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黒き覆終者  作者: 苺 けちゃ
第一章 堕天
3/3

第二話 想い人

宜しくお願いします。

 オルヴィアス大陸の最北に位置する世界有数の大国、その名をエルシア皇国。


 オルヴィアス大陸において貿易流通の中心地である皇都おうとクライシスを有し、同大陸に存在する他国家の統括をも担う、軍事経済の中心国家。


 加えてエルシア皇国は賢者クラスノス・クライシスが建国に関わった国でもある。

 そう、それが故に、エルシア皇国はオルヴィアス大陸において唯一、妖精との契約の儀式を執り行う事ができる国。妖精と人類との架け橋(妖術使い)達を生み出す国なのである。


 そのエルシア皇国の皇都おうとクライシスは今日、至る所が飾り付けられ、人々も着飾ってのどんちゃん騒ぎのお祭り騒ぎになっていた。


 何故なら今日は新たに妖精と契約を交わした12名の妖術使いのお披露目があるからだ。


 妖術使いを選定する“妖精契約の儀”があるのは5年に1度。

 その年には妖術使いとなった新たな人類と妖精の架け橋達を祝って、皇都全土を挙げたエルシア皇国指折りの大祝賀祭典《エルシア祭》が3日にわたって開催される。

 それの初日が今日である。


「ふぁー!すごい人の数!」

『感想が5歳のガキと変わんネェ…』

「いいじゃないか!ほんとにそう思ってるんだから!」

『わかったわかった、わかったから声を張り上げんナ。うるさイ』


 相も変わらず騒ぐ子供と呆れる母親のような会話をするヴィダルとスィーもこの皇都おうとにやって来ていた。


 彼等はつい先刻、ここに着いたばかりである。


 本来ならばエルシア祭当日ではなくそれより3日前には到着する予定だったのだが、あの妖獣の大量発生(森を焦土に変える)という事件の後始末に東奔西走していたため、大幅に遅れたのだ。


 そう、村の周囲を囲っていた森の一角を焼失させてしまったことで新たな問題がいくつか浮上したのだ。


 まず、焦土と化した森跡地をせめて人がまともに通れる状態にすること。


 ヴィダルが使用した妖術の威力は森を焼失させきるほどの火力を誇る超常の炎だったので、当たり前だが地面はほとんど融解しており、普通の人は愚か、たとえ妖獣であったとしても数分と立ってはいられない灼熱の異常地帯と化していた。

 妖獣を退けるという意味では安全な状態であるが、そんな場所の近くに住むなんて気が気でないし、何より危険すぎるからそのまま放置はやめてくれ、と村の人々に頼まれ、森跡地の消火兼土地の活性化を行ったのだ。

 だが実際に消火作業を始めると、隣接している残った森に焦土で燻っていた火種が燃え広がってしまい、それの消火にも追われて、すると今度は違う火種がまた火を燃え広げと消火と延焼のいたちごっこで作業が遅々として進まず、完全に鎮火させて土地の活性化を終わらせるまで予定よりもかなり長引いた。

 ヴィダルとスィーが切れ散らかしたのは言うまでもない。


 次に、残った森の処遇について。


 そもそも今回ヴィダル達が妖獣討伐を行ったのは予期せぬ妖獣の大量発生が起因していた。

 あの村を囲っていた森には今まで数える程しか妖獣が生まれたことは無く、それも低級のものばかりだった。だから無座以下の妖術使いが巡回の途中に対応することが十分可能だった。

 しかし、今回は違った。普段通りに森の巡回を行っていた妖術使いが通常ではありえない大量の妖獣の痕跡を発見したのだ。軽く見積もっても100体は超える妖獣の残滓。それは無座以下の妖術使いの実力では対処が困難であり、最低でも燐座以上の妖術使いが対応しなければならないレベルであった。

 そこに巨妖獣の遠征討伐の帰路で皇都へ向かっていたヴィダル達がちょうど通りかかり、報告を受けたヴィダル達自身が真相を確かめるべくその妖術使いの代わりに森へと入ったところ、本当に大量の妖獣に遭遇し討伐した、というのが経緯だ。


