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まめもち(豆餅) ★イラストあり

挿絵(By みてみん)




 ――自分の目という窓を通して君は世界を知る


 そんな言葉が日めくりの「名言カレンダー」に書かれていた。


 誰が言ったか知らないけれど、なかなかどうして。

 すとんと心のなかに入ってくる。普段は素直に聞けない大人の言葉も、不思議と受け入れられる気がする。


「心の窓はよく磨いておくといい、ってことね」


 レンズが曇っていれば世界が濁って見える。心も同じ。なるほど、そうかもね。


 私――はるかは少し納得する。


 たとえば瞳。

 ついスマホで面白動画探しに夢中になる。けれど目の前で起こっている凄い出来事や、綺麗な景色を見逃しちゃうかもしれない。


 たとえば舌。

 これは嫌いだとか、見た目がキモイだとか。最初から拒否してしまうと、本当に美味しいものに出会えないかもしれない。


 たとえば心。

 何を聞いても見ても興味がない。どうせつまんない。そんな風に最初から扉を閉ざしてしまうと、素敵なことや面白いこと。本当に全部逃しちゃうかもしれない。


 多分、そうなんだ。

 まだよくわからないけれど、きっとそう。


 透明な窓で、素直な気持ちで受け入れる。そうすれば心動かされる事に出会えるかもね。


 ……っていうか。


 そんな風に前向きに考えないと、ここでの暮らしはやってられない。

 窓から見える外は一面の雪景色。


 何も……無い。

 コンビニも、オシャレなお店も、本当に何も無い。


 窓から見渡す限り、白一色の雪景色。キャンバスにまるで薄墨で描かれたような雪雲と、間近に迫る山並みが続いている。

 吹き荒れる地吹雪は、室内から見ているだけで寒い。

 古い木の窓枠がガタガタと音を立ててながら隙間風もはいってくる。

 私が居るのは築60年を越える古民家の居間。


 梁は黒く煤け、アンティークな振り子式の壁時計や、知らない御先祖さまが眠る仏壇が鎮座。擦り切れた畳と生活の匂いが混ざりあい、歴史と降り積もった時間を想わせる。


 雪見障子(ゆきみしょうじ)のガラス越しに見えるのは、どんよりとした鉛色の空。

 遠くには家々がぽつぽつと。濃い緑の防風林が、屋根に白い雪を乗せた家を守るようにして包んでいる、そんな光景が続いている。


挿絵(By みてみん)


「うわぁ……これぞ冬景色……」


 都会育ちの私から言わせると、そもそも「隣の家」という概念がおかしい。


 遠い。めっちゃ遠い!


 隣の家まで優に200メートル以上ある。

 途中は田んぼらしいけれど、今は一面の雪原で、南極と変わらない。こんな雪の中を歩いたら確実に遭難する自信がある。

 電信柱が白い雪原から、並んでニョキニョキと突き出している光景は、シュールな絵画みたいで面白いけれど。


 白く隔絶された異世界――。

 そんなラノベみたいなフレーズが浮かんだところで、雪姉ぇが三時のおやつを運んできた。丸いコタツの天板の上に、しずかにお皿を置く。

 細くて綺麗な指先を、私はぼんやり眺めている。


「ユキ姉ぇ、これ……何?」

 私はコタツに首まで入りながら皿の上の食べ物について尋ねた。それは、四角いマッチ箱ぐらいの大きさで、白くて黒いつぶつぶが練り込まれたものだった。

 甘くて、お焦げのような香ばしさが鼻をくするぐる。


「まめもちよ。豆もち。ハルは食べたこと無いの?」

「無い。ていうか、黒いつぶつぶが怖いんですけど……」


 餅だよ、という割には、黒い物体が練り込まれている。豆もちというのだから豆なのだろうけれど。黒い色だから黒豆かしら。こんな餅、見たことない。


「このあたりでは、餅に黒豆を練り込んで食べるんだよ。道の駅でも売ってるし。『まめもち』っていってな。ストーブで炙って食べると絶品なんだよ」


 ユキ姉ぇは、私の叔母にあたる。

 豪快な性格で、姉御(アネゴ)肌の美人さんだ。おまけに胸も大きい大人の女性。トレーナーの胸に書かれた「ジャスティス」の文字がにゅーんと引き伸ばされている。

 結婚適齢期ふぁというのに、妙なトレーナーにジーンズ姿。長い茶色の髪を無造作に束ね、化粧っ気もまるで無し。口紅もアイシャドーも何も付けない、完全なすっぴんだ。

 まぁ自宅だし、くつろいでいるのだろう。数年前は東京で美人OLをしていたと言うけれど、一体何があったのだろう。

 こんな田舎に引っ込んで、仕事や人生は大丈夫なのだろうか……。

 中学生の私でも少し心配になる。

 とはいえ、お世話になっている居候の身。あまり聞けないことでもあるのだけれど。


 ちなみに雪姉ぇはお母さんの妹。私の叔母にあたる。年齢は確か20代後半。中学生の私とはかなり年が離れているけれど、小さい頃からとても可愛がられた記憶しかない。というわけで、この人に世話になっている。


 理由は簡単で両親の転勤がきっかけだった。

 父と母は同じ会社勤めで、会社が気を利かせて両親を一緒に転勤させてくれた。「娘さんもご一緒に」という粋な(?)計らいのお陰で、私は危うく中国四川省の中学に転校させられるところだった。

 冗談じゃない。絶対、日本鬼子とか言っていじめられるわ。


 そこで私はひとり日本に残る決心をした。勿論中学生の一人暮らしなんて、アニメやマンガでもなきゃ許されるはずもない。そうなると頼れる唯一の親戚は、田舎で一人暮らしをしている謎の美人、ユキ姉ぇさんだけだった。

 私との共同生活をあっさりと、快く引き受けてくれたユキ姉ぇ。けれど問題はやっぱり学校のことだった。


 1月の冬休み明けから、私は地元の中学に転校する事になった。ドキドキの新学期。雪深い北東北の山奥にひっそりと立つ小さな中学校へ。

 きっと「都会から来た美少女転校生!」ということで大騒ぎになるはず。

 その日のうちに告白されることも視野に入れておかねばなるまい。うひひ。

 いや、まて。そうすると女子から虐められる危険性もある。

 どういうキャラで行くべきか、実に悩ましい。


 私は悶々とそんなことを考えながら、「まめもち」を持ち上げてひとくち頬張ってみた。


「熱っ」

 焼けたお餅の香ばしい香りがする。そして何処か砂糖が焦げたような香りがした。実際、舌の先で感じたのは甘みだった。お米だけじゃない、少しの砂糖の甘さ。


 わ……! とても甘い?


「お餅が甘い……!」

「でしょう? すこし甘い味付けがしてあるんだよ。だから焼くだけで美味しいおやつになる」


 餅といえば、パックに入った「切り餅」しか知らない私には、軽い衝撃だった。


「ほふぉ……これ美味しいね!?」

「寒いとこういうのがさ、また美味しいんだよ」


 雪姉ぇも美味しそうに頬張る。美人が餅を伸ばして食べると、なんとも絵になる事を私は知った。


 それはそうと、黒豆は少し硬くて、柔らかな餅の中で歯にぶつかって食感を生み出している。噛み潰すとキナコみたいな豆の風味が広がって甘いお餅とよく合う。


「やばい、止まらない……」

 素直に美味しさに感動している自分に、少し驚く。

 心地よい食感と甘味に、私の顔は餅のように柔らかくなっていく。


「でもこれ太るんだよな」

「ふぇ!?」


<つづく>


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