呼ぶんだって」
「色が可愛いものね」
「まずはたべてみてよ!」
夏香ちゃんが爪楊枝を刺して、私に一切れ差し出した。
「色が綺麗なウグイス色だものね。お豆でできているの?」
「そう。『ずんだ』とおなじ青大豆が原料のお菓子だよ、私、大好きなんだ」
先に一口食べる夏香ちゃんが、幸せそうな顔をした。
「いただきます!」
手にとって眺めると、なるほど。確かにすりつぶした緑の豆のツブツブが見える。『ずんだ』を固めた羊羹みたいな、いや緑の「コンビーフ」みたいな見た目かな。
「青大豆を粗くつぶして、米粉とお砂糖と塩だけなんだよ。後は冷やして固めただけ」
食べてみるとなめらかな舌触り。自然な豆の味と、舌先に枝豆みたいなツブツブが残る。そして豆本来の素朴な風味が広がる。期待どおりの優しい味。
「んっ……! まい! 美味しいね、これ好き……!」
「でしょ? なんだか色も春っぽくてすきなんだ」
「うん……」
ほんわりと『豆しとぎ』は優しい春の味がした。
<つづく>
【作者より】
豆すっとぎ (豆しとぎ)は岩手県北部から青森県八戸地方にかけて古くから親しまれている郷土菓子です。秋から冬、そして春先に材料を変えて作られますが、最近は県北地方の「道の駅」などで手軽に買えます。
材料によって色は緑や黒などがあります。蒸かした青豆や黒豆を潰して、米粉やもち米粉、あとは砂糖と塩を混ぜて固めただけの、素朴なお菓子です★