 こんなことが起きた以上、今後同じようなことが起きないとは限らない。残った森をどうして置くのか、というのは村人たちからすれば当然の疑問であった。

 そこで最有力候補として上がったのが残った森も全て消し飛ばしてしまうこと。しかし、正直なところそれは不可能だった、というかやってはいけなかった。今回ヴィダルが吹き飛ばした森は村の北口から西口にかけての森。つまり北口の正面、西口の正面の森が残っている。その北口の森の先には皇都と街道の中継地点としての都市が、西口の森の先にはエルシア皇国五大都市の一つ、師学都オリヴァの研究施設であるコラス水生研究所がある。

 たまたま、本当にたまたまヴィダル達の吹き飛ばした森の先にはコラス大河が走っているだけで人の住む街はなかったのだ。

 そのことに気づいた2人が冷や汗を吹き出したのは言うまでもない。


 ちなみに森の先で起きた大爆発は炎がコラス大河に衝突したことで起きたものである。

 さらにちなむと、ヴィダル達が森の後始末中にコラス大河の状態を確認しに行ったところ、案の定、河岸が妖術によりえぐれており小規模の氾濫が起きていたので、消火活動にその河水を活かしつつ河岸の修復も行った。

 これも追加の仕事となり、さらに帰還が遅れることとなった。


 問題の解決として森を消し飛ばすだけならば簡単に出来る。

 しかし、加減が全く出来ない、それはもう妖術を使えない人から見てもやりすぎだと叱られる程度には加減が出来なさすぎる。

 つまり、下手すれば守るべき人々の住む都市や自国の研究施設に多大な被害が及ぶ。だから残りの森を消すのは無理だと、断るしか無かった。というかそう説明したら逆に絶対にしないでくれと止められた。

 ヴィダルはあまりにも全力で止められるものだからちょっと心外だったが。


 そこで一端の保留の策として封甲(ふうこう)系妖術の妖定界(ようていかい)を張ることにした。

 スィーの属性「水」の封甲系妖術“氷展華(エリーテムス)”によって村を起点にして、西口、北口の両方の森をそれぞれすっぽりと覆う妖定界を張った。

 封甲系は通常の妖術における硬さに重きをおいたもので、こと妖定界の張置においては詳細に条件や設定を加えられない代わりに耐久度と持続性、そして堅牢性に優れる。

 つまり、誰も入れないし、誰も出れないという純粋な牢として2つの森を閉ざしたのだ。しかしこれはあくまで一時的な対策でしかない。

 流石のスィーをもってしても広大な森に2箇所も妖定界を張らなければならない為、妖定界の効力が1週間ほどしか持たせられなかった。

 それでも破格の妖力だが永続で妖定界を張れない以上、完全に安全を確保できたとは口を裂けても言えない。

 なので、村の人々には1週間のうちに対策を講じるべくまた村へと来ることを約束し、実に3日遅れでやっと出発に漕ぎ着けたのだ。


 そんなこんなで今、皇都を行くヴィダル達。

 その2人に声をかける者がいた。


「ヴィダル様、スィー様。女王陛下がお待ちになっております。お急ぎください」


 それは荘厳な鎧に身を包み絢爛な槍を持つ、純公皇国騎士団に選抜されたエルシア皇国の正統な騎士達。総勢5人の皇国騎士達はヴィダル達を護るように近くを一定の間隔で囲みながら散開して歩いている。


 それをちらりと横目で流し見たヴィダルは鬱屈そうに、声をかけてきた一番近くの皇国騎士に返事を返す。


「あー、うん分かってる…。…けど、なんていうか、そのー…さ、やっぱり護衛はいらないんだけど…」


 ついでに、鬱屈の原因たる護衛の取り止めも提案するが、


「何をおっしゃいますか。ヴィダル様は我らが賢者クラスノス・クライシス様がご氏族。そんな高貴なお方を護衛の一つもつけずに街を歩かせるなど、到底看過出来るものではありません」

