プロローグ
ある所に、精霊達に深く愛されている少年がいました。
人里から少しだけ離れた森の奥。
精霊たちが集うそこは、少年の遊び場でもあった。
『ねえ、ノア。僕たちのこと、好き?』
精霊の美しく高い声が、少年の心に直接届く。
精霊は普通の人間には見えないし、声を聞くこともできない。
少年が精霊たちの声を、姿を見ることができる理由はただひとつ。
少年がこの世界における"異端"であるからだ。
「うん!僕は精霊さん達のこと、大好きだよ!」
金色の、まるで繊細な糸のような美しい髪。そして、キラキラと輝きを放つ宝石のような緑の目を持つ少年は、満面の笑みで精霊たちの問いに答えた。
『そっか。それならよかった。僕たちもね、君のことを愛しているよ。』
『ねえ、ノア。僕たちとずっと一緒にいてくれる?』
緑色の精と水色の精が、くるくると回りながら、嬉しそうに少年に話しかける。
「うん!僕ずっと、精霊さん達と一緒にいるよ。」
『そっか。それならね、僕たちと"契約"をしよう。
そしたらずっと、ずっと一緒にいられるよ。』
精霊たちの目にすっと、影がさした。
しかし、純粋すぎるほど純粋なこの少年は不穏な気配に全く気づかない。
「......ほんとうに?」
『うん、本当だよ。』
「そっか......。じゃあ僕、精霊さん達と契約を結ぶよ!
だって、そしたらずっと、一緒にいられるんでしょ?」
少年が嬉しそうにはにかむ。
少年は孤児であったが故、常に心に寂しさを抱えていた。
それを埋めるように毎日毎日精霊たちの元へ訪れては、日が暮れるギリギリまで帰ることはなかった。
そう。今の精霊たちの言葉は少年にとって、1番欲しいものだった。
誰かとの、確かな繋がり。
『そうだよ。ずっと、一緒にいられる。』
『そしてね、ノア。一つだけ僕たちと約束をして。
僕たち以上に大切な存在を、作らないで。
君は僕達以外に、心から愛する人を作ってはいけない。分かったかい、ノア。』
「......?うん、分かったよ!」
少年は承諾した。
それが自分の身に一生降りかかる、呪いだというのに。
『うん、いい子だね、ノア。
じゃあ、契約を開始するよ?少し痛いかもしれないけど、我慢してね--』
少年は知らなかった。
精霊と"契約"を結ぶことは、禁忌とされていることを。
少年は知らなかった。
"契約"を結ぶことで人は精霊の強大な力を授かることができる。
だがその代償として、一生続く呪いをかけられることを。
少年は知らなかった。
精霊は時に、
悪魔にもなりうる存在だということを。