「あー、うん分かった…」


 強い語気で言い返されてしまいすごすごと引き下がる。


「はぁー…」

 思わず小さなため息をつく。すると、

『ヘーン。押しが弱いんだ押しガ。もっとがつっと言えヨ。がつっト』

 一連のやり取りを見ていたスィーがダメだしをする。が、

「…いやまぁその、ね?一応、俺達のことを考えての行動だからさ。無下にするのもあれかなーって」

 と、苦笑しながらそう言い、いつもの優柔不断ぶりを発揮するヴィダル。


 それを見たスィーも『ハァー…』と呆れを込めた大きなため息をつき、やれやれと肩をすくめる。

 それに対してあははっとから笑いで返すヴィダル。


 ヴィダルは下級貴族である。


 いや、本来なら王または王族という立場がふさわしい。

 それもそのはず、皇国騎士の言う通りヴィダルはエルシア皇国の建国者クラスノス・クライシスの直系の、その上、唯一の子孫に当たるのだから。


 しかし、彼が王族として認められることは決して無い。

 それはクラスノス・クライシスの遺言に「我が友、エルシアを王とする」という一説があり、エルシア皇国において正式な王族としてエルシア一族が定められているからである。


 故にヴィダルは唯一の建国者の末裔にありながら、かといって国を治める王族ではないため、名誉だけはありつつも実権は薄い下級貴族という対外的に見ても内情的にもまま複雑な立場にあるのだ。


 ただ幸いなことにヴィダルはエルシア皇国の守護妖精たるスィーに見初められた上、本人の資質もあいまって皇国、いや世界最強の妖術使いという輝かしい新たな地位を得たため、今となっては立場上の問題は皆無に等しい。


 代わりに尊敬というしがらみは増えたが。

 それが今の現状、皇国騎士による護衛である。


 ヴィダル達にかかれば、やりすぎることも多々あるが、大抵の事は対処できる。なので護衛など無用の長物なのだが、先ほどの会話のようにヴィダルは自分に対するプラスの感情にうまく対処ができない。そのため護衛を解いてもらうことすら強く言えないのだ。スィーはそれを見抜き背を後押しするが、生来の癖はそう変わるものでなくこうして困っている。


 から笑いをやめてさっと周りを見渡して見れば、皇国の住人たちはヴィダル達を、時に横を通り過ぎながら時には足を止めて見ている。


 日は昇ってから数時間しかたって居らず、普段ならまだ人であふれることは無いはずの皇都の大通りも、今日が祭りとあっては例外というように人で埋め尽くされている。そんな中で、普段は皇都の都門や皇城周辺でしか見ない正統な皇国騎士が複数人、しかも誰かを護衛するように警戒態勢全開で通りを縦断していたとすれば。


(そりゃあ、目立たないわけないよなぁ)


 とヴィダルは内心で苦笑しながら、少し首を縮めて視線から逃げるように歩みを速める。


英雄ヒーローと呼ばれる最強の妖術使いが視線にびくつくとはネェ』

「う、うるさいなっ。さっさと行くぞっ」


 その様を肩の上のスィーにからかわれ、顔を赤らめて乱暴に言葉を返す。呼応するように、歩みも速くなる。


 結局、皇国騎士の諫言に従った形になったヴィダル達は人の視線をくぐり抜けながら、皇城を目指す。


 しばらくして大通りを抜け、皇城前に繋がる道へと出たところで、『止まレ』とスィーが、ヴィダルを引き留める。


 急に止まるように言われ驚くヴィダルと、ヴィダルが止まったことに動揺する皇国騎士達。


「スィー?どうしたんだ急に?」

 困惑の声を上げるヴィダル。対してスィーはヴィダルへと笑顔を向ける。

「???」

 さらに困惑するヴィダル。


『イヤイヤ、アイツの気配がしたんでナ。こっちへ来てるみたいだからすれ違いになるのもアレだと思って止めただけサ』

 ウィンクとともにそう宣うスィー。アイツとは?と困惑するヴィダルだが、すぐに思い当たったようで声を上げる。


「アイツ?ってまさか!」


 瞬間、ヴィダルの視界にその人物が映った。


 エルシア皇国名誉騎士の証たる紋章を胸につけた真っ白な軍服に身を包み、腰にまで伸びる光の輪をつくる金色の髪を後ろに流し、くりりとした目、小ぶりな鼻と艷めく唇が完璧なバランスで整った美貌に黄金比と言って過言ではない整ったプロポーションを持つ、女神として絵画に描かかれていてもおかしくない美しさを誇る女性。


 皇帝直衛妖術騎士団筆頭であり、ヴィダルに次ぐ世界第2位の妖術使いと名高い戦女神ヴァルキュリヤと称される人物。


 そして、ヴィダルの想い人たるネルフィア・フランソルその人だった。


 ヴィダルは数舜固まった後、急に背筋を伸ばし先程までのビクビクした態度を改め、ネルフィアへ声をかけようとする。が、声をかける前にネルフィアの方はこちらへ気づいたようで、あちらも一瞬固まった後にこちらへと歩いてきた。


「久しぶりね、ヴィダル、スィー」

「あぁ、久しぶり、ネルフィア」

『おっひサー』


 ふんわりと微笑みながら久しぶりの挨拶をするネルフィア。スィーはフランクにヴィダルも声がうわずらないように気をつけて挨拶を返す。

 しばらく見つめあった後にネルフィアはヴィダルの背後で佇む皇国騎士達を見つけた。

 そして、もう一度ヴィダルを見つめ何か得心したように軽くうなづくと、皇国騎士達に声をかける。


「皇国騎士の皆さん、ここから皇城までは私、ネルフィア・フランソルがヴィダル・クライシスを送ります。ですので、皆さんは通常任務にお戻りください」


 そう声をかけられた皇国騎士達は逡巡した後、戦女神ヴァルキュリヤ様ならと思ったようで「わかりました」と言って踵を返し始めた。


 ヴィダルが立ち去る彼らに「ありがとう!」と礼を言うと皇国騎士達はこちらに敬礼をして、そのまま雑踏の中へと消えていった。

 彼らを見送ったあとネルフィアを見ると彼女は既に皇城へと歩き始めており、慌てて追いかける。


「ちょっと待ってよっ」

「無理よ。あまり時間が無いもの」

「時間?この後、何かあるの?」


 はて、皇城で何か催し物でもあったかとヴィダルが記憶を探っていると、ネルフィアは呆れたようにため息をつくと、軍服の胸ポケットを軽く叩く。


 すると、その中から小さな薄紅色の髪をした頭がひょこっと顔を出した。

 その薄紅色の頭は眠そうな目をこすりながら軽く辺りを見渡し、ヴィダル達を目にすると煌めく緋色の羽を震わせて胸ポケットから飛び出て


『お久しぶりでございまス。ヴィダル様、義姉(あね)様』


 と挨拶をした。

 ヴィダルは「久しぶり」と挨拶を返し、スィーは『うむうム。久しぶりだな、我が義妹(いもうと)マーシャ』と満足げに頷きながら返事する。

 2人から挨拶を返された彼女、ネルフィアの契約妖精たるマーシャは久方ぶりに会えた嬉しさを表すように、少女のあどけなさと大人の妖艶さを持つその美貌をふんわりと緩めた。

 その会話を背中越しに聞いていたネルフィアは、


「挨拶も済んだことだし。マーシャ、ヴィダルに今日のスケジュール説明してあげて」


 と、呼び出した原因の説明を促す。

 マーシャはネルフィアに『了解いたしましタ』と応え、ヴィダル達に向き直るとヴィダルの歩く速度に合わせて飛びながら説明を始めた。


『本日はエルシア皇城へ向かった後、まず女王陛下との謁見をして頂きまス。終わり次第、式典用の礼服に着替え、午前中にあるエルシア祭の祭典開催パレードに参加。そこで栄えある英雄(ヒーロー)として軽い演説をして頂きまス。パレード終了後、新たな妖術使いの皆さんとの会合がありまス。会合を経て、午後の皇宮晩餐会に参加。その後は、2日目の特別祭儀パレードと記念式典の段取りの確認等を終えて本日の公務は終了となりまス。以上が主なスケジュールとなりまス。細かい指示につきましては皇城に到着次第追って連絡いたしまス。』


「う、うん」

『お、おウ』


 早口でまくしたてられて、狼狽えるヴィダル達を尻目にネルフィアは足取りを緩めながら再度ため息をつく。


「本来ならこんなに急ぐ必要は無いのよ?貴方達が予定通りに到着さえしていればね?」

「『うっ』」


 ネルフィアの言葉に苦々しい顔をする2人。

 言い訳のしようもない遅刻(3日遅れ)をかました2人にとってそれは非常に耳に痛い一言だった。


「だ、だけどっ、仕方なかったんだよ!妖獣の大量発生なんて事件、放って置けるわけないだろ!」


 にもかかわらず、自分のせいじゃないと苦し紛れの言い訳をネルフィアの背中に飛ばすヴィダル。

 瞬間、ネルフィアの足が止まった。




()()()()()()()?」




 追いかけてくるヴィダル達の方へと止めた足を向け、その端正な顔に怪訝な表情を載せるネルフィア。ネルフィアが振り返って見せたその顔と疑問を伴った問いかけの言葉にヴィダルとスイーは逆に驚く。


『知らない…のカ?』


 スィーがそう尋ねるとネルフィアは何かを訝しむように顔を顰め、少し考えた後に首を振った。


「知らないわ。そんな話、聞いてない。マーシャは?」

 ヴィダル達のそばを離れ、ネルフィアの方へと飛んでくるマーシャに話を振るも

『私の記憶にもございませン』

 マーシャも申し訳なさそうに首を振り、知らないと言う。


『ヴィダル』

「………」


 ネルフィアとマーシャの話を聞いた上で黙りこくるヴィダル。

 ヴィダルは考えていたが当たっては欲しくなかったその考えが実現したことに険しい顔をする。


「もしかしたらって思ったけど…」


 そうだ。ヴィダル達を嵌めたその妖術使いが本当に皇国に行って連絡しているわけがない。

 目的はわからない。だが、よからぬ事を企む輩であったことは確実。しかし、何も痕跡が残っていなかった。だからこそ、


 ()()()()()()()()()()調()()()()()()()()


 森への妖定界による対処は表向きの理由だが、それだけではなかった。


 裏の目的は件の妖術使いの特定。


 燃え尽きたあの森の中にスィーの“水波紋(ミューデン)”で特定された不自然な妖力の淀みがあった。自然には発生することの無いその淀みは無理矢理に空間を捻じ曲げた時に発生したものだった。つまり、転移系の妖術使いがそこにいたということ。だが、そこから先はヴィダル達の実力では特定することが出来なかった。


 そこで、()()()()として妖定界を張って誰も入れないかつ誰も出れない状況を作りあげた。そうすることで、表向きは村の安全の保障としてその場を収めるとともに、内実としては妖術の残滓をとどめ、後から分析に長けた妖術使いに調査を依頼するために証拠保全をすることにしたのだ。


 森の消火活動が長引いたのも、延焼への対処が大変だったのも事実だが、転移妖術の淀みを発見したことで燃やした森全体を端から丁寧に調査していたためでもあった。


「って事でさ、遅れたのは悪かったけど色々あったんだよ」


 事件の概要からそれに対する考察とそこからの対処などを説明し、つまるところ遅刻したのは原因があった、仕方なかったんだということを伝えるヴィダル。一通り話し終えて、最後に同意を求めるようにスィーに目配せをすると、スィーは何かやっちまったと言うように顔を抑えていた。


(あれ…?)


 と自身の想像していた反応と違うことに困惑しつつ、途中から黙りこくっていたネルフィアを見ると。

 そのネルフィアが顔を伏せて小刻みに震えていることに気づいた。


(あ、これダメなやつ…)


 過去にもこんな感じで怒られたな、とヴィダルがそう思った瞬間、ネルフィアが爆発した。


「だったら、なんでもっと早く言わないの!!!」


 ネルフィアの怒号が響く。間近でそれを受けたヴィダルは仰け反りながら反論する。


「い、いや、だから…もしかしたらって程度でわざわざ言うことはないかなって…」


 しかし。


「はぁ…!馬鹿じゃないの!いいえ、馬鹿だったわね!あのね、可能性だけの話だとしてもその妖獣の大量発生ってだけでも大事件なのわかる?!それをあまつさえ解決した当事者がなんの報告もなしなんてありえないでしょ!」

「別に…、報告は後でするつもりだったよ!」

()()()!?言うに事欠いて()()()!?すぐしなさいよ!情報は鮮度が命なの!対策を立てるにしろ何もしないにしろ、それを判断するには情報が必要なの!」

「た、対策はしたから!」

「違うの!それも含めて報告すべきなの!情報の共有も出来ないなんてあなた今までよく騎士やってこれたわね!」

「ご、ごめん…」


 反論虚しく、正論の嵐に呑まれたヴィダルは項垂れる。そのまま、ネルフィアはヴィダルの肩に乗り我関せずを貫いていたスィーにも詰め寄る。


「スィーもスィーよ!あなたなら皇国に妖術で伝令なりなんなり簡単に送れたはずでしょ!?なんでしないの!?」

『い、いやァ…。色々、ほら忙しくテ…』


 矛先が変わったことにうろたえ、冷や汗をかきながらも自分の仕事で忙しかったと言い訳をするが、


『…恐らく面倒くさかっただけかト』

『マーシャッッ!!??』

 まさかの義妹の裏切り。


「スィー!!」

『ご、ごめんなさイ…』

 この場における唯一の味方であったマーシャに後ろから刺されたスィーは多少ぶすくれつつも謝る。それでも堪忍袋の緒は締まらないのかネルフィアは止まらない。


「ほんっとにあなた達はぁ…!。これだから2人だけで行かせるのは反対だったのよっ。行きと向こうではなんの問題もないって聞いたから安心してたのに、なんで帰りに特大の厄介事を抱えてくるのよ!」

「『ご、ごめん…』」


 かつての神焔のごとく怒るネルフィアに2人してうなだれて謝るヴィダルとスィー。そこには最強の妖術使いと最高の妖精の顔はなく、友人にこっぴどく怒られてしょげている子供の表情があった。


「謝って済む問題じゃないの!いいえ、謝ったのはいい事だけども、反省をしなさい!!同じようなことをベリヒルド討伐の時も注意したの忘れてないのよ!」

「『はい…』」


 一度ギアの入ったネルフィアのお叱りは止まらず、ますます縮こまっていくヴィダル達。


「そもそもねっ、帰国が予定よりも3日遅れていることに私がどれだけ心配したと思っ『ネルフィア様』…何よ、マーシャ」


 ヴィダル達に詰め寄りながら説教を続けていたネルフィアは横から割り込んできたマーシャにジトっとした目を向ける。それとは対照的に、叱られていたヴィダル達は思わぬ救いの手にしょぼくれていた顔をぱあっと希望に輝かせ、感謝の眼差しをマーシャに向けた。



「…」(くるっ)

「『…』」(すっ…)



 ネルフィアがぐるっと首をまわし、ヴィダル達を睨む。

 反省しているポーズで咄嗟に顔を俯かせる2人。


 そんな可愛いやり取りをする3人に微笑みながらマーシャは口を開く。


『一つ忠告を、と思いましテ。ここは皇城に近いとはいえ、通りの一角ですので、皆様のお戯れは意外と目立ちまス』

「な、何が戯れよ!私は真剣にっ」


 マーシャの言葉を聞き、心外だと叫ぼうとするネルフィアだがマーシャの言葉通りにいつの間にか自分たちの周りに少なくない人の視線が集まっていることに気づいた。すでに軽い人だかりのような状態でもあり、中にはこちらのことを見ながらヒソヒソと話している声も聞こえてくる。

 ネルフィアもさすがにこの状況はまずいと思ったようで、不満げな様子はありつつも皇城へと目指すことを優先した。


「行くわよ、ほんとに時間が無いんだから」

「お、おうっ!」

『わ、分かっタッ!』


 衆人環視の中で叱られるという状況から逃げ出せたヴィダル達は声を弾ませて歩き出したネルフィアを追う。だが、


話し合い(説教)は歩きながらでもできるからね」

「『!?』」


 現実は非情で、結局ヴィダル達はますますお冠なネルフィアから歩きながら文句とお叱りを受ける羽目になった。


 うなだれるヴィダルに文句を、ぶすくれるスィーに注意をしながら、ぷりぷり怒って歩くネルフィアと、その3人の後ろを仕方ないなと苦笑を浮かべて追いかけるマーシャ。


 そこにあったのは戦いと救いを生きる戦士たちの掛け替えのない日常の1ページだった。

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